未来
舞台の上に天使がいた。宇宙で最も美しい存在のひとつ。愛と正義の体現者、戦闘天使パーフェクション・ルシファー。それは、究極のアンドロギュヌス、魔少年シオールが「進化の頂点」に達した姿であった。
ルシファーの降臨を視認した瞬間、僕は「本来の記憶」を取り戻していた。このミニシリーズ(のはずが、随分長くなってしまったが…)を始める直前、僕は「シオールに関する記憶」を一切封印したのだった。
そうしないと、読む側も演じる側も面白くないからである。解除キーは「シオールを肉眼で捉えること(直接会うこと)」に設定しておいた。それが今、正確に作動したというわけ。
僕は客席と客席の間に設けられた演者用の通路、いわゆる「花道」に登り、最大の親友が待つ舞台に歩み寄った。
「怪我はすっかり治ったようだね、シオール」
僕が話しかけると、シオールは優雅に微笑んだ。老若男女関係なく、万人を魅了する神秘の笑顔。
「ありがとう、遊太。君が主人公を代行してくれている間、僕は療養に専念することができた。傷も全快したし、翼の修復も済んだ。以前よりも美しさと輝きが増したような気さえする。ゆきのさんと君のおかげだよ。そして、ソードマンとしての活躍、実に見事だったよ」
「僕には不相応な大役だったけどね。穴埋めぐらいにはなったかな」
シオールは顔を横に振り、
「穴埋めなんてとんでもない。むしろ、僕が君の前座だったのかも知れないね」
「ははは。それはないよ」
「変身前のデリケート遊太が素敵なのは、当然として、変身後のワイルド遊太もカッコ良かった。僕はますます君が好きになってしまったよ」
シオールの妖艶な眼差しが僕を射抜いていた。その威力は絶大で、それは天使と云うよりも、悪魔的と表現したくなるほどであった。僕は「禁断の衝動」を懸命に抑えつつ、
「どうやら、ソードマン役は僕に合っているみたいだね。自分でも演じていて楽しかった。でも、夢の中に君が現れた時は、正直驚いたな」
「あれから先の展開をここでやろうか?」
「えっ」
その瞬間、僕の心臓がドキンと鳴った。僕の動揺を察したのか、シオールは「ふふふ」と笑うと、
「冗談だよ。君は心が綺麗だね、遊太。だから、皆に愛されるんだな」
「だといいんだけど……。で、これからどうされますか、パーフェクション・ルシファー様」
「そうだね。メクる閉幕後の活動についての相談は後にして、僕はこの世界を歩いてみたいな。布袋商店街も行きたいし、なまず池も見たい。スライム狩りにも参加したい。案内してくれるかい、魔宮遊太」
「もちろん。喜んで。ただ、その前に格好を改めてもらう必要があるね」
「これではいけないかな」
「全裸の戦闘天使が商店街に出現したら、町中大騒ぎになるよ」
「なるほど、そうか。僕は一向にかまわないけど、君を困らせるわけにはゆかないな。じゃあ、こうしよう」
次の瞬間、シオールの全身がまばゆい光の膜に包まれた。それがおさまると、僕の眼の前に〔女装探偵〕に次ぐ、第二の当たり役と噂されている〔チェス王子〕が登場していた。名門高校の制服も小道具の眼鏡もよく似合っている。
「では、行こうか。シオール、最初はどこがいい?」
「僕はまずおたま食堂に行きたいな。行って、自慢の日替わりランチが食べたい」
「相変わらずの食いしん坊だね。玉子さんの反応が楽しみだな。びっくりするぞ、きっと」
シオールと僕は、舞台を離れ、花道に足を進めた。それは、布袋商店街に繋がる道であり、同時に、僕たちの未来へと続く道でもあった。〔完〕
スライムハンター 闇塚 鍋太郎 @tower1999
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