第20話 氷狼

「どうかされましたか?」


 こちらを気遣う様に発されたランスの声は心地よく、スッと耳に入ると不思議と脳に響く――腹立たしい程カッコいい声だ。


「いえ、なんでもないです」


 そう応えた俺の口の端は、間違いなくヒクついていただろう。


――ちくしょう、この完璧イケメンがっ!


 ゲーム時代には殆ど掘り下げられる事が無かった皇国と、近衛騎士団長。


だが、王国に流れて来る噂や武勇伝などの情報を組み合わせて出来上がる近衛騎士団長の人物像は……正に完璧超人。


言ってしまえば、男性版ミヨコ姉みたいなものだ。


容姿端麗、武芸百般、魔術堪能、性格良好……悪い噂はまるでなく、我らが団長が結婚した今となっては、人々から最も人気を集めている英雄と言って過言ではないだろう。


「そうですか? もし長い移動中に体調を崩したのであれば、遠慮なく言って下さいね?」


 キラッという擬音が聞こえてきそうな程爽やかな笑顔をランスが見せていると、皇帝陛下が割って入って来た。


「話している所悪いが、儂は先ほどからおぬしらの試合を見たくてたまらない……ぬしらだってそうだろう?」


 そう言って皇帝陛下が近衛達に声をかけると、ワッと声があがった。


「本当に、私の部隊がすみません」


「いえ、お気になさらず」


苦笑するランスに対し、一応笑顔で返すと、皇帝陛下がニヤリと笑った。


「ふむ、話はまとまった様だな。ならば、儂について来い」


 バッと皇帝陛下がマントを翻すと、その場にいた全員が彼の後を追って移動を開始した。





 皇城の一角にある、近衛騎士団用の修練場……そこで俺と、近衛騎士団長 ランス・リッテルンは、皇帝陛下を始めとした皇族の方々や皆、そして近衛兵たちが見守る中、守護球を渡されると、装備の確認をしていた。


「ありがとうございます」


 久方ぶりに刀を帯びていない、身軽な体の調子を確認していた所、突然ランスにそう謝られた。


「いきなり感謝して、どうしたんですか?」


「……今回の模擬試合、元を正せば皇帝陛下が言い出した事では有るのですが、実は私も凄く楽しみにしていたので」


 そう言って、細身の長剣を軽く振ったランスの顔は、子供の如き好奇心に満ちていた。


「別に良いですよ、リーフィア――皇女殿下からこうなる事は聞いてましたし」


 腰の裏に有るナイフを二本引き抜き、深く腰を落とすと、大きく息を吐き出していく。


「そう言って頂けると、私としてもとてもありがたいです……」


 微笑みながら増大させて行くランスの剣圧に、産毛が逆立つのを感じつつ、試合開始の合図を待つ。


「両者、構えっ」


 野太い、修練場一帯に響く皇帝陛下の声と共に、改めてナイフを握りなおし、体でリズムをはかる。


 一帯が静寂に包まれ、空気がピンと張りつめると同時、声が発された。


「はじめいっ!」


 頭が耳に入った情報を理解するよりも早く踏み出すと、最速で彼我の距離を詰めに行く。


「しっ!」


 残像さえ捕らえるのが困難な速度で振るわれた上段切りを、なんとか両のナイフで受け流すと、体を捻って後ろ回し蹴りを放つ。


 みぞおちに入るはずだったソレは、掠る事も無くバックステップでいなされると……音さえも置き去りにする剣が、再度振るわれる。


 上段、下段、薙ぎ払い――いずれの剣も当たれば致命の一撃であり、重く鋭い攻撃であるにも関わらず、剣を振り終わった後にさえ隙が無く、全ての動きが次の一手へとつながっていく。


