4章

第1話 旅の始まりは列車から

「……ッ、セン」


 誰かに呼ばれた気がして瞼を開けると、そこには俺の体を揺すっているユフィが居た。


「……ここは?」


 思わずそう呟きながら周囲を見回してみれば2人掛けの席が幾つも連なった、列車の中の景色が広がっていて――自分が夏休みを利用して、アルデラ遺跡の調査に向かっている事を思い出した。


 すぐ脇に有る窓の外に目を向けてみれば、勢いよく風景が流れており、普段目にする街並みとは異なり、山や森が多く広がっている。


「悪いユフィ、もうそろそろ到着する時間か?」


「ええ、後数分で到着するって案内だったから起こしたんだけど……最近眠れてないの?」


 心配そうな顔で俺の目を覗き込んで来るユフィに対し、曖昧に笑った。


「んー、まぁ夏休みに入ってから寮がどうしても騒がしいからな……」


 既に帰省している生徒も何人かいるが、未だ夏休みに入って3日目の為、大半の生徒が寮に残っている。


 お陰で夜中のうるささは減るどころか、普段の1.5倍になっていた。


――今うるさくしても、寮長や先生方も文句言わないしな……


「あー、うるさいのは女子寮も同じね」


 後ろの席に座っているシャーロットがそう話に割り込んで来ると、シャーロットの隣にいるリーフィアも合わせて笑った。


「まぁ女子寮は男子寮と違って、問題を起こしたりはしてないけれど」


「別に俺達だって毎度問題起こしてるわけじゃ無いっての……多分」


 俺の発言に対し皆が疑わし気な目をしたタイミングで、丁度列車が減速を始め、アルデラ遺跡の最寄り駅到着まで残り僅かで有ることを知らせるアナウンスが流れた。


「んじゃ皆、忘れものだけはするなよー」


 そう言って話題をそらして、確認を促したところ――。


「でも一番忘れ物しそうなの、お兄ちゃんだよね?」


「大丈夫、センの分は私が確認しておくから」


 そうナナとユフィが話をしているのを聞いて、自分の信用が微妙にない事を思い出した……泣いていいかな?


「皆の事心配してくれてありがとね、弟君」


 皆がそそくさと準備を整えて降りて行く中、ミヨコ姉がそう言うと笑顔で手を伸ばしてくれた。


――あれ? 目の前に女神が居るぞ?


 雪の様に白く細いミヨコ姉の手を握って立ち上がると、列車から出て駅へと降り立つ。


 すると真っ先に壁面にはめ込まれた、神々しい天使のステンドグラスが目に入り、他にも幾つか天使をモチーフにした銅像などが確認できた。


「あのステンドグラスを見るだけなら、綺麗なんだけどなぁ……」


 思わずと言った風にナナがそう漏らし、俺やミヨコ姉は苦笑する。


――確かに見るだけなら綺麗だが……俺達にとって天使は、正直あまり関わりたく無いものだしな


「取り合えず、遺跡行きの馬車に乗り込みましょ? 既に近衛も来てるでしょうし」


 そうリーフィアに促されて様々な種族の行き交う駅のホームから出ると、既にいくつかの馬車が停まっていた。


 その中の一つ、「雷の勇士ライトニングブレイバー様御一行」と書かれたプラカードを持つ、頭から猫耳を生やした猫人族の女性と、皇国の見知った近衛達がニヤニヤしながら2台の馬車の前で立っていた。


――さて、俺達の馬車は何処かな?


 思わず現実逃避しそうになったのを、ガシッとユフィに肩を掴まれ止められる。


――あの糞学院長め、何て名前で予約取ってやがる


「ぷっ……アンタ今、雷の勇士ライトニングブレイバーなんて二つ名で呼ばれてんの?」


 今にも腹を抱えて笑い出しそうな顔でシャーロットにそう言われ、思わず憮然とする。


「別に俺が付けた名前じゃねぇよ!」


 そう叫ぶと、ミヨコ姉が口を開いた。


「……えっと、私はカッコいいと……思うよ?」


「ミヨコ姉、目をそらしながら言われても説得力無いって」


 そんなアホな会話をしていると、猫人族の女性がこっちへ近づいて来る。


「アナタ様方が、ライトニングブレイバー様御一行かにゃ?」


 そう聞かれて、思わず自分の表情が無になるのを感じる。


「……はい、そうです」


 そう応えたのを聞いていよいよ耐えきれなくなったのか、シャーロットが笑い始め……それを見て、猫人族の女性は首を捻っていた。





「もう、お兄ちゃん、そろそろ機嫌なおしてよ……近衛の人達も謝ってたし」


 近衛と分かれて乗りこんだ馬車の中でムスっとしていると、ナナが弱った声を上げたので、一つ大きなため息を吐き、自分の頬を叩いた。


――折角みんなと一緒なんだ、何時までも子供の様に駄々をこねていても勿体ないか


「まぁ、あんな二つ名聞かされたら笑いそうになるのは分かるが……最初から完全に面白がってたシャーロットはどうなんよ?」


「だから、さっきから謝ってるじゃない。別にその名前が変とか思ってるわけじゃ無くて、普段のアンタとはあまりにかけ離れてる二つ名だなと思っただけだし」


 そう言ってムクれるシャーロットの言う事も確かだなと思い頭を切り替えると、改めて顔を引き締めて、遺跡についての話を始める。


「取り合えず今回調査するアルデラ遺跡だが、冒険者組合――ギルドが判定している危険度では真ん中程度のDランクになっている。これは俺達なら余力を持って攻略可能な範囲だ」


 遺跡のランクは原則A~Fまであり、上のランクであるほど空間魔力――魔素の強い場所となり、強い魔物が現れる代わりに、魔物から採取できる魔石の質も向上する。


 高位の魔石となればそれだけで一財産になる他、別途ギルドから持ち帰った素材や情報に応じて報酬が支払われる事になっているため、命を張ってでも高ランクに挑む冒険者は後を絶たない。


 ただ俺は皆に危険を冒させるつもりも無かったため、天使の伝承が伝わっている遺跡の中で最も適切と思われるアルデラ遺跡を今回の調査先に選ぶことにした。


「ねぇねぇお兄ちゃん、Dランクなら余力あるって話だけど、仮にどのくらいのランクならギリギリ私たちは攻略できるかな?」


 そうナナに尋ねられ、一瞬悩んだ後に回答した。


「Cランクならケガする程度で済むとは思う……Bになると、なりふり構わず逃げて何とか生還出来る位だな」


 以前団長やジェイと一緒にBランクの遺跡に行った経験を思い出し、思わず鳥肌が立った。


「まぁ、無理は禁物だよね。因みに今回の配置は予定通り、後衛が私とユフィちゃん、中衛がナナちゃんと弟君、前衛がリーフィアさんと、シャーロットちゃんで大丈夫?」


「その認識で間違いないよミヨコ姉。ただ時と場合によっては俺が前衛を受け持つ事もあるから、一応そのパターンのおさらいを皆にはしておいて欲しい……」


 そう言うと改めて皆に遺跡内の動きについて皆で再確認し、それぞれの役割の把握と、遺跡内での注意事項について述べていった。

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