第7回:魔宮遊太の副業〔後篇〕
野獣
玄関を出た俺は、広めの庭を抜けて、門の裏側に足を進めた。開けざまに敷地の外へと踏み出した。そこはもう、人間の世界ではない。夜が明けるまで、スライムの領地だ。後方で響く門が閉じる音を聞きながら、俺は家を離れた。ソードマンとしての俺の時間が始まるのだった。やつらを狩り立て、片っ端から息の根を止める。それが俺の仕事なのだ。
ソードマンの移動手段は、主に「自分の足」である。遠征や緊急の場合は別として、俺たちは乗り物に乗らない決まりになっている。まさに「歩兵」と云えた。その元締めたる長谷川が前線に出ることは滅多にない。
味噌鍋をつつきながら、将棋やチェスの対局のように、俺たちを動かすのが、あの男の役目なのである。それについては、特に不満はない。事前に長谷川から説明があり、承知をした上で契約を結んだのだ。
直接見たことはないが、長谷川の殺し屋としての腕前は相当なものらしい。先ほど俺が「斬る」と凄んでも、あの男は少しも動じなかった。むしろ、楽しんでいる気配さえ感じられた。絶対の自信があるからだ。
もし俺が、抜きざまに斬りつけても、長谷川に刃は届かない。易々とかわし、炬燵の中に隠してある武器を使って、適切的確な反撃を放ってきたに違いない。それが終了した時、俺の命は消え、茶の間の床に歩兵の死体が転がるというわけだ。
俺以外のメンバーの中にも、長谷川と五分で斬り合える者はいないだろう。所詮、俺たちは素人に過ぎない。プロの殺し屋にはかなわない。
東京の夜は暗い。道を照らす常夜灯の他に、人工の明かりはない。あの大事故以降、夜間の電力供給が制限されているからである。政府が方針を決め、それに国民も納得した。だが、重大な弊害が起きた。光の量が減った分、化物の活動範囲が拡大されることになったのだ。スライムハンターが商売として成立しているのは、そういう理由もあるのだった。
俺は与えられた「巡行コース」を忠実に歩いていた。万能兜に組み込まれた暗視装置のおかげで、視界は極めて良好である。
顔から下を守る鎧は、肉体とほとんど融合しており、装着者は「鎧を着ている」という感覚さえなく、裸で町中(まちなか)を歩いているような錯覚を覚えるほどだ。これを着る度に、俺は自分が「獣」になったような気がする。スライムを追撃するためにのみ存在し、行動する地獄の猟犬だ。
恐ろしい怪物ではあるけれど、スライムも血の通った生き物である。一匹や二匹ならともかく、一晩に百近いスライムを殺戮するこの仕事に精神的ダメージを被る者もいる。中には「*が変になった」者もいる。
俺の場合は「ソードマン役を演じている」と思い込むことで、心の均衡を保っている。俺ではなく、ソードマンがやっているという詭弁だ。でなければ、今日までこのバイトを続けてくることは不可能だっただろう。
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