第21話 宴

「勝負あり、か」


 そう皇帝陛下が言うと同時、一斉に近衛の騎士たちが湧いた。


 彼らは表向き何も言っていなかったが、それでも俺に副団長を倒されていた事を、悔しく思っていたのだろう。


「大丈夫ですか?」


 仰向けに倒れていた俺に対し、術式を解いたランス……さんが近寄って手を伸ばしてきたので、素直に称賛する。


「強いですね……」


 改めて、世界最上位層の強さを実感した。


 恐らくこのままでは10戦やって、10回勝てないだろう……そう思うほどに力の差を感じる。


「ありがとうございます。……ただ、貴方は本気では有りましたが、全力では無かったですね?」


 そう問いかけてくるランスさんの瞳は何処か残念そうで……しかし、俺に全力を出せというのは無理な相談だ。


 今の俺にとっての全力……それは、死ぬ前提で戦うのと同義なのだから。


「そう……かも知れません。ですが、私としては貴方と戦えて改めて自分の実力を知れてよかったです」


 自分の力不足を痛感しながら、立ち上がって改めて握手すると、周りの歓声が更に湧き上がった。





 その後俺達は、皇帝陛下に健闘を称えられると、改めて玉座の間へ移動してで正式な挨拶を行った。


「今日は夕方から歓迎の儀があるから、その準備が整うまで皆は客間でくつろいでおいて」


 玉座の間を出るときにリーフィアからそう告げられると、俺たちは女官の人達の案内で客間へ移動し、広い部屋の中で紅茶や菓子をつまみながら、くつろいでいた。


「さっきの試合、凄かったね。特にランスさんが最後に見せたアノ技、びっくりしちゃった」


 そうナナが言うと、アリアが興奮気味に頷く。


「本当にね! セン君が雷と一緒に走り抜けた時には、絶対勝ったって思ったもん」


「お前なぁ、少しは負けたコイツの気持ち考えてやれよ」


 そうジークに突っ込まれたナナとアリアが少し気まずそうな顔をしていたので、俺は気にしなくていいと手を振った。


「……弟君、大丈夫?」


 ミヨコ姉が心配げな目で俺の方を見て来たので、笑顔で頷き返す。


「うん、全然平気だよ。ダメージも全くない」


「――嘘、本当は悔しくてしょうがない癖に……そんなに私たちの前でまで、カッコつけなくていいよ」


 隣に座っていたユフィが立ち上がると、座ったままの俺の頭を優しく撫でて来たので、思わず苦笑してしまう。


――まぁ、確かに悔しくないわけじゃ無いんだけどさ


「ねぇセン、アンタさっきの試合本気だったの?」


 紅茶を飲んでいた手を止めて、シャーロットにそう聞かれて、俺は思わずソファに深くもたれかかりながら返答する。


「そりゃ本気も本気だよ、手抜いてるようにでも見えたか?」


 そう問いかけると、シャーロットは渋い顔になった後首を横に振ったが、納得していないようだった。


「そうじゃないけど、センなら何とかして勝つと思ってたから」


 真剣な瞳でそう言われ、俺はその信頼を嬉しく思った反面、同時にその期待へ応えられない事に歯がゆさを感じる。


「その気持ちはありがたいんだが……多分、シャーロットは俺の強さを勘違いしてる節がある」


「勘違い?」


「ああ、まぁこの際だから皆に言っとくが、素の状態の俺は多分皆が思ってるよりずっと大したことないぞ」


 そう前置きをしたうえで、俺は自身の能力について皆に説明した。


 俺はこの体の特殊性から、魔力量や魔力放出量は多いが、魔力を体内に打ち込み瞬間的な戦闘力向上をする各魔術系統の奥義が天使化の引き金になるため使用できない。


 それは熟達した魔術使同士が1対1の戦闘をする上で、大きすぎるデメリットだ。


 加えて純粋な武器による戦闘技能は、未だ世界最上位層と渡り合うには拙く……一時的に魔力量でごり押すことはできるが、直ぐに対処されてその有利も長くは続かないだろう。


 まぁ例え話で言えば、俺がなりふり構わず雷天を使えば、恐らくランスさんが氷の鎧を纏っていたとしても、互角以上の戦いは出来る。


 だが、アレのデメリットを考えればそのたとえ話にはまるで意味が無いだろう。


 ざっくりとその事を説明すると、シャーロットは一応納得した。


「だが、まさかお前がこのままずっとやられっ放しってわけでもねぇだろ?」


 ジークがまるで挑発する様に、一方でエールを送る様にそう言ってきたので、思わず俺は頬を吊り上げる。


「ああ、勿論だ。どれくらい先になるかは分からねぇが、いつか絶対負かせてやる」


 そう宣言すると皆が笑顔で、俺を見て来た。


――コンコンコン


 丁度良いタイミングで、部屋の扉がノックされる。


「入ってどうぞ」


 シャーロットがそう言うと、ゆっくり扉が開き一人の女官さんが一礼してくる。


「ご歓談中の所失礼します。宴の準備が整いましたので、私の後ろを付いてきてください」


 そう言われて俺達は席を立つと、彼女の後ろについて会場へと向かい……やがて、1枚の大きな扉と、その扉を守る様に立つ近衛兵が視界に現れた。


「こちらの扉を開けた先が、本日の会場となる場所にございます。……お開けしてもよろしいでしょうか?」


 そう確認を取られて、皆の顔を伺い……全員が頷いているのを確認した上で、俺も女官さんに頷いた。


 同時、重苦しい音と共に木の扉が開かれ――光と音の奔流に一瞬呆然とした。


 視線を上に向けてみれば2階分は優に有りそうな吹き抜けの天井に、数多吊るされたシャンデリア、そこから徐々に視線を下げると今も荘厳な音楽を鳴らす楽団に、色とりどりのドレスや礼服を身に着けた皇国の貴族たち。


 数百人にも及ぶ人の目が此方へ向けられるのを受けて、一瞬たじろきかけるが……そっとユフィが背中に触れて来て、背筋を正した。


「主賓が来たか」


 そう声が響くと同時、俺達に向いていた視線が一斉に声のした方――一段高くなった皇室用の席に座った皇帝陛下の方へと向いた。


「皆、今日は良く集まってくれた。此度の宴は我が娘――リーフィアの帰省とその友人たちが皇国へ参じたのを祝うためのものである」


 声が響くと同時、会場内で一斉に拍手が沸き起こり……しばらくの後、皇帝陛下が鎮まる様に手を動かした瞬間、ピタリと音が止まった。


「諸君らの中でも利に聡い者たちは既に彼らが何者であるのか、知っている者もいるだろう。その者たちは存分に彼らと交流を深めるがよい。逆に知らぬ者たちは、彼らに教えを請い、その知識と力の一端を感じると良いだろう」


 言葉と共に向けられた皇帝陛下の瞳は底知れず、しかしそれを俺は真っ向から見返すと、皇帝陛下が僅かに笑うのが見えた気がする。


「これ以上話すのも無粋だろう、皆杯をもて!」


 そう言われると同時、給仕の人たちが俺達へもソフトドリンクを配ってくれ――それを見届けた皇帝陛下が、高らかに音頭をとった。


「――乾杯!」

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