第25話 雷対雷

 試合開始の10分前、俺は控室で2本のナイフの状態を確かめていた。

 

「チャールズが勝手なことをしたのに、意外と怒って無いのね、セン」


 そうリーフィアが尋ねて来たので、頷き返す。


「まぁ、やる事に決まったものをとやかく言ってもしょうがないからな」


 ナイフを上空へと放り投げて手首の感覚を確認すると、キャッチすると同時に腰の後ろにクロスする様に吊り下げる。


「本当にそれだけの理由?」


 笑いながらリーフィアに聞かれて額を掻くと、首を横に振った。


「正直、レーナ先輩と戦うのが楽しみなのは有る……まぁ、疲れてるのも本当だけどな」


 肩を竦めながら、会場の方へと歩いて行くと、後ろから声をかけられる。


「勝って来なさい、セン」


「仰せのままに」


 凛とした声で命令したリーフィアにこうべを垂れた後、改めて会場入りした。


 同時、音の波が全身を打った。


『皆さんご注目下さい! セン選手が入場してまいりました!その威風堂々たる姿は、正に自分こそが学園最強と言わんばかりです!』


 そんな解説の煽り文句に呆れていると、観客席の各所で声が上がる。


「かいちょお―、勝ってください!!」


「お姉さまあ、そんな奴倒しちゃってください!」


 男女ともにレーナ先輩を応援する声が上がってるのを見て、俺は思わず口を尖らせる。


「少しは俺を応援してくれても、いいと思うんだけどな」


 そう言うと、緑色の鎧を身にまとったレーナ先輩がクスリと笑う。


 その様子に首を傾げると、謝られた。


「すまない、君はもっと傲慢な人かと思っていた」


「それ、何処情報ですか?噂の出どころをとっちめますんで」


「ふふ、では私は生徒の身を守る為にも勝たなければならないな」


 自然体のままコロッセオの中心で対峙しながら、レーナ先輩が腰のレイピアに手を添える。


 今回の試合はエキシビションという事も有って、授業で行った模擬戦よりも遥かにダウンの基準が高い――ほぼ実戦に近い形式だ。下手をすると大けがをする可能性が有る。本来学生であれば緊張してしかるべきだろう。


 しかもこの大観衆の前……そんな中で平然としていられるのレーナ先輩は、やはり容易ならざる敵だと認識する。


「勝ちを譲る気は有りませんよ?なんせ、ウチの姫様から直々に勝ってこいと言われたんで」


 そう言いながら、腰に差したナイフに手を添える。


 握りなれた皮の感触が心を落ち着け、次第に頭がクリアに成って行く。


『お待たせしました! 本日最終試合、クラス対抗試合覇者レーナ・ミレーナ選手対天空騎士団所属、閃光セン・アステリオス選手の試合を執り行います!』


 解説がそう告げると同時、会場が更なる歓声に包まれる。


 ふと、客席に目を向けてみれば、ナナやミヨコ姉、ユフィ、シャーロットの顔が見えた。


 俺は……彼女たちが見てる限り、例え模擬試合だろうと、負けるわけには行かない。


 体の中で魔力が渦巻く感覚に口角を上げると、レーナ先輩と向き合う。


『READY……FIGHT』


 声が聞こえると同時、ナイフを抜き放ち――肉薄する。


「くっ」


 左右からの時間差の斬撃、右のナイフはレイピアで弾かれるが、左のナイフは彼女の頬を撫でると、レーナ先輩の端末から警告音が鳴る。


「次は、私から行くぞっ」


 声と同時に雷矢が左右から挟み込む様に飛んできて、それをしゃがんで躱すと――上から振って来るレイピアを、バク宙して躱す。


「お返しです」


 即時展開した2本の雷矢を上下から挟むように展開し、発射した。


「ハァッ」


 直撃するか……そう思われた2本の矢は、稲妻を発するレイピアに切って捨てられた。


 確かアレは、優勝決定戦でも使ってたな。


「流石、十八番なだけあっていい展開速度ですね」


「お褒めに預かり光栄だな」


 雷を発するレイピアを水平に構える先輩に対し、俺もナイフを構えなおす。


 魔法の武器への付与――これを行う事で、本来魔剣や聖剣の類じゃないと切れない魔法が切断できるようになる。当然実際に魔法の矢は当人の動体視力に依存するが、レーナ先輩の反応速度でコレをされた場合、広範囲の魔法で押しつぶすか、反応できないほどの近距離で撃たない限りは、魔法を全て打ち消されると考えた方が良い。


