第2話 空中散歩とファン心理

 団長から魔法学院への入学を言い渡された俺達の1週間は、正に光陰矢の如しと言った所だった。


 まず世話になった大勢の団員達への挨拶回り――途中ジェイに今生の分かれとばかりに号泣されたが、と業務の引継ぎ、続いて学院で使う教材や物資の手配を行い、最後に魔法学院まで移動するための飛行船の手配など、やる事が目白押しだった。


 ……そんな風にあっという間に時間が過ぎていき、魔法学院入学まで1週間となった朝、俺達は最寄りの飛行場まで来ていた。


「忘れ物なんかは無いか?」


 そう言って団長から問いかけられて、俺は笑う。


「もう荷物は積み込んだし、足りないものが有れば買い足すさ……それなりにお金も溜まってるしね」


 銀行へと預け入れた金額はここ5年でそれなりの額に成っていたため、学生生活を送る分には困らないだろう。


 その上俺達は学院の特待生として、奨学金も出るそうだし。


「はぁ、あんな小さかったチビたちが、こんな大きくなるなんてね」


 ため息を吐きながら、赤ちゃんを腕に抱いたべノン姐さんがそんな事を言ってくる。……と言うか、ユフィはさっきから赤ちゃんとしか会話してない。


「へへっ、大きくなったって言われた」


 そう言ってVサインしてくるあたり、体は大きくなってもナナは未だ子供だなと思う。


「んじゃ俺達は、そろそろ乗り込むよ」


「ああ気をつけてな……っとそうだ、コレ持ってけ」


 団長が忘れていたとばかりに、布に包まれた長物を投げてよこす。中を見てみれば、一本の見慣れた刀が入っていた。


「これジェイの奴じゃん、パクって来たの?」


 そう聞くと、団長が笑う。


「いんや、ジェイが持ってって欲しいんだとさ。俺は嵩張るからよせって言ったんだけどな」


 団長が笑いながら行って来たんで、俺も視界一杯に広がる青空を見上げながら笑う。


「ったく、俺は刀なんか使えねぇっての」


 鼻先を擦りながらそう言うと、さっきまで赤ちゃんと戯れてたユフィが寄って来る。


「セン、もしかして泣いてません?」


「泣いてねぇよっ、さっさと乗るぞ」


 袖で目元を力いっぱい拭った後、手荷物だけ持ってタラップを上がって行く。


「休みになったら帰って来いよー」


「もし弛んでたら根性叩き直してやっからなー」


 団長とべノン姐さんに見送られ、手を振り返しながら飛行船へと乗り込んだ。





「おぉ……」


 乗り込んだ船内を見回して、思わず声を上げる。


 床や壁は磨き上げられた木製で出来ており、船内にはラウンジやダイニングルーム、地上を見下ろせる観覧席まで用意されている。


 改めて辺りを見回してみれば、既に多くの人が乗り込んでいた。


「お兄ちゃん、早く私たちの部屋行こっ」


「私も客室がどうなってるのか、気になります」

 

