第7話 心の強さ

 2人を守ると誓ってから数日が経った頃――入院し始めてから1か月が経過した時の事、漸く足の骨も繋がり、体を動かせる状態にまで回復した。


 俺の体が回復した事をミヨコ姉とナナは喜んでくれたが、そうそう俺は喜んでばかりも居られない。


 彼女が主人公と出会うのは、ナナが研究所から救い出されてから5年後――今ナナの年齢が10歳であるため、15歳の時である。


 後5年でインチキ主人公やあのジェイルを凌駕する――とまでは行かなくとも、拮抗できる様にならなければナナとミヨコ姉の安全も、他の悲劇的な結末を迎えるヒロインたちも、救うことは出来ないだろう……。


 だからこそ俺は、先ずはこの世界のジェイルがどんな事をやっているのかを確認するために、天空騎士団の訓練場へと足を運ぶことにした。


 病棟から西へ暫く歩いて行った先、石畳で出来た渡り廊下の先に、それはあった。


 広大な……かつての世界の球場を遥かに凌ぐ広さの砂地で、緑を基調とした鎧を身にまとった兵士たちがそれぞれ訓練を行っていた。


 あるものは剣や魔法の反復練習をし、またあるものは模擬試合を行う。


 それぞれがバラバラな訓練を行っている中で、一際目立つ一団の方へ足を進めた。


「あん?お前はグンザークとやり合ってた坊主じゃねぇか」


 10人の隊員に囲まれたジェイルが、俺に気づいて挨拶してくる。


 彼はダラリと剣を下げ、一見すると隙だらけに見えるが、それが誤りであることは彼を囲んでいる隊員達の表情を見れば一目瞭然だ。


 彼らは各々の武器をジェイルへと向けているが、一歩も動くことが出来ない……それどころか、ただ立っているだけだと言うのに息は上がり、額から汗を流して疲弊していっているのが見て取れる。


「これ、何をしているんですか?」


 そう聞くとジェイルは、何でもない事の様に笑った。


「コイツは、精神を鍛える訓練だ。格上相手にも決して挫けず、仲間を見捨てず、自分を見失わないための訓練だ」


 そういうと、ジェイルは一瞬目を細めて挑発するように言った。


「お前もやってみるか?ガキンチョ。お前、こういうの得意だろ?もしこいつらより俺のそばまで寄れたら……そうだな、俺が直々に稽古つけてやるよ」


 その言葉に、訓練場に居た隊員達が一斉に反応し、同時に近くに居た隊員から非難の声が上がる。


「いや、いくら何でもこんなチビッコいのを虐めんのは、団長でもどうかと思いますよ」


「そうですよ、こんなちっちゃい子相手に……団長らしくないですよ?」


 そんな声が男性隊員や女性隊員から上がってくるが、それを無視してジェイルは俺をじっと見つめてくる。


「やるか?」

 

 正直、ここに来たのは訓練を見て何か一つでも盗んでやろうと思っていただけだったが、まさかこんなチャンスが訪れるとは……。


 当然答えは決まっている。


「お願いしますっ」


 そう言って頭を下げると、別の訓練をしていた隊員達まで寄ってくるが、それらを意識から追い出して、他の隊員からも少し離れた場所まで近寄る。


 ゆっくりとそこから近寄っていき、ジェイルにとって必殺の間合いに足を踏み入れた所で……極寒の渦となって押し寄せてきた圧力に、足が震え、眩暈を起こす。


 だがそれでも、徐々に前へ前へと近づいていく。


「おっ、その距離まで来るか、立派なもんだな。まぁ、そこそこ頑張った方じゃねぇの?」


 楽しそうに、まるで子供をあやす様にそう言うジェイルに、俺の頭は沸騰する。


 今の俺と奴では魔法の技術も、魔力も、筋力も、剣術も全てが劣っている事は理解できている。


――それどころかきっと俺は、この訓練場に居る誰よりも弱い


 ……だが、いずれは超えるべき相手に、今は敵わないからと諦めるわけにはいかない。


――そんな情けない姿は、死んでもあの二人には見せられないんだっ


「ふっ、ざけんっな」 


 一歩、また一歩と、僅かずつジェイルに近づくたびに、体に伸し掛かる圧力と寒気が急速に増大していき、視界が色を失っていく。


 近づく距離に比例する様にして心が、体が削られていくが、それでも気持ちだけは屈する訳にはいかない。


「おい、あんまり無理すんなよ?」


 そう言って白黒の映像の中で尚もにやけ面をしているジェイルが、グンザークよりも余程恐ろしく、不気味に見えるが、それでも俺はにじり寄り……とうとう、手を伸ばせばジェイルに届く距離まで近づいた。


