第19話 焔

 グランドリー家の人間を一時的には追い払う事には成功したが、連中がまたいつ来るかも分からないと、ジェイが今日一日は教会に泊まると言い出した。


「ジェイ、一人で大丈夫かよ?」


 俺がそう尋ねると、ジェイはいつものように笑う。


「2人も3人も泊まり込むと先方にも迷惑がかかるだろ?それに俺は強いからな」


 そう言って腰の剣を叩くジェイに黙って拳を突き出すと、子気味良く拳を突き合わせてくるのを確認して、俺達3人は教会を後にした。


「成程な。グランドリー家の奴ら、そこまで露骨にやっているのか……」


 天空騎士団の拠点まで戻って来た俺達は、直ぐに団長の下へ行き、事の顛末を説明する。


「だから言っただろうが、先代からの繋がりだか何だか知らねぇが、さっさとグランドリー家とは縁を切って敵対するべきだって」


 べノン姐さんが団長へ食って掛かるが、団長は腕を組んで考え込んでいる。


「連中があくどい事をしているのは元々知ってただろう?それにこれまで尻尾を出さなかった連中が今、動こうとしている……この機を逃す手は無い」


「じゃあ、手始めにポーリーの奴を締め上げて……」


 そう言ってべノン姐さんが指の骨を鳴らして出て行こうとするが、団長が呼び止める。


「だから待てって、今グランドリー家本家の方の調査も進めている所だ……あと一歩、何かが起きるまで待てよ」


「……っち」


 盛大に舌打ちすると、べノン姐さんが勢いよく扉を閉めて出て行き、それに対して団長は肩を竦める。


「悪いな、色々面倒なことに成っちまってて」


「いえ……」


 天空騎士団とグランドリー家……ゲーム内でもいがみ合っていたが、どう言った経緯が両社の間にあったのかは詳しく語られていなかったな――と、思った所で隣に居たミヨコ姉が手を上げる。


「その……差し支えなければ、天空騎士団とグランドリー家の確執を教えていただいても良いでしょうか?」


 率直にそう確認したミヨコ姉に対し、団長は暫く唸った後、頷いた。

 

「分かった、だが他言無用で頼む」


 そう前置きされた上で団長から語られたのは、天空騎士団の創設に関わる話だった。


 元々天空騎士団は、それまで存在していた騎士団とは異なり、王国――リンデルン王国において中立を貫くための組織として立ち上げられた。


 その性質上、天空騎士団の維持費は国中の各領地からの均等な献金によって賄われており、人材も特定の領地のみにならない様、国中から呼び込むという基礎理念があった。


 だが創設から代を経るに連れその理念は薄れていき、取り分け前団長時代は癒着と横領の嵐だったという。


 そんな中、前団長の不正を暴き、若くして新団長としてジェイルが就任した後は各領地との関係正常化に努めてきたが……グランドリー侯爵家は自身の第一子を騎士団に送りこむ事で、息子の為の資金だと多額の献金を行っていた。

 

 当然団長はその献金を止めようとしたが、然るお方からグランドリー侯爵家の不正を暴く為にも、今暫く懐に入り内情を探ってほしいと言われ、決定的な状況を探っていたのだと言う。


「残り数日程で、連中を追い詰めることが出来そうだが、目の前で困っている人たちを見捨てる訳にも行かないからな……何事も無く、方が付いてくれることを祈るよ」


 そう言って団長が苦笑いするのを見た後、俺達は団長の執務室を後にした。すると突然ミヨコ姉が立ち止まった。


「弟君は、グランドリー家の人達のことどう思う?」


 浮かない表情で、ミヨコ姉がそう問いかけてきた。


「そうだな……やってる事は支持できないけど、感情抜きにして言えば、必ずしも間違いでは無いと思う」


 俺がそう言うと、ミヨコ姉は驚いたように目を見開いた。


「どうして間違ってないと思うの?」


「……そりゃあ、団長が強すぎるってのに尽きるよ」


 一度戦闘になれば並みの騎士など一合も交えることなく切って捨てられ、剣術だけでなく魔法にも造詣が深い団長は、1人で優に100人以上の騎士の価値がある――有体に言ってチートだ。


 そんな人間に反感を持たれないために取り入ろうとするのはある意味当然のことだ。ただ誤算が在るとするなら、団長は清濁併せ吞む器がありながらも、根本的に不正を許せない性質である事だろう。


