第9話 紫の閃光

 首元から注入された魔力が、体内の魔力と混ざり合うのを認識すると――掌を天に向け、リミッターを解放した。


「来いっ、雷天!」


――使徒化プログラム、起動


 アナウンスが流れると同時、全身が稲妻に包まれるのを感じながら、シャーロットの首を今にも折ろうとしている黒天使に向けて、12枚の羽を展開する。


「――貫けっ」


 放射状に射出された羽――雷撃を纏ったナイフが黒天使へと襲い掛かり、シャーロット達から引き離すと、包囲する様に展開していく。


「シャーロット、リーフィア、無事か?」


 そう2人に問いかけながらも、体が作り変えられていく様な違和感と、寿命が急速に削られる実感に、吐き気を覚える。


――これが、魔力を使い切る前にブースターを使った代償か……


「私は何とか……ただ、シャルは足が」


 そう言うリーフィアも腕があらぬ方向に曲がり、シャーロットは……首元に酷い痣が出来ているだけでなく、両足を折られていた。


「……ふざけやがって」


 怒りで視界がチラつく中、飛ばしていた12枚のナイフが背中へと戻って来て……同時に所々が焼け焦げた黒天使がゆっくりとした足取りで、コチラへと向かってくる。


「セン……役に立たなくて、ごめん……」


「謝らなくていい……リーフィア、シャーロットを頼んだ」


 えづきながら、かすれた声で謝罪するシャーロットにそう返すと、刀を下段に構えながら、眼前の黒天使と相対する。


「来いよ、天使もどき……テメェは俺がこの手でブチのめす」


 言うや否や翼を全方向に展開しながら、地面を蹴りつけて切りかかる。


 目にもとまらぬ速さで振るわれる腕を、躱し、逸らし、返す刀で切り付けていく。


「っらああああ」


 空中に展開した羽を発射、曲射、反射、連射、速射していくが、奴の異常発達した腕と、背中から生えた黒翼によってはじき返される。


 大地を穿ち、空気を焼き、命を賭けて削り合う。


 1秒経る毎に脳は焼け付き、振るう腕は千切れそうになるが、それでも互いを倒すまでは止まれない……。


「――――ッ」


 甲高い声と共に奴の魔法陣が展開され、光が飛来したと思った時には脇腹を貫かれるが、代わりに奴の指を斬り飛ばす。


 それまで互角か、互角以上に見えた攻防戦は――直後、終わりを告げた。


「ごほっ」


 奴の魔法に腹部を貫かれたせいで、喉を駆けあがって来た圧迫感を血反吐と共に吐き捨てると、同時にガクッと堪えていた力が抜けていき、思わず地面に手をつく。


「――――ッ」


――まずい、そう思った時には耳をつんざく様な高周波音が響き……


 俺に向けて魔法陣が展開――されず、動く事も困難なリーフィアとシャーロット目掛けて、これまでで最も大きな魔法陣が展開され、おぞましい迄の魔力量を装填し始める。


「くっそ……やろうがああああああああ」


 今まさに吐き出されようとしている魔法から二人をかばう位置に立つと、照準も曖昧なままに、全身の魔力をかき集めて術式を展開する。


――審判の時は訪れた、咎人に天の裁きを下そう


 視界一杯に魔力の奔流が押し寄せ……突き出した掌に熱を感じた所で、撃ち返す。


――天雷っ


 轟音を上げながら吐き出された雷撃は、眼前で白い光の洪水と拮抗した後――撃ち返した。


――使徒化を解除します


「……っがああああああああああああああ」


 体に埋め込まれた装置からアナウンスが流れると共に使徒化が解除され、同時に全身の骨を粉砕された様な激痛に苛まれて膝をつく。


 それでも奴の生死を確認するために、何とか白い蒸気の上がる先を見てみれば……俺と奴の一撃が交差した周辺にクレーターが出来ており、中心部はその余波によって地面が液状に溶けている。


