第2回:ヒーローの日常

天職

 幼女救出の日から数ヵ月が経った。その間、僕は様々な体験をしたが、今、それらのことを書き述べている余裕はない。残念ながら、割愛する。

 その日の午後、僕は地元のラジオ局で、自分の番組の録音を行った。魔少年の時間である。スライムハンターとしての活動を始めてから、番組宛にリスナーが送ってくれるメールの数が以前の三倍になった。眼を通すだけでも大変な量である。中には、


「……おかげでスライムに食べられずに済みました。シオたん(僕の愛称のひとつ)は私と私の息子の命の恩人です。バトルスーツ姿のあなたも素敵でした。これからも頑張ってください。ずっと応援しています」


 というような内容も含まれている。謝恩のメールを読む度に、僕はハンター…いや、ヒーロー冥利を全身に感じるのだった。僕がハンターになろうと考えた最初の動機は「セーコさんに(一人前の男子として)認められたい」といういささか不純なものだったが、現在では「これ(ヒーロー)は僕の天職かも知れない……」と思うほどまでになっている。


 アイドルよりも「気持ちがいい職業」がこの世に存在したとは、まったく意外で、驚くべきことであった。僕の場合、その両方をやっているのだから、ほとんど奇跡に近い。

 僕の体の中に流れている「日本初のヒーロー兼アイドル」の血が、奇跡の再来を可能にさせたのだろうか?ともあれ、僕は今の生活をとても気に入っている。最高だ。最高に気持ちいい。

 高校進学ではなく、芸能界入門を選んだあの時の判断は、実に正しかった。両親を失望させたことは申し訳なく思うけれど、僕の人生は僕のものなのだ。他人の人生を生きるつもりは僕にはない。又、できない。


 収録終了後、僕はマンションに戻った。疲れ切っていた。自分で選んだ道とは云え、二足の草鞋は疲労度が極めて高い。浴室で温水を浴びた後、僕は寝台に倒れ込んでしまった。まるで、意識を喪失するかのように、僕は眠りの世界に落ちた……。


 枕時計が「朝の7時」を示していた。上体を起こした僕は、自分が裸体であることに気づいた。身に着けているものと云えば、左の手首に嵌めた正義の証し、銀のブレスレットのみである。

 またやってしまった。この「裸で寝る」は僕の悪癖のひとつで、これまでに、顰蹙や騒動のタネになっている。自分を叱りつけながら、僕は壁面のカレンダー(スケジュール表も兼ねている)に視線を移した。

「あっ」

 今日が「家政婦のゆきのさん」が来てくれる日だとわかり、僕は慌てて服を着た。寝室を出て、洗面所に入った。冷たい水で顔を洗った。完全に眼が覚めた。鏡に映し込んだ自分の顔を眺めながら、髪を整える。芝居に出演する際は、口紅を塗ることがあるが、無論今日は、その必要はない。

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