第21話 見上げた夜空

 睨みつけて来るグェスに対し、答える代わりにナイフを投げつけると、グェスが魔法陣を展開する。


「っ我が身を守る殻を成せ、風殻ウィンドシェル


 視覚外からの攻撃だと認識したのか、グェスが起動キーを告げる共に体の360度、全方位に風の殻が展開され、それに直撃したナイフが弾かれると――地面に接する寸前で反射する。


「なっ」


 その様子を俺同様に見ていたグェスが声を上げた――そう、俺が投げていたナイフは地面を跳躍して奴の体に刺さっていたのである。現在も反射したナイフが風の殻に当たり、それが弾かれると再度壁にぶつかる……。


 何度も、何度も、何度も繰り返すそれを見ながら、俺は次々と雷撃を装填したナイフを追加していく。


「何故、こんな事が……」


 反射し続けるナイフにグェスが呆然とするが、当然タネは有る。


 ――事前に放った雷槍により磁界と化した部屋と、雷撃が付与されたことにより磁力を帯びたナイフが接触した結果、一時的に反発し合う現象が発生し……部屋の壁と奴の殻の間をナイフが高速で飛び交う、刃の結界が完成した。


「さて、お前の殻は後どれだけ持つかな……10秒?20秒?30秒?その位なら、部屋の磁界化も維持し続けられるぜ?」


――ガガガガガガガッ


 と凄まじい音を響かせるナイフに動揺したグェスが、殻の中から俺へと手を伸ばしてくる。


「ま、待て、ちょっと話そうじゃ有りませんか?」


――ミシリ、と殻にひびが入る音がする


「私は別に望んでやったわけじゃない、私の部下と、ポーリーが指示した事なんだ」


――最初は小さかったひびが、次第に殻全体に広がっていく


「だからっ、コレをっ、コレを止めてくれっ!」



「嫌だね」



――バキンっと固い物が割れる音がする 


「くそがあああああああああああああ」


 奴の慟哭と、殻が割れる甲高い音、そして水を抉る様なくぐもった音が断続的に聞こえ……音が収まった時には、剣山の様にナイフが突き立った、動かないナニカが存在していた。


――ヒュー、ヒュー


 そんな空気が抜ける様な音と、肉の焼ける異臭が充満する室内で、自分が落ちてきた穴を見上げると、夜空に輝く星々がやけに美しく見えた。


 余りにそれが羨ましくて思わず手を伸ばすと、自身の腕が血に塗れて居る事に気づき、その手を引っ込めた。


 ……何故か俺の手が、空に輝く星々まで汚してしまいそうに思えて。……だがそんな中にあって、銀色の一筋の光が視界に入って来た。


「あら、アナタも生きてましたか?」


 少し気の抜けた声で地上から顔を覗かせたのは他でもない、ユフィだ。


「ほら、アナタもそんな所に居ないで上がって来てください」


 そう言ってユフィが真っ白い手を伸ばしてくるが、思わずその手を取る事を躊躇する。


「何やってるんですか?アナタは」


 そう言って問答無用でユフィが俺の腕を掴むと、地上に引っ張られた。そして……不思議そうな顔で首を傾げるユフィを見た時、俺は思わず正面から見てられなくて、目を反らした。


「……グェスは?」


「まだ生きては居るが……このままならじきに死ぬだろうな」


 そう言うと、ユフィは地下に降りていき、グェスの容態を確認し始める。……俺はソレを直視できないままに、問いかけた。


「……どうだ?」


「幸い……と言っていいのかですが、突き刺さったナイフの傷跡が焼け付いているせいで、殆ど失血は有りませんね。ショックから気絶はしてますし、見た目は酷いですが、暫くは命に別状がないでしょう」


 そう言うとユフィが魔法でチェーンを作り出し、グェスの全身に巻き付けていくのを見ながら、俺は内心――ホッとしていた。

 

「そう言えば、ポーリーはどうしたんだ?」


「アレなら気絶させて、木に括り付けておきましたよ」


 あっけらかんとそう言うユフィに、思わず笑ってしまうと、ユフィの眉間にややしわが寄る。


「何を笑ってるんですか?」


「いや、ユフィの綺麗な肌に傷が付かなくて良かったってな」


 そう言うとユフィはそっぽを向いた……が、後ろからでもその耳が赤いのが見て取れる。


「アナタも……無事で良かったですね?」


「ああ、ありがとう」


 俺は、万感の意を込めてユフィにそう言うと、ユフィは照れ臭そうにしながら寮への道を歩き出し、俺もそれ追いかける。


 道中特に会話を交わすことも無いまま歩き、寮の前まで来ると、不安げな顔をしたミヨコ姉とナナ、そして頬を掻きながら頭を下げたべノン姐さんが見えた……あー、アノ人説得に失敗した奴だ。


