第15話 シスターズ・シスターズ

 風呂から上がり、一度自室に戻ってプレゼントを持ってロビーへと向かうと、ミヨコ姉とナナが丁度ソファに座って談笑しているのが見えた。


「あっ、お兄ちゃん、こんにちは!」


「こんにちは、弟君」


「こんにちは、ナナ、ミヨコ姉」


 2人に挨拶を返すと、後ろ手に持って居た少し濡れた紙袋を2人へ差し出す。


「えっと、これを私たちに?」


「クッキー?」


「クッキーでは無いんだけど……まぁ、見てくれれば分かる」


 そう言って開封を促すと、ミヨコ姉は丁寧に、ナナはバリバリと包装を剥がした。


「わぁっ、これってネックレス?」


「ナナのは腕輪っ!」


 室内の光に照らしながら、ためつすがめつ見る2人の頬は、心なしか緩んでいる様に見えて安心する。


「給料が初めて出たからさ、2人には何か残る物を買ってあげたくて」


 頭を掻きながらそう言うと、しゃくり上げる音が聞こえて慌てて音の方――ミヨコ姉の方を見る。


「……ごめんなさい、プレゼントなんて買って貰うの初めてで、嬉しい筈なのに……」

 

 そう言って口に手を当てて嗚咽を抑えるミヨコ姉を見て、俺は胸を締め付けられる様な思いがする。


 俺達は――ミヨコ姉とナナは、本来であれば当たり前に貰えただろう愛情を、人々から与えられずに来た。


 それを見て心底悔しくなると同時に、今後は俺がもっとミヨコ姉達を幸せにしたいと改めて強く思う。


「お姉ちゃん、泣かないで」


 立ち上がったナナがミヨコ姉の頭を撫でて慰め、撫でられたミヨコ姉は一瞬驚いた顔をした後、穏やかな顔でナナの頭を撫で返していた。


「おい、坊主。姉ちゃん泣かせたらダメだろ?」


 2人の微笑ましいやり取りを見ていると、階段を下りて来た無粋な声が――ジェイが茶々を入れて来る。


「いえっ、その……プレゼントを貰って感極まってしまって」


 そんな風に言いながら恥ずかしそうに俯くミヨコ姉を見て、ジェイは肩を竦める。


「そうかい、なら邪魔したな。俺は先、食堂行ってるわ」


 そう言って俺にウインクを送りながら、去っていくジェイを手で追い払うと、改めて二人に向き直る。


「えっと、2人とも喜んでくれたってことで大丈夫かな?」


 そう言うと、2人は笑顔でうなずいてくれる。だがそこで、ミヨコ姉が1つ疑問を口にする。


「でも弟君、良くこんなの選べたね?」


 ――ギクッ、と心臓の音が跳ねた


「あー、いやまぁ……部隊の姐さん方にアドバイス貰ってたから」


 目を泳がせながらそう言うと、ミヨコ姉が目を細めた。


「怪しい……ナナちゃん、弟君をくすぐっちゃって!」


「ラジャー!」


「えっ、ちょっ……あはははは」


 手をワキワキさせたナナが近寄ってきて、それを見て離れようとしたが……即座に捕まりくすぐられる。


「わかった、わかった!話すから」


 そう言って俺は、ユフィと出会った事を話した。ただ、襲撃されたことは除いて。


「ふーん、弟君は女の子とぶつかったら、そのまま一緒にデートしちゃう様な子だったんだね」


「だったんだね、お兄ちゃん」


 ジト目で2人から睨まれ、俺は冷や汗をかく。


 ……ユフィに髪飾りプレゼントした事言わなくて良かった……そう思っていると、ミヨコ姉がくすくす笑い出す。


「ふふ、ごめん。冗談だよ、お陰で素敵な贈り物貰えたしね」


 そう言ってミヨコ姉は早速身に着けてくれたネックレスを、愛おし気に触れているのを見て、俺はやっぱり贈り物をして良かったと感じた。





 昼食を食べ終わった後、俺は団長がいる執務室へと向かっていた。


 話すことはユフィの事……もあるが、重要なのは襲撃してきた眼鏡の男についてだ。


――コン、コン、コン


「誰だー?」


 ノックをすると、中から団長の間延びした声が聞こえて来る。


「センです、ちょっとお話したいことがありまして」


「あー、了解。入っていいぞ」


 そう言われて扉を開けてみれば、山積みになった紙に埋もれて、事務机に突っ伏す団長と、その傍らに立つべノン姐さんが居た。


「……えっと、大丈夫ですか?」


「ああ大丈夫だ、コレはただダラけてるだけだ」


 そう言われるが、団長の眼にはまるで生気が感じられない。


「んで、何の用だ?」


 問いかけられて、俺は一度深呼吸した後、ある男の名を口にした。


「グェス・ワーグナーと言う男をご存じですか?」


 そう言った瞬間、団長は背筋を伸ばし、べノン姐さんが鋭い瞳でこちらを見て来た。


「何処でその名前を知った?」


 団長の問いに、俺は少し嘘を混ぜて回答する。


「午前中街を歩いていた所、彼と彼の仲間と思われる人間に襲撃されました」


