第21話 忍び寄る過去

 2人が10分経っても帰ってこない事を確認して直ぐに、腕時計型端末でミヨコ姉に連絡を試みるが返信は無い。ジェイの方も見てみるが、首を横に振った。


「……ジェイ、皆は任せた」


 そう言って俺が立ち上がると、シャーロットが周りの張りつめた雰囲気に耐えられなくなったのか、声をかけて来る。


「も、もしかしたら只遠くの売店行ってるだけかもしれないわよ?」


「それならミヨコ姉は間違いなく連絡して来る……少なくても今、連絡出来ない状況なのは間違いない」


 先ほどからする胸騒ぎを必死に抑えながらそう答えると、ナナがこっちを不安げな顔で見ていた。


 ――その顔は、まるで5年前のあの日に逆戻りしたようで……


「大丈夫だ、ナナ。何が有ってもミヨコ姉は俺が、絶対に守る」


「お兄ちゃん……ミヨコお姉ちゃんをお願い」


「任せろ」


 答えると同時、俺は全力で売店への道を駆け抜けると、あっという間に到着した。店内を探して見るが、ミヨコ姉の姿も、レインさんの姿も無い。魔力を追おうとするが、今は様々な人が行きかっているため、とても俺ではその残滓を追いきれない。


「ここに、青みがかった髪でこれ位の身長のウチの女生徒が来ませんでしたか?」


 レジ打ちしていた男性店員にそう問いかけると、すぐに答えが返って来た。


「あー、多分その子ならほんの数分前にお茶を買ってったよ」


「どっち行きましたっ!?」


「うえっ、えっと、確かアッチかな」


 そう言って店員が指さしたのは、俺が来た道だった。


「ありがとうございます!」


 そう言って直ぐに売店を出ると、今度は何か手掛かりが落ちていないか確認していく。だが、あたりに有るのは広い歩道と両脇に生い茂った木々……の中に、赤い点が見えた。


「これは血……しかも最近落ちたものだ」


 血痕を追って木々をかき分けて奥へと入って行くと、ソコには血を流して倒れているレインさんがいた。


「息は……有るな」


 傷もソコまで深くは無さそうだが、どうやら気絶させられたらしい……そして傍らを見てみれば、ミヨコ姉の物と思われる腕時計型端末。


「ゴメン、レインさん」


 俺は謝りながら、レインさんに電流を流した。


「かはっ」


 電流が流れると同時、レインさんは目を見開き……半眼で俺を見てきた。


「何が有ったんですか?」


「……白い、スーツの男、と、仮面の女が……」


 そう言いながら、一点を指さした。


「アッチに連れて行かれたんですね?」


 そう問いかけると、レインさんは頷いた。それを見てユフィに救援のメッセージを送った。


「じきに迎えが来ると思います、申し訳ありませんが俺は……ミヨコ姉を取り戻してきます」


 レインさんがコクンと頷き返してくるのを見ると、俺は全速力で指し示された方に向けて走りながら、自分の中の黒い感情がのたうち回るのを感じた。





「見つけた……」


 10分ほど走った頃だろうか、白いスーツの男と、ミヨコ姉を肩に担いだ小柄の仮面女を視界に収め――同時に俺はナイフを放っていた。


「……」


 仮面女が振り返ると同時、持っていた手槍でナイフがはじき返された。だが、それを確認するよりも早く、2投、3投目が接近する。


「危ないですねぇ」


 スーツ男が口を開くと同時、見えない壁に阻まれるようにナイフが落下した。


――魔法?いや、あれは……


 陽光に照らされて何かが迫って来るのを感じると同時、俺はその場にしゃがんだ。


「ほぅ、初撃を躱されるのなんて、いつぶりでしょうか」


 そう言って男は両手を――否、手の中のワイヤーを広げる。


「テメェら、ミヨコ姉を何処へ連れて行く気だっ」


「ミヨコ?あぁ、345号の事ですか。連れて行くとは失敬な、は元々我々の物ですよ」


 その言葉に体の中のどす黒い感情が膨らむと同時に、こいつ等が何者なのかを察した。


使の連中か……」


「はははっ、随分と懐かしい名前を聞きましたね。まぁその認識で間違って無いですよ、そして貴方もまたその実験体だ……何で欠陥品がまだ生きてるんです? 英雄なんかにまでなって」


