第3回:パーフェクション・ルシファー

覚醒

 深海と宇宙が融け合った無限の空間に僕は漂っていた。その頃には、僕は真の記憶を取り戻していた。自分の正体が「造物主(神)の息子である」という記憶である。同時に「神の子」としての機能と能力も復活していた。

 それらは「人間、源シオール」とは比較にもならないほどに強力なレベルのものであった。前回までの僕は、物語の(主人公とは云え)登場人物の一人を演じていたに過ぎないのだ。

 物語の中に入る際、記憶と能力を封印するのが原則になっている。それらを有した状態では、芝居や演技に「リアリティがなくなる」からだ。人間に扮する以上は、人間に徹する必要がある。

 もっとも、このルールは絶対ではない。そちらの方が面白くなるのならば、持ったままで入る場合もある。


「喜ぶがいい、シオール」


 とは、僕の頭上に浮遊している巨大魚類…ダンクレオステウスの化身、闇塚鍋太郎の台詞であった。

 最盛期の石田太郎氏を思わせる重々しい声。無論、これは闇塚氏本来の声ではない。石田氏の声を「自分の声」として、使用(借用)しているのだ。神たる彼には、容易い芸当と云えた。石田氏に失礼な気がするが、そのような配慮が働く闇塚氏ではない。


「何を喜べとおっしゃるのでしょうか」

 と、僕は(黄金期の水島裕氏そっくりの声で)応じた。闇塚氏の言葉を素直に受け入れるのは甚だ危険である。そのせいで、とんでもない目に幾度も遇っているのだ。苦い経験の数々が、僕を異様に慎重にさせていた。

「うぬが存分に活躍できる世界を作ってやったぞ。うぬが赴き次第、全てが動き出す仕掛けになっている。早速、飛(跳)んでもらいたい。その世界の名と場所は……」

「せっかくですが、お断りします」

「なにっ」

 その瞬間、魔神闇塚が発する怒りの波動が、無限空間を震撼させた。だが、僕は怯まなかった。

「今、僕は『源シオール』に集中しています。他の役を演じるような余裕はありません」

「ならば、源シオールを脱ぎ捨てよ。そして、俺が用意した役に着替えるのだ」

「嫌です。僕はこの役をとても気に入っている。それに、一度始めた物語を大した理由もないのに、途中で終わらせることはできません。それは創作活動に対する重大な冒涜行為です」

「黙れ、小僧。大した理由もないとは何事だ!きさま、誰に向かって、口をきいている。思い上がりも大概にせんか!」

 闇塚氏の魚眼が、僕の美顔を睨みつけていた。凄い迫力だが、ここで負けるわけにはゆかない。

「思い上がっているのは、あなたの方でしょう、鍋さん。僕は己を律する術を知っている。謙遜の精神を忘れたことは一度もありません」

「ほざけ。うぬの吐く台詞ではないわ。自己愛のかたまりが何を云うか」

「……」

 一瞬、反論を試みようと思ったが、やめた。不毛な会話を続けても、時間の浪費にしかならないことを悟ったからだ。身を翻しざまに、

「ともあれ、僕は忙しい。あちらに戻ります。新しい役については、あちらの結末を迎えてから伺いたいと思います。では、さようなら」

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