第9話 生きる目標と、男子寮の乱痴気騒ぎ

 暁 悠斗あかつき ゆうとが事故に会った?


 余りに理解し難い言葉に、思わず思考が追い付かなかった。


「それは、誰かに襲われたっていう事ですか?」


 思わず言葉に詰まりながらそう聞くと、ヨーグ教諭は首を横に振った。


「いいえ、どうやら馬車ごと崖から転落したらしくて……別の車両に乗っていた妹さんが急いで救助したところ、一命は取り留めた様ですが、未だ意識は戻らないそうです」


 その言葉を聞いて一瞬ホッとしたが、同時に数々の不安が浮かんでは消える。


 もし、このまま悠斗の意識が戻らなかったら?もし、彼の能力が無いことで解決できない事態が今後発生したら?


 そもそも、俺がこれまで悠斗に勝つ為に努力してきた意味は?


「……ンッ、センッ!」


 思わず頭を抱えていた所、激しく体が揺すられている事に気づき視線を上げると、ユフィが此方を必死な顔で見ていた。


「どうしたの、セン。そのユウトって人がどうかしたの?」


「いや……ゴメン、ちょっと知り合いだったからショックを受けただけだよ」


 そう言ってユフィの頭を軽くなでてやると、不安を腹の中に飲み込んでヨーグ教諭に頭を下げる。


「わざわざ教えてくださり、ありがとうございました」


「いっ、いえ。こちらこそ配慮の無い言い方をしてしまい申し訳ありません」


 ヨーグ教諭はそう謝罪してくれると、足早に立ち去って行った。


「そのショックの受け方からして、余程大切な人だったの?」


 普段よりは幾分柔らかい口調でそう問いかけてきて、俺は思わず首を傾げる。


「いや、そう言う訳でも、無いんだが……」


 俺にとって大切な人は、ナナ、ミヨコ姉、ユフィ、リーフィア……そして、未だ会っていないこの世界の不幸に成ってしまう可能性が有るヒロインたちだ。


 悠斗は、どちらかと言えば嫌いと言った方が良かったかもしれない。


 だが、それも彼が意識不明と聞いてみれば、どこか胸に穴が開いた様な気がする……。


「目標にはしていたかな」


 そう返すとユフィは驚いた顔をして、リーフィアはおとがいに手を当て考え、改めて問い返してくる。


「セン、私は貴方と付き合いが長くないから分からないけれど、貴方の生きる目標はそれだけなのかしら?」


 そうリーフィアに問いかけられて、俺はユフィとリーフィアを見ながら首を横に振る。


 俺には、悠斗に勝つと言う目標しかなかったのか?


――違う


 俺には、他に目標が無いのか?


――違う


 俺には、皆より大切な物が有るのか?


――そんな訳がないっ。


 俺の生きる目標は……。


「俺は、皆を幸せにしたい。それが俺の目標だ」


 声に出して言うと、先ほどまで感じていた虚無感は、ジワジワとした温かさで埋まっていく。


「そう、なら頑張りなさい。私がこの学園に居る間は、見ててあげるわ」


 そう言って笑いかけて来るリーフィアに、思わず笑い返した。





「お兄ちゃーん」


 新入生でごった返している寮の前へ行くと、ナナの声が聞こえ、声のした方を向くと大きく手を振っているナナが見えた。


 そしてその横で、セーラー服に身を包んだミヨコ姉がつつましやかに手を振ってる。


 その顔は半年近く前に会った時と変わらず元気そうで、安心する。


「やっほ、ミヨコ姉。ミヨコ姉は元気そうだね?」


「うん、弟君は……また身長伸びた?」


 そう言って近くに寄って来たミヨコ姉が、手を頭上に伸ばしながら、俺との身長の違いを測り出す。


「んー、あんまり自分では実感ないけど、そうかもね?」


「あーあ、昔は私の方が高かったのになぁ」


 口を尖らせながらミヨコ姉が言うが、その目元は笑っていて、俺も思わず笑顔になる。


「っとそうだ、ミヨコ姉に紹介しなきゃいけない人が居るんだ」


 そう言って後ろに居たリーフィアを紹介しようとするが、ミヨコ姉に手で制される。


「リーフィア第一皇女ですよね?私はセンとナナの姉で、この学院の高等部2年生のミヨコ・アステリオスと言います」


「ご丁寧にどうも、リーフィアよ。貴方の弟さんには最近振り回されてばっかりだわ」


「おい、嘘を言うな嘘を」


 あまりの出まかせに思わずそう突っ込むが、女性陣から微妙に冷たい視線を向けられる……納得いかない。


 そんな風に思っていると、ミヨコ姉が時計を見て「あっ」と声を上げた。


「えっと、皆と話したいことは一杯あるんだけど、お昼の終わりの時間も迫ってるし、取り敢えず寮の部屋割とか聞いてからにしよっか?お昼ご飯の時にでも、改めて皆で話そ」


「分かった。じゃあまた後でな」


 そう言って皆に手を振って離れると、一旦男子寮の寮長を示す腕章を付けた人が立つ方へ移動した。


「すいません、寮の部屋割とかってどうなってますか?」


「おおすまん、もう皆確認したと思って部屋割を仕舞っちまった。名前はなんていうんだ?」


「自分はセン・アステリオスです」


「センか……おっ、317号室だな。鍵は……これだ。荷物は届いている筈だから、確認しとく様に。昼飯は11時30分から13時までで、夕飯は18時30分から20時までだ。詳しい規則とかはこの冊子に確認しといてくれ」