 声と同時に放たれた極細の斬撃を後ろに飛んで躱すが、ワイヤーによる斬撃は獲物を見定めた蛇の様にしつこく、間断なく飛んでくる……その数合計10本。


「3087号、コレは私が相手しておきますから、貴方は0345号を連れて先に行きなさい」


「ラジャー」


「行かせるかよっ……」


 魔力と脚力を解き放ち、上空へと逃れると魔法陣を展開する。


「顕現しろ雷轟四閃っ、雷槍」


「わが身を守れ、風壁三重」


 轟音を立てて飛んでいく雷槍4本は、1枚目の壁を破り、2枚目を破り……3枚目にヒビを入れた所で霧散した。


「残念でしたね、私の壁の方が――」


「――死ね」


 雷槍を囮に使い、男の首を背後から掻っ切ろうとした所で――横から伸びてきた槍に邪魔された。


「ふう、危ない危ない。欠陥品とは言え、流石は曲がりなりにも英雄と言った所ですか」


 そんな男の声が聞こえてくる間にも、あらゆる角度から槍が迫りくる。


 この槍の動き方、そして仮面の下から覗き見える顔はまるで……。


「あぁ、気づきました?そう、ソレは君のですよ……」


「っ、糞野郎が」


 俺は奴らがやっている事に思い至り、必死に吐き気を堪えて叫んだ。


「あはは、その顔は素晴らしいですね……っと、そんな事を話して居たら、どうやらこちらの増援が来たようですね」


 声と同時、上空から4人の仮面をつけた女が、俺を取り囲むように降って来ると、巨大な宝玉が付けられた武器を構えた。


「さて、これで完全に形成は貴方の不利ですが……大人しく我々についてくる気は有りますか?」


「はっ、笑えない冗談だな」


 そう答えると同時、四方から突き立てられた剣を躱す――。


「がっ」


 しかし、躱した先に置かれていた槍が脇腹に突き刺さる。


「ほらほら、次々行きますよ」


 剣が、槍が、ワイヤーが飛び交う中、活路を見出そうとするが、身動きする事さえもままならないまま、皮膚が、肉が、骨が削られていく。


 合間を縫って魔法を放つが、それも全て男によってかき消される。


――何よりも、彼女たちの仮面の下から垣間見える顔が、どうしても技の冴えを鈍らせる


――いつも見ているあの子の顔が、どうしてもダブって見えてしまう


「はぁ……もういい加減飽きました、さようなら」


 そんな声と共に、何れが当たっても必殺の剣が四方から振るわれ……同時に、掠れる様な声が耳に入って来た。


「おと……とくん」


 それを聞いて――俺は、昔を思い出した。


――あの、捕らえられていたミヨコ姉を


――あの時の、身を焦がす激情を


「おおおおおおおおおおおあああああああっ」


 向かってきた3本の剣を躱し、槍の一撃を躱した所で、不可避の速度で放たれた剣を腕の骨で受けて弾き飛ばすと、ミヨコ姉の下へと駆け寄った。


「そんな事をして、一体どうすると言うんです?」


 俺は、あの時から変わらず弱いままかもしれない……だが、変わった事も有る。


「……おとうとくん、逃げてっ」


 ミヨコ姉の悲鳴と、ワイヤーが迫る風切り音が重なり、俺の首元を刈る――前に、横から伸びた剣によって弾き落された。


「オイ、無事かバカ」


――何時もの憎まれ口が、すぐ傍から聞こえた。


「……これが無事に見えるなら、テメェの眼は節穴だなバカ」


 今もだくだくと血が絶え間なく流れる右腕をジークに向かって掲げると、思わず苦笑いする。


「たかが学生1人が来たところで、何ができると言うんです?」


「学生だけじゃねぇぞっ」


 スーツ男があざ笑うのと、奴の右腕が宙に飛ぶのは同時だった。


「ちっ、やりそこなった」


 刀に付着した血液を飛ばしながら、ジェイが苦々しそうに唾を吐き捨てる。


「よくもウチの弟分と同僚を痛めつけてくれたな」


 ジェイに続いて、騎士団の皆が駆けつけてくるのも見えた。


 それを察知したのか、スーツ男が舌打ちする。


「……忌々しいですが、このままでは不利ですか。今回は逃げさせていただきます」


 男は自身の腕をワイヤーで止血すると逃走を図り、それを見ていた仮面の少女たちも、武器を地面へと突き刺して男の後を追う。


「逃がすかよっ」


 ジェイが彼らを追おうとするが、俺は奴らの狙いを即座に理解して、叫んだ。


「皆、ふせろっ」


 そう叫ぶと共に、耳をつんざくような高音が聞こえて来る――音の発生源は、仮面女達が捨てていった武器だ。


「何をっ……」


 そう言いながらジェイ達が地面に伏せた時、体を浮き上がらせるような爆発が巻き起こった。

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