第20話 戦う理由

「私とアナタが戦った……眼鏡男よ」


 そう言われた瞬間、胸の中に抱えていた炎が一気に燃え上がり、怒りと言う感情に集約されていく。


「そうか……ユフィ、奴らが何処にいるか分かるか?」


 そう聞くと、ユフィが涙を拭うと立ち上がった。


「私も……行きます」


「ユフィ!?」


 突然のユフィの言葉にシスターが驚き止めようとするが、ユフィはシスターに深く頭を下げた。


「すいません、おばあ様。私は……どうしてもあの人たちを許せそうにも有りません」


 薄水色の瞳を開いて宣言したユフィに、シスターは悲しそうに笑いかけた。


「どうしても、行くのかい?」


「はい、悪を成す人を私はどうしても許すことが出来ません。だから、私は私の信じる正義を成しに行きます」


 強く杖を握りながらそう言った彼女を見て、俺も自身に問いかける。俺は一体何のために、誰のために奴らと対峙するのかを。


――兄貴分として俺の面倒を甲斐甲斐しく見てくれた人の仇を取るためか?


――愛おしい人たちの大切な居場所を、奪った奴らを倒しに行くためか?


――自分の激情のままに人を殺しに行くためか?


「いいや、違うな」


 自分で考えながら笑ってしまう。そんな事の為に、ここに来たんじゃないだろう?


「俺が戦うのは――」



――よりよい幸せを掴むためだ!





 部屋を出ると、団員たちが慌ただしく動いているが、その中に団長の姿はない。団員の一人に問いかけてみれば、団長と一部の幹部たちは王都へ向かい、グランドリー家への抗議に向かったという。


 もし団長にグェスと対峙すると言ったら止められるだろうと考えていた俺は、好都合とばかりに寮を出ようとして――背後から声をかけられる。


「よう、セン」


 先ほどまで忙しなく支持を出していたべノン姐さんが、ソコにはいた。


「俺達は今微妙な状況に有る。もし今回の件がグランドリー家の総意だった場合、戦争もあり得る話だ……今は一人でも人手が欲しい状況だ」


 そうべノン姐さんは苦々しげに言うのを見て、周囲を確認すれば、既に何人かの団員たちが就寝中の団員を起こして回っていた。


「だからよ……さっさと首謀者を引っ掴んで来い、そいつ等を知ってるのはお前らしか居ないんだからよ」


 ニカっと笑いながら、べノン姐さんが俺の肩を小突く。


「そこの嬢ちゃんも、コイツのサポート頼んだ」


「わかりました」


 ユフィが頷くのを確認すると、べノン姐さんは最後にと前置きを置いて、聞いて来た。


「ミヨコたちには……」


「知らせないで下さい、心配させたくないんで」


 苦笑いしながら俺が言うと、副団長が敬礼してきたので、敬礼を返すと寮を急ぎ出た。


「グェスの場所は分かるか?」


「ええ、ずっと追っているので……ただ」


「ただ?」


 ユフィが少し言い淀んだのに対し、思わず問い返す。


「一度天空騎士団の敷地内に入ったかと思ったら、もう一人の人物と常に一緒に移動しているみたいですね」


「……ポーリーか、ここからはどの位の距離にいる?」


「大体……3キロ程でしょうか……おそらく相手は馬に乗ってます」


 それを聞いて思わず舌打ちをしたくなるが、魔力で肉体強化すれば、追いつけるスピードだ。


「悪いが、また抱えるぞ」


 そう前置きだけすると俺はユフィを抱え上げて、同時全力で足に魔力強化を施して走り出す。


「――すごい」


 普段の10倍以上のスピードで街までたどり着くと、一度跳躍して屋上へと登り――そこからは障害物の無い屋上の上を走っていく。


「そのまま前進して……教会が有った方向へと向かって何かを探している様子です」


「何か、だと?」


 とすると、連中が強引に教会に火をかけたのは何かを探っていたからか?そんな疑問が過るが、その思考も保留にして最速で駆け抜けると、男たちの声が聞こえて来て、ユフィを地面に下ろす。


「クソッ、無いじゃないか。本当にここで有ってるのか?」


 そう言って瓦礫の山となった教会を足蹴にしながら叫んでいるのは、見まごうことも無くポーリーだった。


「坊ちゃん、お客さんが来ましたよ」


 そう言ってもう一人の男――グェスが俺の方に気づく。そして眼鏡の蔓に指を当てると、嘲笑した。


「誰か追手が来るだろうことは想定してましたが、貴方達ですか。どうしたんですか?我々は忙しいので逃げるなら追いませんよ?……あっ、もしかして思い出の品でも探しに来ましたか?」