 俺が答えるのと同時、2人はため息を吐きながら頭を抱える。


「マジか……まさかそこまで手が早いとは。坊主は……よく無事だったな?」


「協力者が居ましたので」


 団長の問いにそう答えると、団長とべノン姐さんは怪訝な顔をする。


「協力者って誰だ?」


「聖堂協会のシスターでユフィと名乗ってました、会ったのは完全に偶然です。ただ、俺を助けてくれた恩人です」


「グェスに聖堂教会……セン、お前中々面倒ごとを背負いこむな」


 俺の言葉を聞いたべノン姐さんが、ため息交じりにそう言う。


「すいません……それで何ですが、ミヨコ姉とナナに護衛を付けては頂けないでしょうか? 正直、俺ではアノ男から二人を守る事は難しいので」


 歯噛みしながらも、頭を下げる。俺にはまだ力が足りないからこそ、2人を守る為には助けてもらうしかない。


「成程な……それで、お前はどうするつもりだ?」


「俺は……」


 そこで口をつぐむ……ユフィを助けに行きたい気持ちはあるが、日頃の訓練だってある。


 ミヨコ姉やナナにも危険が及ぶかもしれない状況で、ユフィだけの為に何時また来るともしれない護衛をするのは無理だ。


 ……だが、それでも。


「俺は、ユフィも守ってやりたいです」


 そう言うと団長とべノン姐さんは黙り込む。まぁ、それはそうだよな。無茶苦茶言ってるのは分かってる。それでも……。


「よし分かった。坊主、聖堂教会の場所は知ってるか?」


「……いいえ」


 団長の質問の意図が分からなかったが正直に応えると、団長は紙を取り出して何やら地図を描いていく。


「此処に聖堂教会があるから、そこのシスターから護衛の依頼を取り付けて来い」


 そう言われて、俺とべノン姐さんは目を見開く。だが、確かにそれなら……。


「まったくお前は……無茶苦茶な事を考えるな?」


「そうか?名案だと思うが」


 団長とべノン姐さんが言い合いをしている中、俺は書かれた地図を確認し、深く二人に頭を下げた。


「ありがとうございます、何としてでも依頼取り付けてきます」


 そう言うと団長が、ヒラヒラと手を振った。


「まっ、頑張れな」



 日が段々と傾いて来た頃、記載された地図を頼りに、大通りを抜けて橋を渡り、丘を越えて行くと――木々に囲まれた中にその建物は会った。


 元は白かっただろう外壁は古びて外壁が所々剥がれており、塔の上に置かれた鐘は遠目からで分かるほど錆が浮いていた。


 そんな古びた教会を見上げながら近寄ってみると、大声で怒鳴り散らしている男の声が聞こえて来た。


「だぁかぁら、こんな古臭い教会なんて捨てて、土地を売っ払っちまった方が良いって言ってんだろうが。どうせアンタ、もうここのシスター辞めんだろ?」


 声の方を覗き見れば、恐喝するガラの悪そうな男と、杖を突いた一人の修道服姿の老婆が見えた。


「ですから、この土地は売りませんと再三言ってるじゃありませんか。この教会はうちの子……ユフィに将来継がせると決めているのですから」


「はっ、アノ盲目の気色悪いチビかよ。あんなのが居るから、この教会にも信徒一人来ねえんじゃねぇか?」


「っ、なんて事をっ」


 シスターが男に掴みかかりに行くが、足が悪いのかこけてしまう。


「おいおい、危ねぇだろうが。俺はグランドリー家の使いだぜ?怪我なんてしたらこの土地貰うだけじゃ済まねぇからな?」


 そう言って男は地面に唾を吐き捨てると、背を向けた。


 ……糞っ。


「まぁ今日の所はもう良いわ、明日また来るから色よい返事待ってるぜ」


 高笑いを上げながら去っていく男の背中を、斬りつけてやりたい衝動を必死に抑え、シスターの下へ駆け寄る。


「大丈夫ですか?」


 そう言いながら体を支えて立たせてあげると、シスターは頭を下げて来る。


「みっともない所をお見せして、すいません……」


「いえ、こちらこそ助けられなくてすいません」


 まだ右も左も分かっていないあの状況で、男に攻撃などをした場合、その迷惑は間違いなく俺の所属している天空騎士団全体に及ぶ……しかも相手は偶然にもグランドリー家――グェスが在籍している家だ、迂闊な事は出来なかった。


「いいえ、良いのですよ。それよりも貴方は、何の用でこの様な辺鄙な所に来られたので?」


 そうシスターが俺に問いかけた時、古びた教会の木製の扉が勢いよく開き、一人の少女が顔を出して声を上げた。


「お婆様っ、大丈夫でしたか……って、貴方は」


 ――協会から顔を出した少女は、ユフィだった。


――――――――――――――――――――


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