「俺は……絶対にっ、お前らにっ、屈しないっ」


 力の限り叫びながら拳を振り上げた所で、ジェイルが両手を上げて殺気を解いた。


「降参だ、降参。やっぱお前大したもんだ……っておい、聞こえてるか?やべっ、誰かっ、担架持ってこい!」


 解放されると同時、急速に戻ってきた音と色彩に眩暈を覚えながら、前方に倒れこんだ。



「弟君?私は今、凄く怒ってます。理由は分かりますか?」


 意識を失い、病院のベッドへと逆戻りになった俺を待っていたのは、頬を膨らませたミヨコ姉とナナだった。


「わかりますか?」


 ナナもミヨコ姉を真似まねして、そう問いかけてくる。


「はい、すいません……」


 まさか俺も気絶までするとは思っていなかったため、ただただ小さくなっている。


「私も弟君は男の子だから多少の無茶をするのは……嫌だけど、目をつむります。でも、今回のは明らかに度を越えてます。弟君も分かってるよね?」


「……はい、すいません」


 凄く悲しそうな目をするミヨコ姉の顔を、とても見ることが出来ない。


「それに、私もナナちゃんも凄く心配したんだよ?もしかしたら、もう起きてこないんじゃないかって」


「うん、ナナ凄い心配した」


 今は平然とした様な顔のナナだが、その目元はよく見てみれば赤く腫れていて、それを見ると胸がえぐられるような気持になる……何やってんだ、俺は。


「もう二度と、私たちの見てない所で危ない事はしないこと!分かりましたね?」


 そうは言われても、俺は二人の為にも自分の無茶は許容するつもりでいるため黙っていると、段々ミヨコ姉の目が潤んでいき……結局俺は折れた。


「……わかりました」


「うん、流石私の弟君だねっ」


 そう言って、ミヨコ姉は打って変わって笑顔になる……あれ?俺騙された?そんなことが頭をよぎったところで、部屋の扉がノックされる。


「どうぞ」


 俺の代わりにミヨコ姉がそう返事すると、扉の奥からジェイルとその副官である女性が部屋に入ってくる。


「ほら、さっさと謝んな」


 ジェイルの尻を蹴とばしながら女性がそう言うと、ジェイルは頬を掻いた後、軽く頭を下げた。


「すまんかった」


 そう言った直後、その頭は副官の女性にしばかれる。


「まともに謝ることも出来ないのかい、この鳥頭は!」


 そう言われてジェイルはカチンときたのか睨み返し……だが、結局はしっかりと頭を下げて来た。


「すみませんでしたっ、やり過ぎましたっ!」


 ジェイルが半ばヤケクソになりながらそう叫ぶと、副官の女性も申し訳なさそうに頭を下げて来る。


「今回はウチのバカが悪かったねぇ。私がその場にいなくても、隊員そろって何で止めないんだか……」


 そう言って文句を言い始めるが、俺はそれを慌てて止める。


「いえ、元はと言えば自分が希望した事ですから」


 そう言うと、女性は面食らったように俺を見て、何故かミヨコ姉の方を見ると、何か分かり合ったのか、一緒に盛大なため息を吐いた。


「成る程、そう言うことかい。ウチのも大概だけど、そっちも苦労するねぇ」


「はい、ヤンチャなのさえ治ってくれれば、良い子なんですが……」


 そんな風にミヨコ姉に言われて、なんだか三者面談でもしてる気分になってむず痒くなって来る。


「はぁ……事情は分かった。坊や、アンタ何をしてでも強くなりたいんだろう?」


「はいっ」


 なんの躊躇もなくそう言うと、ミヨコ姉に睨まれるが、これだけは譲れない。


「そうかい、ならウチの隊と訓練する事は許す」


「よっしゃっ」


「ただし……」


 そう言ってミヨコ姉と、不安そうな顔をしているナナを見た後、女性はこう言った。


「2人も一緒にだ」


 ……はい?


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