 そう言いながらグェスが、足元に転がってたコップを蹴り砕く。


「てめぇ……」


 思わず即座にナイフを抜こうとしたが、ユフィに止められる。


「一つだけ尋ねます。貴方達は、何故この様な事をしたのですか?」


 そう尋ねるユフィの声は今までの何れよりも冷たく、平たんだった。


「何でお前らごときに教えなきゃいけないんだよ……って、ソコの子ちょっと可愛いじゃん。なぁグェス、連れて帰ろうよ」


 ポーリーが途中で割って入り、同時に月明かりに照らされたユフィを見て歓喜している。


「そうですね……ソレも有りかも知れませんね」


 そう言って剣を抜いたグェスを見て、俺はナイフ二本を抜くと逆手に構える。


「私があの小さい方は押さえます、眼鏡男の方は……」


「分かってる、任せろ。負けるなよ?」


「誰に物を言っているのですか?」


 瞳を開き、棒を構えたユフィが気負いなくポーリーに近づいていく様子を見て思わず苦笑すると、改めてグェスと対峙する。


「あなた一人で、私に敵うとでも?」


 そうグェスが鼻で笑ってくるが、俺は己の殺意と改めて向かい合って言う。


「加減は出来ない……だから、恨むなら自分を恨めよ」


 声と同時に、地を這うような姿勢から足元を斬りつけに行く。


「汚い技ですねっ」


 突っ込む俺の頭を狙った上段からの斬下ろしを、横にスライドして躱すと、斜めった足元の瓦礫を蹴りつけて今度は体全体の勢いを乗せて、斬り上げる。


「っつ」


――ギンッ


 俺の双刃と奴の剣がぶつかり、火花が爆ぜる。


 鍔迫り合いの様になった状態で、上から押し込もうとしてくるグェスに対し、俺は横をすり抜けると背中を斬りつけるが、突き出された固い籠手に阻まれると、返す刃で繰り出された奴の剣が脇腹を掠める。


「まるで騎士と言うよりは、纏わりつく蠅のようだっ」


 舌打ちしながら叫ぶグェスに対し俺は、構わず近距離での攻防を続けるが、次第に奴の刃が俺に届く回数が増えて来る。


「全くチマチマと……、段々面倒になってきましたね」


 そう言ってグェスが2歩、3歩と後ろへ下がり距離を取りながら、大上段に剣を構える。


「ウチの部下たちを倒した騎士……誰でしたっけ?まぁその人とと同じように切り捨てて上げますよ――剛空一閃」


 言葉と共に繰り出された斬撃が、その軌跡のままに飛んでくるのを両のナイフで受け止めるが――受け止めきれずに俺は吹き飛ばされた後、床へと背中を打ち付け……床を突き破って地下に落ちた。


 同時に、口から大量の血がこぼれる。


「へぇ、地下にこんな部屋が有ったんですね?」


 そう言って地下の部屋――石室に降りて来たグェスが、辺りを見回すのを見て、柄から先が折れたナイフを捨てると、新しいナイフを手に取る。


「まだヤル気ですか……私が本気を出せばアナタなんて瞬殺ですよ」


 そう言って再び大上段に構えるグェスを見て、俺は思わず口角が上がる。


「恐怖で気でも触れましたか?」


「いんや、あまりにこの部屋がおあつらえ向きなんでな、思ったより早くに決着がつきそうだな……」


「戯言を」


 鼻で笑ってくるグェスに対し、血で汚れた口元を拭うと魔法陣を展開する。


「顕現しろ雷轟四閃っ、雷槍」


 紡ぐと同時に、轟音を響かせながら顕現する雷槍4本。


「そんなもの、私には当たりませんよ?」


「さて、どうだろうな」


 そう言いながら俺は奴目掛けて4本を同時に発射する――が、いずれも避けられる。


「だから言ったでしょう?では今度こそ死んでもらいます」


「……そいつはどうかな?」


 再度大上段に構えたグェスを見て、俺は2本のナイフに雷撃を充填すると、投げつける。


「無駄だと言って――」


 そう言って雷槍同様に2本のナイフを躱そうとするが、次の瞬間奴の背中にナイフが刺さっていた。


「っぐ、なんだと?」


 咄嗟にグェスが背後を確認するが、ソコには何もない。居るのは俺達二人だけだ。


「次、行くぜ」


 そう言うと俺は、服に仕込んでいた細いナイフを取り出すと先ほど同様雷撃を充填し、投げつける。


「――っつ」

 

 先ほどと違い大きく距離を取ってグェスが躱すが……無駄だ。


「ぐっ、貴様……何をしたっ」


 怒鳴り散らすグェスに、俺は口角を吊り上げた。

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