第13話 謎のシスターと贈り物

 入団祝いの記念パーティーが開かれてから3週間後――初めての給料が支払われた日の翌日、俺は朝から寮を出て街へ向かって歩いていた。


 天空騎士団の寮から街へは一本の道で繋がっており、20分もしない内に大通りへと来ることが出来る。


 本来なら検問などもあるが、天空騎士団の隊員であることを示すバッジさえ付けていれば、守衛に呼び止められることも無く街の中へと入ることが出来た。


「それにしても、昨日のジェイたちは輪をかけて酷かったな」


 未だ開店準備をしている店がある大通りを歩きながら、ふと昨日の事を思い返す。


 最初は、普通に飲んでいるだけだったのだ。


 だが給料日だったこともあって、気が大きくなっていた彼らは、街の商売女を寮に呼び込み――それがべノン姐さんに見つかり……盛大な説教と、女性隊員達からの白い目に晒されながら、彼らは寮の掃除を今も行っている。


「まぁそんな奴らの事はどうでもいいんだけど、地図にある装飾品店はこっちであってんのか?」


 給料日前からミヨコ姉とナナに何か贈り物をしたいと部隊の姐さん方に相談していた俺は地図と共に、ある装飾品店を紹介された。


 正直なところ、ナナには未だ装飾品なんて早い気がするんだが、姐さん方曰く、それが逆に良いのだとお達しが出たので、こうして一人で街へと繰り出した次第である。


「確かそこの噴水を左に曲がって……」


 そんな独り言と共に、地図とにらみ合っていた所、曲がり角を丁度曲がって来た人影にぶつかってしまう。


「きゃっ」


「っと、悪い」


 ドンっとぶつかった拍子に相手が倒れそうになったため、腕を持って支えると、彼女の持っていた杖がその手から離れる。


「ゴメン、怪我は無かったか?」


 握っていた手を直ぐに離し、まぶたが閉ざされたままの彼女の顔を見て、息を飲む。


「私は大丈夫でした。貴方は大丈夫でしたか?」


「あっ、ああ大丈夫だ」


 そう言いながら、転がっていた杖を彼女――同い年位の銀髪の少女に手渡すと、軽く頭を下げられ……その頭が上がった時に、瞳孔の開いた薄水色の瞳が俺を見ていた。


「ありがとうございます……貴方はもしかして、私と出会ったことがありますか?」


「……何でだ?」


「だって貴方は私の顔を見て、まるで突然知り合いに会ったかの様に、息を飲まれたから」


 そう言われた俺は、思わず舌打ちをしたくなった。確かに俺はこの子を知っている……あくまでゲームの中だが。


「それは単に……目の不自由な人が珍しかったから驚いただけだ」


「嘘、ですね?私は目が不自由な代わりに、人の感情の機微には聡いのです」


 自慢げに腰に手を当てて言う彼女に、俺は思わず苦笑いする。あくまで白を切る事もできるが、俺は早々に敗北を告げる。


「降参だ、だけど君の事を知っていた理由は教えられない」

 

 両手を上げてそう言うと、彼女は暫く考えて頷いた。


「では代わりに、私の用事に少し付き合って下さい……それとも、他に何か急用がありましたか?」


 自分で強引に付き合ってくれと言いながらも、相手の予定を確認する彼女が可笑しくて、思わず笑ってしまう。

 

「いいぜ、別に何か急いでいたわけじゃないし……そんなに時間はかからないんだろ?」


「はい、それ程お手間は取らせません」


 そう言って彼女は淀みなく、入り組んだ道を歩いて行く。手に持った杖で探る様子も無いその様は、目が悪い様にはまるで見えない。


「貴方は本当に不思議な人ですね?」


「そうかもな」


 普通だったら彼女が杖を使わない理由を訝しがるか、気味悪がるのだろうが、俺は彼女が見てる世界――精霊の瞳から見た世界について知っている。彼女の目は見えないんじゃない、見えすぎるから閉じているのだという事を。