「弟君っ」


「お兄ちゃんっ」


 二人が泣きそうな顔で俺へと抱き着いて来たので、それを黙って抱きしめる。


「弟君が、居なくなっちゃうかもって心配だった……」


「お兄ちゃんのバカッ、何でナナ達を置いて行くの?」


 抱きとめた二人の熱が、涙が伝わってきて、俺も思わず滲んだ視界の中夜空を見上げる。


「感動の再開の最中悪いが、事の顛末はどうなった?やったのか?」


 鋭い声でべノン姐さんが問いかけてきて、俺は頷いた。


「ユフィ達の教会で何かを探している所に遭遇したので、ポーリーとグェスの2人を捕えて教会に転がしてます……ただ、グェスは重傷です」


 俺の回答を聞いたべノン姐さんは、即座に周辺で警護に当たっていた隊員に指示を出し、医療従事者2名を加えた即席の部隊を、教会へと向かわせた。


「センは上出来だ、お嬢ちゃんもありがとうな」


 やや手持無沙汰にしていたユフィが、べノン姐さんにそう言われ、首を横に振る。


「基本的にはソコのシスコンが活躍しましたので」


 そうユフィが言うと、べノン姐さんが爆笑した。……いやいや、シスコンでは無いですよ?そう思いながらも、未だ泣いてるミヨコ姉とナナの頭を撫でる。


「まぁ、お前ら子供組がこれだけやったんだ……後は大人組がケツ持つから、安心して寝ろ」


 普段にない程優しい声でべノン姐さんに言われ、自身の体が異様に怠いことに気づいた。


「ありがとうございます、お休みなさい」


 べノン姉に軽く頭を下げて立ち去ろうとした所で、ついでにと声をかけられる。


「ジェイの奴、峠を越えたってさ……明日の朝にでも会いに行ってやれ」


 そう言われて、心の底から安心感が広がっていく。あぁ、本当に良かった……と感じていた所で、ミヨコ姉に右の頬を引っ張られる。


「弟君?今回の事をお姉ちゃんに相談しなかった件、私凄く怒ってますからね?」


 悲しげな顔で、しかし確固たる意志を持った瞳でそう言われて、思わず後ずさろうとすると、今度は左の頬をナナに引っ張られる。


「ナナも、すっごい怒ってるからね?お兄ちゃんは、ナナ達の苦労を知るべきだよ」


 そう言われ、思わず顔を引きつらせながらユフィの方を見ると、呆れたため息だけ残して、先に寮の中へと歩いて行った。……ちょっと、仮にも一緒に戦った仲なのに、薄情すぎない!?





 翌日俺はミヨコ姉、ナナ、ユフィ、シスターと連れ立ってジェイの病室へ来ていた。なお、その様子を見たルーランさんには、くれぐれも騒がない様にねと注意された。


「よっ、ジェイ。盛大にやられたな?」


 そう声をかけるとユフィが「ちょっと!」と声をかけて来るが、ミヨコ姉とナナに止められている。シスターは黙って見ていてくれた。


「言うじゃねぇか坊主……お前は、グェスの奴とやり有ったらしいな?」


 最初苦笑いしたジェイが、やや真剣にそう問いかけて来る。


「まぁ……な」


 そう言うと、思いっきりケツを叩かれた。――ってえな!


「良くやったじゃねぇか、まさかお前がアレに勝てるとは思わなかった。まぁ、俺様が1対1なら瞬殺出来たけどな」


 そう言ってガハハと笑うジェイに苦笑しながら、「良く言うぜ」と言ってやると、ひとしきり笑ったジェイが、これまでになく真剣な声を出した。


「ただ一つだけはっきりしておく。お前の成長をこうやって見れるのは嬉しい……だが、俺は別に仇を取ってほしいとは思ってねぇよ。お前が俺を慕ってくれんのはまぁ、悪くねぇが、他人を理由にした殺しは碌なもんじゃねぇ、経験者の俺からのアドバイスだ」


 そう言われて、俺は思わず目を背けそうに成るのを必死に堪え、正面からジェイの瞳を見返す。


「何が有ってもヤルなとは言わねぇ、ヤらなきゃヤられる時が有るからだ……ただ、それも飽くまで自分の意思でヤレ。それが俺の教訓だ」


 そう言って俺の髪の毛を引っ掻き回されて初めて、ジェイの手が俺よりも遥かに大きく、傷だらけだという事を知った。

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