凶鳥
スライムの夜間跳梁が常態化し、野良犬と野良猫、そして、鼠たちの姿が東京から消えた。やつらの「主食」は無論人類だが、腹が空けば何でも食べる。哺乳類が減った分、鳥類の数が増えた。翼を持つ彼らにとって、飛行能力を具えぬスライムは然程恐ろしい敵ではない。襲われたら、空に逃げればいい。さしもの貪欲な化物も、そこまでは追えない。むしろ、格好の「食料」と云えるのだった。スライムの死体(死肉)を食うのである。
東京の朝は凄惨である。至るところに、スライムの死骸が転がっているのだ。その中に、戦いに敗れたハンターの遺体が交じっていることもある。専門の回収業者と回収車両が、総出で都内を駆け巡っているが、それでも間に合わない。
路上の死体に鳩や鴉が群がる光景が珍しいことではなくなっている。栄養豊富で、味も良い(らしい)スライムの肉は最高級の御馳走なのだろう。
怖いのは「人肉の味を覚えた鳥」である。ハンターの死体を食べた鳥どもが凶暴(狂暴)化し、集団をなして、女性や子供を襲撃する事例が度々起きている。警戒と駆除を目的とした対策チームが動き出してからは、発生件数は大幅に減少したが、完全撲滅は難しいのではないかと云われている。
時折、鎧兜を着た園児や小学生を見かけることがあるのはそのせいである。夜はスライムが徘徊し、昼は害鳥が飛び交う異形の街。それが現在の東京なのだ。なんとも物騒な都市になってしまった。
住宅街を抜ける前に、俺はグリーンスライムの小群に遭遇した。スライムの種類は「緑」「黄」「黒」の三つである。最近「虹色のスライム」の目撃情報が巷間を騒がせているが、デマではないかと思う。少なくとも俺は一度も遭ったことがない。長谷川に訊くと、調査中という答えが返ってきた。あの男の言葉を鵜呑みにするのは危険だが、この件に関しては、一応信じることにした。
幻のレインボーよりも、目前のグリーンである。全部で六匹いる。スライムの外形は『オ*ケの*太郎』の主人公にちょっと似ている。これは、三種共通の特徴である。グリーンの体長は約100~150センチ。体重は50~100キロ程度。蒟蒻とゼリーが融合したみたいな肉体には、毛も眼も鼻もない。あるのは、地割れのように裂けた巨大な口のみだ。
口中に隠している蚯蚓風の太い舌を使って、獲物を捕らえ、引き摺り込みざまに鋭利な歯牙で粉砕するのが、基本的な攻撃方法である。スライムの動作は緩慢だが、舌は例外である。侮ると、大変なことになる。
スライムの弱点は「肝っ玉」と呼ばれている中枢器官である。脳髄と心臓を兼ねたようなもので、これを潰されると、直ちに絶命する。契約当初は「肝突き」の練習を散々させられたものである。
「……」
右手が無意識的に動いていた。俺は大刀の柄を掴みざまに、中身を抜き放った。特殊合金製の刃が、常夜灯の光をなめらかに弾く。餌(俺)の存在を感知した六スライムが、全身を蠕動させながら、こちらに近づいてきた。
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