「ふふっ、人に気を使って振る舞わなくて良いのは、良い物ですね」


「案外、アンタが気を使い過ぎてるのかも知れないぜ?」


 そう言うと少女は驚いた様な顔をした後、笑った。


「貴方は、人に気を遣わなそうですものね……はい、ここが目的地です」


 目的地だと言われて、目の前の看板を見てみると……ソコには、俺が最初から行く予定だった装飾品店があった。


「どうしたんですか?入りますよ?」


 木製の扉を押しながら、此方の様子を少女が伺ってきたので、俺も後ろからついて行く。


――カランッ


 軽快な鈴の音と共に店内に入ってみれば、木製の机の上に所狭しと、銀細工を始めとした様々な装飾品が置かれていた。


「いらっしゃい」


 カウンターに座った赤毛の若い女性店員に頭を下げながら、少女へ確認する。


「お前の用事ってこの店で……装飾品を買う事か?」


「はい、ただ私はこの目でしょう?店員さんに無駄な苦労をかけたく無くて、貴方と一緒に選んでもらってるふりをして貰おうかと」


「成程な……まぁ、俺もこの店に用が有ったし良いんだけどさ」


 俺が苦笑しながら言うと、少女が驚いた顔をする。


「彼女さんとかがいらっしゃるんですか?そうしたら私、申し訳ない事を……」


「あー、いや、うん、まぁ姉と妹と言うか、何と言うか……」


 言葉を濁していると少女は怪訝な顔をしたが、直ぐに興味の対象が、並べられている首飾りに移ったようだった。


「お前は、誰に贈るんだ?」


 疑問に思って尋ねると、少女はそう言えばと口元に手を当てた後、此方の目を見た。


「私は、お前じゃありません……そうですね、ユフィと読んで下さい」


「了解、それじゃあユフィは誰に送るんだ?」


「私を育ててくれたシスターの方が今月末で引退されるので、ロザリオを送ろうかと」


 そう言って、いくつかのロザリオを手に持って比べているが、生憎俺には色と材質の違い位しか分からなかった。


 だがそうも言ってられず、俺もミヨコ姉とナナの分を探そう……そう思った所で、店員に手招きされる。疑問に思いながら近づいて行くと、耳元に囁かれた。


「あの子、君の彼女?」


 そう言われて、俺は思わず呆気にとられた後、慌てて首を横に振る。……その拍子に、ユフィの頬が赤く成っていたのを見た気がするが、見なかったことにしてやろう。


「なーんだ、違うんだ。でも、シスターの子が、男の子とこんな店に来るなんて、ただ事じゃないよね?幼馴染とか?」


「勘弁してください。会ったのは今日が初めてで、あの子は目が悪いので地図に沿って案内しただけです」


 そう言って懐から、隊の姐さん方から貰った地図を見せると、店員からは「なーんだ」とため息を付かれた。


「じゃあ、君は只の付き添い?」


「いや、そう言う訳じゃなくて……姉と妹に贈り物をしようかと思って」


「なるほどねー、殊勝なことじゃん?因みにお姉さんと、妹さんの年齢は?」


「12歳と10歳ですね」


 そう答えると店員は暫く店内を見渡した後、ある一角を指さした。


「多分、あのあたりに有る物位が丁度いいんじゃないかな?」


「ありがとうございますっ」


 正直どの程度の値段の物を送れば良いのかさえ分からなかったから、こうして提示してもらえると酷く助かった。とは言え、提示された中にも指輪やネックレス、ブレスレット等多岐にわたる為、結局頭を抱えることに成ったが。


「ゴホンッ」


 頭を捻りながら物を選んでいると、後ろで露骨な咳ばらいをされて振り返ってみれば、ユフィが居た。


「さっきのは助かりました」


 やや頬を赤く染めたユフィにそう言われるが、俺は首を傾げる。まだ彼女と勘違いされたのを、気にしているのだろうか。


「何が?」


「いえ、分からないなら良いのです、それより困ってらっしゃるみたいですね?」


「まぁな、何を送れば良いのかさっぱり分からない」


 そう言うと、深いため息を吐かれる。……いや、女性に贈り物を送った事無いんだからしょうがないだろう。


「そうですね、お姉さんと妹さんでしたっけ?それなら指輪以外から、2人の特徴に合いそうな物を送れば良いんじゃないですか?」


「ふーん」


 何故指輪を外したのか今一つ分からないまま、2人の事を思い浮かべてまず思いついたのは、二人の髪色――蒼と茶……橙だ。それに合致した物を、そう思ったら青い石を基調としたネックレスと、橙の石を中央に沿えたブレスレットを手に取る。


「へぇ……思いの外、趣味は悪くないですね」


「それ、褒めてんのか?」


 微妙な気分になりながらも、俺はそれを確保しつつ……視界の端に入った桃色の髪留めに目を引かれ、思わず手に取る。


「どうかしたんですか?」


 そう言って振り返ったユフィの銀色の髪に、その髪留めを合わせてみる。


「なっ」


「おっ、やっぱ似合うな」


 そう言うと、ニヤニヤと笑っている店員の方へと髪留めを含め3つ持っていく。


「なっ、なんのつもりですか!」


「何のつもりも何も、アドバイスを貰ったからどうせならお近づきの印にと思ってな」


 そう言って笑いながら会計をサッサと済ませると、髪留めをユフィに差し出す。


「……」


 ユフィは暫く悩んでいたようだったが、無事受け取ってくれた。


「よしっ、じゃあお前もさっさと会計済ませて来いよ」


「言われなくてもっ」


 プリプリと頬を膨らませながら店員の下に行くユフィを見て、してやったりと思いながら、会計が終わるのを待った。


――――――――――――――――――――

ここまで読んで下さった方々、本当にありがとうございます。


もし気に入ってくださった方いましたら、↓の♡による応援や、下記URLから☆評価頂けると泣いて喜びます。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054918650083

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る