「まぁ実は、俺も出来るんですけどね」


 そう言いながらナイフに電撃を帯びさせるが、レーナ先輩は特段驚いた様子も無い。


「驚かないんですね?」


 そう問いかけると、先輩は頷きを返してきた。


「別に私の専売特許では無いからね、それぐらいは想定の範囲内だ」


「じゃあ……第二ラウンドと行きましょうか」


 言葉と同時に一瞬で距離を詰めて切り結ぶと、竜がいななく様な轟音が鳴り響く。


 それでも構わず1合、2合と打ち合わせると、その都度爆音と、稲妻の弾ける光が周囲を照らし出す。


「っぐ」


「確かに先輩の突きの正確さは驚異です、ですが手数が2対1な以上、分はこちらに有りますっ……」


 高速で放たれる点を右のナイフで弾くと、点――レイピアの上をナイフが滑りつつ、斬りつける。


「がっ」


「先輩、まだ隠し玉、有るんでしょう?見せてくださいっ、レーナ先輩の本気をっ」


 そう叫びながら、突き出されたレイピアを両のナイフで斬りつけて、大きく距離を放す。


 するとレーナ先輩の全貌――所々傷ついた鎧が視界に入るが、彼女の眼はまだ全然死んじゃいない。


「ふっ、やはり英雄と呼ばれる人間は伊達では無いな」


「残念ながら、俺なんかお呼びも付かない人たちが居ますけどね……」


「それは、やってられないな」


「ええ、本当に」


 試合中だと言うのに思わず笑ってしまうと、先輩が術式の詠唱を開始する。


「決戦術式、解放」


 言葉が紡がれると特大の魔法陣が地面に展開され、魔力の奔流が空を穿った。


「雷王、装填っ――」


 術式を展開をして居た筈のレーナ先輩の声が耳元でした――そう感じた時には、横からとてつもない勢いで弾き飛ばされていた。


「すまない、この状態だと加減が出来なくてな」


 壁に激突したせいで濛々と立ち込める煙の中、レーナ先輩を見ると、全身に雷を纏っていた――あれが、決戦術式雷王装填。


 体内の魔力を全て雷に変換、再度取り込む事で爆発的な力を得る代わりに、数分しか身動き出来なくなる雷系呪文の最終奥義とも言わる技。……そして、俺には使えない技でもある。


「気にしないで下さい、そう易々とやられるつもりも、無いですからっ」


 レーナ先輩の高速移動に対応しながら、全身の力を使ってレイピアと正面から撃ち合うが……逆に吹き飛ばされる。


――成程、力は通常時の3倍じゃ利かないな。


「続けて行くぞっ」


 残像を残しながらレーナ先輩が高速移動し、打ち下ろしてくるレイピアの一撃は、最早素の団長のソレと遜色ないレベルだろう。


「だけど、それなら負けるわけに行かないだろ」


 そり立つ壁を発射台として自身を打ち出すと、正面からレイピアに立ち向かう。


 高速で繰り出される攻撃のせいで、先ほどから俺の端末がヒッキリ無しに鳴りまくってるが、もう暫く黙ってろ。


「近付いたところで、無駄だっ!」


 そう叫ぶレーナ先輩に勢いよく斬りつけるが――刃が通る前に、雷撃にはじき返された。


「常に雷撃を纏ってるから、防御面でも鉄壁か……本当、発動されると面倒だな」


 態勢を立て直そうとするも、背後から来た一撃に吹き飛ばされる――本来ならこのまま雷王装填が切れるまで待つのが常套手段だろう。


 だが、そんなものつまらない。


 何より、彼女たちに胸を張って勝ったとは言えないだろう。


「まだ、倒れないのか」


 袖で口元の血を拭きながら立ち上がると、そう言われる。レーナ先輩の眼は驚きと言うか、恐怖を感じているように見えるのは気のせいでは無いだろう。


「生まれた時から、丈夫に作ってもらってるんでね」


「そうか、ならこの最後の一撃、受けて立ってくれるな?」


「当然です」


 レーア先輩が、震える手でレイピアを構え、突進の姿勢を取る。


 対する俺も左手のナイフを前に突き出し、右手を引いた突撃姿勢。


 勝負は一瞬、当たれば敗北必至。


 その状況に思わず口角が上がる。


 楽に勝とうと思えば勝てた、だがそんなのは面白くない。


 どうせやるなら、全力で!


「いざ尋常に」


「勝負っ」


 同時、コロッセオの中心で稲妻が交錯した。


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