海中の覇王。オルドビス紀を代表する最強生物カメロケラス。彼ら自身に罪はないが、邪神闇塚の手兵として僕に襲いかかってくるからには、これを退けるしかない。この世界において、闇塚の意思は絶対であり、誰も逆らうことはできない。彼の息子である僕を除いては。

 六体のカメロケラスは二手に分かれて、攻撃を仕掛けてきた。無限の空を舞台にして、戦闘天使と大型直角貝の戦いが始まった。

 カメロケラスの主な武器は、触手と嘴、そして、円錐形の甲殻である。怪獣級の重装備と云えた。陰険闇塚のことだから、新たな能力を与えている可能性も否定できない。ともあれ、油断は禁物であった。かのウルトラマンでさえ、一部のモンスターに不覚をとっているのだ。


 第一、第二、第三のカメロケラスが、十本の触手を不気味に蠢かせながら、かなりの速度で飛来してきた。触手の中心に、自慢の嘴が見えた。三葉虫を甲羅ごと噛み砕いていたと云われている凶暴なやつだ。こんなものに咬みつかれたら大変である。僕の美肌が傷つく描写を読みたい読者などいる筈がない。そして何よりも、ルシファーのプライドが許さぬ。

「えやっ」

 僕は右の大翼から複数の羽根を抜き取り、手裏剣の要領で、肉迫するカメロケラスたちに投げつけた。因みに僕は両利きである。今は右手にメイスを握っているが、左手でも同等に扱うことができる。万能の戦士。

 虚空に白い光線が走った。その時、僕の放った羽根は「矢の形」に変形を遂げていた。第一カメロと第二カメロの口の奥に「ルシファーの矢」が強力な掃除機に吸い込まれるようにして消えた。次の瞬間、


 どがっ。どがががあん。


 猛烈な爆発音が轟いた。カメロケラスの内部で起爆したルシファーの矢が、第一と第二の甲殻を粉々に吹き飛ばしていた。強固な甲殻も、内側からの衝撃には脆かった。苦悶の波動が一帯に響き渡った。哀れ、貝なしカメロと化した第一と第二が、大小の破片といっしょに、無限空間の底へ墜落していった。

「むっ」

 ルシファーの矢を回避した第三のカメロケラスが、無礼にも、僕に抱きつくみたいにして、全ての触手を繰り出してきた。さしもの僕も、第二の矢を放つ余裕はなく、右手のメイスで応戦した。

 触手の襲来を払い除け、反撃に転じようとしたその瞬間、第三カメロの口から、墨汁状の黒い液体が大量に吐き出された。僕の顔面を狙った攻撃であった。イカ墨ならぬカメロ墨を浴びせて、視界を奪おうという魂胆であろうが、ルシファーには通用しない。

 僕は顔の左右に生えた小翼を動員して、黒滴の大半を受け止めた。芸術品に等しい僕の翼を得体の知れぬ液体で汚されるのは本意ではないが、この際は仕方がない。


 ぼこっ。


 凄い音がした。第二の墨を吹きつけられる前に、僕は勝負を決めた。聖なるメイスが、カメロケラスの甲殻に直撃していた。途端に稲妻形の亀裂が走り抜けた。その奥から、黒液と浮力調節用の体液が、血飛沫同然に噴き出した。盛大な崩壊と苦悶の波動がほぼ同時に発生していた。

 次の瞬間、僕は新たに誕生した…いや、させた貝なしカメロを空間の底へ無造作に蹴り落とした。僕にしては非情な振る舞いだが、ルシファーの美翼を汚した罰は受けてもらわなくてはならない。

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