 そのさらに先……奴が立っていた場所のはるか後方で、蠢いている影が有った。


 黒色の羽はその半ば以上が融解し、左腕は消し飛んでいるが……それでも奴は立ち上ろうとしていた。


「く、そ……が」


 悪態をつきながら何とか立ち上がろうとするが、体に力が入らず地面へと倒れこんでいく……。


「センッ……」


 リーフィアの声が聞こえたかと思うと、近寄ってきて俺の体を支えてくれる。


 だが俺は、その肩をゆっくりと押し返した。


「リーフィア、シャーロット……お前たちだけでも、逃げろ」


 そう言うとリーフィアが眼を見開いて、怒鳴りつけてくる。


「そんな事、出来るわけがないじゃないっ……そもそもこの部屋に扉は……」


 リーフィアはそこまで言った所で、気づいたのだろう。


 さっきの魔力の衝突による余波で壁に穴が開き、扉が見える様になったことを。


「……リーフィア、センを連れて逃げて」


 何とか魔法で足の骨を継いだシャーロットがそう言った瞬間、俺は血が噴き出している眼を見開いて、睨みつける。


「ざ、けんじゃねぇ……んなこと、許、せるかっ」


「リーフィアは隣国の皇女、センは将来を嘱望しょくぼうされた英雄……なら、私が残って足止めするしかないじゃない?」


 そう言って笑いかけて来たシャーロットの手足は小刻みに震え、目尻には涙が浮かんでいたが、瞳には確固たる意志が宿っていた。


「シャル……そんなのイヤ、絶対にイヤ! ソレなら私も一緒に!」


 リーフィアが恥も外聞も無くそう叫ぶが、シャーロットが首を横に振る。


「……これまでずっと私には友達がいなかったけれど……そんな私が、ここで親友たちの為に死ねるなら、後悔は……」



「……ざけんなよ」



 悲痛な顔で決死の覚悟を決めるシャーロットも、彼女と共に死のうとするリーフィアも、こんな状況でろくに動けない自分も、彼女たちに試練を与え続ける世界も……全てが腹立たしい。


 折角ゲームとは違う運命を歩めたんだ、こんな所で終わるなんて認めない。


 誰か2人が生き残る選択よりも、可能性は小さくでも俺達3人で生き残るために出来ることをやる。


「シャーロット、俺にありったけの雷を打ち込め」


「っ……まさか私の魔力で再び天使化を? でも、出来る訳が……」


 ――あぁ、シャーロットは察しが良いな


 自然の雷と違って既に他人の色がついた雷撃――本来ならそんな物を受ければ傷つくだけなのは明白だ……だが、俺はソコに命を賭ける価値が有ると信じる。


「俺を、信じろシャーロット……そして、悪いがリーフィア」


「……準備が出来るまでの間、2人は何があっても私が守るわ。だから、2人は安心してて」


 そうリーフィアが言うと、2度目の風王装填を行い、今まさに立ち上がった黒天使へ突っ込んでいく。


「セン……」


 揺れる瞳でシャーロットが俺を見て来たので、何とか腕を上げて頭を撫でてやる。


「安心しろ、お前の全力ぐらい、楽に受け止めてやるから」


 そう言って笑いかけると、シャーロットは涙を浮かべながらも笑い、術式を練っていく。


 剣撃と、地面を抉る音が鳴り響き、時折混じるリーフィアのくぐもった声が胸に刺さる。


 だが、それらの音を全て遮断して、シャーロットに背を向けると――魔力と同調し……。


「セン、信じてるから」


「ああ、任せとけ」


 立つのもやっとの体を鞭打って、両腕を広げると……全身が稲妻に包まれた。


 温かい、まるで母に抱かれる様な感覚の中で目を見開く。


 ――使徒kプrグラム、起dう


 普段とは異なる、ひび割れたアナウンスが流れると同時、紫電をまき散らしながら地面を踏みしめて、奴へと肉薄する。


 瞬間、黒天使は掴んでいたリーフィアを放り投げ、俺の方へと向き直るが……もう遅い。


 紫電を纏った2本のナイフと共に奴の背後まで駆け抜けると、室内に静寂が巻き起こり――。


「じゃあな、紛い物の天使」


 そう言った直後、背後で噴水の様に鮮血がわき上がると同時に、奴の体が地面に倒れ込む音を聞いた。

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