現在は〔蛇将軍〕の称号が定着しているが、当時のセーコは〔コブラガール〕という綽名で呼ばれることが多かった。コブラガールの武勇伝を聞く度に、中学生の僕は胸を躍らせたものである。特撮ヒーロー番組の主人公が、画面を抜け出し、現実世界にやって来たような、一種異様な興奮を与えてくれた。 

 セーコ最大の特徴である「蛇頭(コブラヘッド)」も、よく話題になった。級友の中には「あれは本物だ」と主張する者もいた。そんな馬鹿なと、口では否定しつつ、頭では「そうかも知れない…」などと考えていた。

 あの蛇面の奥に「どんな顔が隠されているのだろうか」と、あれこれ空想を膨らませるのも楽しかった。理由は不明だが、セーコは素顔を決して見せない。そのことが、彼女の神秘性を高める作用として働いていた。


 なまず池のスライム退治も、我らがスーパーヒーロー、コブラガールが誇る武勇伝のひとつである。その日の午後、セーコはパートナーと共にこの公園を訪れた。常に単独行動(戦闘)を好む彼女が、助力者を連れてくるのはかなり珍しい例と云える。

 相棒の名は赤滑小太郎。業界内では〔あかなめ〕の異名で呼ばれているハンターである。実力的には「B級」に属するが、水泳と銃器の扱いに長けていた。そのスキルをセーコに買われたのだ。

 小太郎は赤眼赤髪、そして、スライム並の「大舌」の持ち主である。奇抜な容姿が、伝説の妖怪「垢嘗」を連想させて、綽名の誕生に繋がったというわけ。全シーズンを褌一丁と下駄履きで過ごすという大変な変わり者だが、案外仁義に厚いところがあり、同業者の評判は悪くない。僕も一度だけ、小太郎に会ったことがあるが、その話は別の機会にしよう。


 コブラガールとあかなめ。この恐ろしく目立つコンビの登場に、界隈は一時騒然となった。セーコは捕殺作戦の責任者に挨拶を済ませると、ボート乗り場に足を進め、スライム討ちの支度にかかった。

 二人のハンターが用意したのは、鮫狩り用の大型水中銃であった。この銃の弾丸(たま)は、特殊な銛(ハープーン)である。先端に爆薬が仕掛けられており、貫きざまに標的の肉体を爆破する。なまず池の化物を仕留めるには最適の武器と云えた。ただし、欠点がひとつある。それは「一発撃ったら、終わり」ということであった。もし外したら、射手の命が危ない。


 戦闘準備を完了した二人は、勇躍、ボートを漕ぎ出した。セーコは水中から、小太郎は舟の上からスライムを狙う。漕ぎ手をセーコに任せた小太郎は、獣肉と血液を混ぜ合わせたものを盛大にばら撒き始めた。いわゆる「寄せ餌」である。シンプルだが、確実な方法だった。池の中のターゲットを誘い出し、スライム共通の弱点、通称「肝っ玉」を撃ち砕くのだ!

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