「んー、それでも私グランドリー家の人たちがズルいと思うな」


「ナナも!」


 何処まで把握してるのかわ分からないけれど、ナナが元気よく手を上げながら渋い顔をするのを見て、俺も思わず苦笑する。


「まぁ、俺も理解できるだけで、ミヨコ姉やナナと同じように全く好きじゃないけどね」


 そんな会話をしながら、夕食を食べに行くために3人で食堂へと向かった。





 夕食を食べ終え、風呂に入り、自身の寮部屋に戻った時に最初に感じたのは、今まで寮部屋では感じたことが無い、寂寥感だった。


 普段やかましすぎる位に五月蠅いジェイやその仲間たちが部屋に居ないという状況が、どうにも落ち着かない。


 寮に来てからまだ1か月と少ししか経っていないが、1人で過ごす部屋は普段以上に広く感じられて、気分を紛らわそうと他の先輩方の所へ顔を出そうかとも思ったが、指摘されたらと考えると気恥ずかしく、俺は何をするでもないまま直ぐに寝床へと入った。



――そのせいだろうか、真夜中に外が騒がしいのに気づき、妙な胸騒ぎと共に、目が覚めたのは。



 感じた衝動のままに制服へと着替えると、相棒――ナイフを6本腰にぶら下げ部屋を出ると、より一層大きく騒ぎが聞こえてくる。


 俺は胸の衝動に従い、騒ぎが起こってるロビーへと迷いなく走って行き……そこでべノン姐さんと団長が、何人かの隊員に素早く指示を出している様子が目に入った。


「何があったんですか?」


 そう、近くに居た顔見知りの隊員のに問いかけると、顔に怒りの表情を浮かべながら、信じられない――信じたくない事を告げた。


「ジェイが……ジェイドが斬られた」


 そう言われた瞬間、俺は思わず全身から血の気が引いていくのを感じた。


「ジェイは、ジェイは何処にいるんですか!?」


 襟元を掴みながらそう喚くと、彼は医師たちが屈みこんで何かしている場所を指さした。


 心臓の音がどんどんと大きくなっていく中で、足を縺れさせながら一団に近づくと、医師の中に顔見知りを見つけ思わず肩に手をかけ、問いかける。


「ルーランさん、ジェイは……」


 そう問いかけながら、彼女が処置している先を見ると――ソコには、酷い火傷と右胸からわき腹にかけて深い斬り傷を負ったジェイが、担架に乗せられていた。


「よう、坊主……みっともねぇところ見せちまったな」


「喋らないで、今アナタはギリギリのところなんだから」


 そう言って、ルーランさんが叫びながら、他の医師たちが病院の方へと移動させようとするが、ジェイが弱々しく手を上げて止める。


「セン……シスター達に、謝っておいてくれ」


 普段とは違う、掠れるような声でそう言うと、ジェイの腕が力が抜けたように落ちる。それを見て俺は、ルーランさんの肩を強く揺さぶる。


「ルーランさんっ!ジェイは助かるんですか!?」


「助かるかじゃない、助けるのが医師の仕事よ!だからこれ以上邪魔しないでっ」


 普段とは別人の、鬼気迫る表情で叫ぶルーランさんに、俺は急いで手を放して頭を下げると、内心の煮え滾る感情を抑えながら、団長たちへ近づく。


「ユフィ達は何処にいますか?」


 そう聞くと、団長は黙って部屋の一室を指さしたので、その扉の前に立つ。すると、部屋の中からすすり泣く声が聞こえて一瞬手が止まるが、それでもゆっくりとドアノブを引いた。 


「セン君……」


 普段よりも酷くしわがれた声が聞こえると同時、室内を見てみれば憔悴したシスターと、彼女に縋りついて泣くユフィが居た。2人とも顔が煤けているものの、ケガが無い様子にホッとすると同時に、先ほどから抑えていた体の中の炎がどんどんと燃え上がっていくのを感じる。


「何が、あったんですか?」


 血がにじみ出す程に拳を握りしめながら聞くと、もの悲し気な顔をしたシスターは口を開いた。


「詳しい事は、私たちも途中まで寝ていたので知りません……。ただ、私たちが気づいた時には既に教会は火に包まれており、そんな中ジェイドさんが私たちを守りつつ、夕方来た人間を含めた10人程の人と戦っていました」


 火の手にあぶられながら、2人を守りながら、ジェイは10人もの男たちと懸命に戦い……そのこと如くを斬って捨てたと言う。


「ジェイドさんが最後の一人を斬った時……きっと、ジェイドさんももう精神的に限界だったんでしょう、ユフィが叫んだのに反応出来ず、バッサリと斬られてしまいました」


 ジェイの右胸からわき腹にかけて走っていた傷を思い出し、俺は思わず唇をかみ切る。


「そいつは……ジェイを斬ったのは、どんな男でした?」


 そう聞いた時、それまですすり泣いていたユフィが、涙をためながらも鋭い声で告げた。


「私とアナタが戦った……眼鏡男よ」

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