 傍から見れば舞の様にさえ見えるだろうその動きは、驚くほどに完成されており、剣士としての練度の高さ――格の違いを感じさせられる。


「はああっ」


 だが、その完成された動きをかき乱す様に縦横無尽に、型さえも無い動きで振り回し、剣戟を躱し、逸らし、攻撃を加えていく。


「……しっ」


「――っ、穿てっ」


 短い呼気と共に薙ぎ払われた剣を転がりながら躱すと、雷撃を纏ったナイフを瞬時に8本投げ放つ。


しかしそれらは直接狙ったものは勿論の事、時間差で放ったものや、反射を使ったものに至るまで、悉くを流麗な一撃で撃ち落としていく。


 まるで後ろにも目がついて居るかのようなその動きは、まるでこちらの動きが全て読めている様であり、対してあちらからの攻撃は先ほどから何度も掠めている。


だが、それでも何とか試合の体裁を保てているのは、ランスが俺の使うナイフや動きにまだ慣れていない事が大きい――であるならば、勝ち筋は短期決着以外にない。


 そう思い、全身の魔力量を高めていた所……ランスが楽し気に笑い、直後謝罪した。


「すみません、私の剣を正面から受け止めて下さる方が居て、楽しくなってしまって」


 そう弁解している間にも、流れる様な剣撃は途切れることが無い。


「それなら、少しは加減してほしいっ、すけどね!」


 叫ぶと同時、正面から一撃がかち合う……それを好機とみて、一時的に体内の魔力を増大させると大きく弾いて後ろに下がり、詠唱に入る。


「顕現しろ雷轟四閃、雷槍っ」


 瞬時に展開した雷撃が宙に浮かぶと、僅かに遅れてランスも詠唱を開始する。


「氷つけ氷乱四尖、氷槍っ」


 詠唱と同時薄水色の魔法陣が展開され、氷の槍が形成されていく――が、俺の方が速い。


「貫けっ」


 四方から射出された雷撃が咆哮を上げながらランスの下へ飛んでいくと、弾け……轟音と共に土煙が舞った。


「やった!」


 どこからか皆の歓声が聞こえた気がするが……手応えはない。


 もうもうと舞う土煙を前に俺は、左手を前に、右手を後ろに下げた構えを取って相手を待つ――と、空気を切り裂く音が耳朶を打った。


「穿て」


 先ほどまでとは違う、氷の如き声が響くと同時……俺の居場所目掛けて飛んでき氷槍を躱し、弾き、叩き落した時、眼前の煙の中で急速に魔力が膨れ上がるのを感じる。


「――氷狼装纏」


 声が響くと同時、甲高い、ミシミシと言う――氷が世界を浸食する音が聞こえた。


 急速に冷えて行く音頭を肌で感じながら、油断なく眼前に目を向けてみれば、そこには上半身に狼を模した氷の甲冑を着たランスが立って居る。


――アレと撃ち合ったら成すすべなく負ける


 本能的にそう悟ると、一か八かの賭けに出る事を決める。


「いきますよ」


 声と同時、氷によって何倍にも質量が増した剣が振るわれ――それを全力で躱すと、魔法陣を展開する。


「いくぞっ」


 声を発すると同時、全神経、全魔力を注ぎ込んた雷を巻き上げながら、踏み出した。


――雷迅一閃っ


 刹那、稲光と共に地面を駆け抜け、遅れて雷の咆哮ほうこう鼓膜こまくを震わせると、ランスを斬り裂いた……かに見えたが、切り裂いた筈のランスは氷の結晶となって散って行く。


「――氷面鏡ひもかがみ


 背後から声が聞こえ、苦し紛れにナイフを振るうがそれも躱されると――氷狼に成すすべなく噛み千切られた。


――――――――――――――――――――

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


実は本作、この20話を持って通算100話を達成しました。


本作品が色々ありながらもここまでこれたのは、読んで下さっている皆様のお陰です。


投稿するのが苦しく感じる事も少なくありませんでしたが、そんな中で私の支えになったのは、更新する度に頂ける応援と、暖かいコメントの数々です。


改めてありがとうございます。


また、最近投稿時間が不定期になったり、休んでしまったりしていて、本当に申し訳ありません。


何とか継続的に投稿するよう努力してまいりますので、今後とも本作品をよろしくお願いします。

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