 そう言って寮長は辞書の半分程もある厚みの冊子と、鍵を渡してくる。


「それと、だ」


 言葉と共に、ガッと肩を引き寄せられる。


「女子寮に繋がる扉から先は立ち入り禁止だ、もし立ち入った場合は……女子からも男子からも制裁を受けるから、覚悟しとけよ?」


 こっちに手を振って来てるミヨコ姉達を顎で示しながら、鋭い目で寮長が言ってくる。


「……心しておきます」


 思わず背筋が寒くなりながらそう返すと、足早にその場を離れ、赤レンガの寮の中へと足を踏み入れた。


 寮は上空から見ればコの字を左に90度回した状態に成っており、真ん中の棒部分がロビーや食堂となっていて男女兼用、扉一枚隔てて右側が男子寮、左側が女子寮となっている様である。


 なお、女子寮側の扉には「男子禁制 男入るべからず」と書いてあるのに対し、男子寮側には何も張られていない……まぁ、理由は推して知るべしだろう。


「たしか、317号室だよな?」


 鍵を確認しながら階段で3階まで登って行くと、順番に部屋を探して行き……。


「おっ、此処だな」


 317号室とプレートが書かれている事を確認し、ノックした上で部屋の鍵を開ける。


「失礼しまーす」


 念のため声を上げて中に入ると右側に洗面台、奥に2段ベッドが有るのが見えて足を進める……と言うか、僅かだが奥から物音がする。どうやら既に人が居る様だ。


「失礼しま……す?」


 声が聞こえなかったのかと思い、再度挨拶しながら音の発生源――ベッドの1階部へ声をかけると、入学式の時に会った紫髪の生徒が我が物顔で座って寮規則の本を読んでいた。


「……」


 俺が近くによってジッと見つめるが、全く反応を返してこない。……コイツ。


 イラっと来た俺は奴の耳元まで近寄ると、大きく息を吸い込む。


「スー……「耳元で怒鳴ろうとすんな」」


 大声を出してやろうとした所で機先を制され、鼻白んでいると……。


「ハッ」


 鼻で笑ってきた。


「お前さては喧嘩売ってんだな?分かった。いいぜ、表出ろ」


 廊下側に指を向けながら言うと、目の前に寮則一覧が突き出される。


 なになに?


 寮内で喧嘩を起こした奴は飯抜き、寮内外問わず授業および指定された場所以外で魔法や武器を使った場合は厳罰?


「……よし、寮の外で殴り合いで決着付けんぞ。2段ベッドの下の権利についてもな!」


 そう叫びながら指を突き付けると、紫髪野郎はため息を吐きながら窓を開けると、そこから寮外の芝生へ飛び降りた。


「上等だ」


 俺も奴と同様に芝生に飛び降りると、腰のナイフや予備のナイフ含め全てその場に放り投げる。


 一方奴は首を回しながら、腕をぽきぽき鳴らしていた。


「そのスカした顔、泣かしてやっからな」


「ヤレるもんなら、やってみろよ」


 俺達が罵りあいながら、腕を振り上げ交錯する――「ちょーっと、待ったあ」


 互いの拳が交差する前に、その拳は声と共に上空から降って来た謎の男に受け止められた。……腕が動かねぇ。


「なんすか先輩?うち等は寮外で――「話は大体分かってる、なぁに君たちを止めに来たわけじゃあないっ!」」


 そう言って俺の足位の太さの腕をした先輩が、手を放しながら言葉を続ける。


「我々は常に娯楽に飢えている、何たって好奇心溢れるミレーヌ王立魔法学院の生徒だからね、そうだろ皆っ?」


 バッとマッチョな先輩が寮を見上げると、一斉に窓が開いて数多くの男子生徒が顔を出す……なんだこれ?


「よって、元気溢れる新入生の君たちで賭け――オホン、公平なジャッジをしようと言うのだっ」


 それを聞いて俺は口が塞がらなくなり、奴の方はあからさまに怠そうな雰囲気を醸し出している。


「ルールは簡単だ、武器・魔法無しの素手のみで、相手に参ったと言わせるか両肩を付けた方の勝ちだ……質問は有るかね?」


「はぁ……ジャッジだか何だか知らねぇが、サッサと始めろ」


「……俺も準備良いです」


 何となく釈然としない気持ちながらもそう答えると、何処からか持ち出されたゴングが打ち鳴らされた。

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