古代魚

「いったいどうしたんだ、シオール。急に大声を上げたりして、びっくりするじゃないか」

 遊太の声を聞いて、僕は我に返った。全身に汗が滲んでいた。僕は額の汗を右手の甲で拭いながら、

「あっ……。ごめん。ありえない存在が一瞬見えたりしたものだから、取り乱してしまって。大丈夫、もう直ったよ」

「よくわからないが、本当に大丈夫か?水でも飲むかい?」

 そう云いながら、遊太は冷水の入ったグラスを僕にすすめてくれた。

「ありがとう」

 僕は受け取りざまに、グラスの中身を飲み干した。

「疲れてるんじゃないか、シオール。二足の草鞋も結構だけど、体を壊してしまってはなんにもならない」

「ああ、そうだね。でも今のは、疲労は関係ない…と思う」

「ならいいけど、最近の君は頑張り過ぎじゃないかな。周りの僕たちの方がハラハラするぐらいに」

「心配をかけて、ごめん。それに、マスター。お騒がせして申し訳ありませんでした」

 僕は椅子から腰を上げて、頭を下げた。マスターは無言で頷くと、空になったグラスに新たな冷水を注いでくれた。不思議なことに、マスターの顔は「古代魚」から「人間」に戻っていた。いや、それはあまりに失礼な云い様であった。

 先ほど見た「あれ」は幻覚幻視の類いなのだから。この世界に「魚頭人身の生物」なんているはずがない。セーコさんの象徴たる「蛇頭」も精巧ではあるが、作りものに過ぎないのだ。

 遊太が云うように、僕は疲れているのだろうか?疲労の蓄積が「ダンクレオステウスの幻影」を呼び出したのだろうか?だがなぜ、ダンクレオステウスなのか?

 小学生の時分に、図鑑か何かで、一度か二度眺めた程度なのに、異常にリアルで、細部まで克明に再現されていた。まるで「本物」みたいに。本物のダンクレオステウスだって?そんなばかな。僕は心の中で苦笑した。

 

 マスターは注文内容を確認すると、僕らの席を離れた。遊太はマスターの背中から、僕の顔に視線を移すと、

「君が大丈夫と云うのなら、その言葉を信じよう。でも、シオール。健康には留意して欲しい。僕たちの仕事は、まさに体が資本だからね。まして君は、スライムハンターまでやっている。君ゆえに両立しているが、本来これは、なしえないことなんだよ」

 僕は素晴らしい友人に巡り会えたことを「神」に感謝しつつ、

「わかった。今後は気をつけるよ。僕のことはもういい。そろそろ、打ち合わせを始めよう。これ以上、君の貴重な時間を奪うことはできない」

「……」

 遊太は何か云いたげだったが、実際に口にすることはなかった。彼は年末公演に関する資料を取り出すと、卓上にそれらを広げた。

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