 グイグイと袖を引っ張って来るナナと、どこかそわそわとするユフィを連れて、事前に受けた荷物検査の時に渡されていた部屋のカギを持って移動する。


『間もなく、本船は浮上致しますので、お立ちの方はお近くの手すりにお掴まり下さい』


 そのアナウンスが聞こえると同時、近くに有った手すりを掴むと、腹を突き上げる浮遊感が一瞬あり、その後は多少の耳鳴りが有るくらいで揺れはすぐに収まった。


「空を飛ぶくらいですから、もっと揺れるかと思ってました」


「だな、取り敢えず部屋に移動するか」


 そう言って客室の前を歩いていると、直ぐに自分たちの部屋を見つけて扉を開ける。


「わぁ、中はホテルみたい……あっ、ベッドだ」


 真っ先に部屋の中に入ったナナがベッドを見つけると、ソコに向かってダイブをかました。おい制服だから、スカートの中見えそうだったぞ。


「ナナちゃん、はしたないですよ」


 そう言って俺を一度睨みつけた後、ナナのまくれ上がったスカートをユフィが直す。……いや、俺は悪くないだろ。


「えへへ、ごめんなさいユフィお姉ちゃん」


 ナナは謝りながらもベッドの感触が気に入ったのか、ゴロゴロしている。


「取り敢えず、自分たちの荷物が運び込まれてるかだけは確認しとけよ」


 そう言いながら俺は、キャリーバッグの中身と数を点検していく。


「到着するまでは半日くらいでしたっけ?」


「あぁ、予定表ではそんな風に書いてたな」


「では私はおばあ様に先に手紙を書きますが、2人はどうします?」


 手持ちのバッグから羽ペンとインク、便箋を取り出しながら机に向かうユフィに対し、ナナは未だにベッドでゴロゴロしてる。


「私は暫くゴロゴロしてたいなぁ、お兄ちゃんは?」


「俺は……船内の散策でもしてくるよ」


「行ってらっしゃーい」


 ナナはこちらも見ずにうつ伏せのまま手を振って来た……ミヨコ姉に会ったら、言いつけてやるからな。


「行ってらっしゃい、セン」


「ああ、行ってくるよ」


 手紙と向き合いながらもユフィが手を振って来たので、それに手を振り返しながら部屋を出る。


 廊下にでて改めて船内を見てみると、ずらりと並んだ客室にカーペットの敷かれた床など、僅かな浮遊感を無視すれば本当に高級ホテルに居るかの様だった。


「取り敢えず、観覧席でも行ってみるか」


 ぶらぶらと、途中で見かけた観覧席の方へと歩いていると、既に何人かの人が窓の外を見下ろしていた。


 親子連れに、仲睦まじげな老夫婦、新婚旅行と思しきカップルまで年齢は様々だ。大きく透き通った窓から外を見下ろしてみれば、今は丁度森林地帯の上を飛んでいる所だった。


「お一人ですかな?」


 ボーっと席に座って外を見下ろしていると、タキシード姿にシルクハットを被った老人に、横から声をかけられた。


「今は一人です」


 座ったままでは失礼かと思い腰を浮かせるが、老人はソレを押しとどめると、俺の隣の席に座った。


「お連れの方は何をしてらっしゃるので?」


「部屋で手紙を書いてます」


 まさかゴロゴロしてるとも言えずそう答えると、老人はほほ笑んだ。


「そうですか、貴方は飛行船に乗られるのは何度目ですか?」


「こんな豪華なのに乗ったのは初めてです」


 そう答えると、老人は眼を見張った。アレ?なんか変なこと言ったかな。


 ……騎士団の仕事で乗った時のは客室さえない、貨物用の物だったしなぁ。


「何か変なこと言いましたかね?」


「あー、いえいえ。ちょっと意外だなと思っただけです」


「そうですかね?私の年齢位だと普通だと思いますが」


 このレベルの飛行船に乗る為には、それなりの金がかかる為、貴族でも無ければそうそう利用できるものでもないだろう。


「お爺さんは、こう言った飛行船に乗るのは何度目何ですか?」


「そうですねぇ……かれこれ数百回は乗ってると思いますね」


「数百回!?」


 庶民なら生涯で1回乗れるかどうかだと言うのに、数百回も乗っているという事は、見た目通りのかなりの資産家なのだろう。


「差し支えなければ、お名前を伺っても良いですか?」


「あぁ、申し遅れました。私はモーリス商会代表の、アーデルト・モーリスと申します」


 モーリス商会――そう言われて直ぐに感づく、俺達が住んでいるリンデルン王国だけでなく、近隣諸国まで又にかけた超大物商人だ。


「何故その様な方が、私に声を?」


 悪意は無さそうだが、思わず身構えながらそう問いかけると、アーデルト老は笑った。


「その制服、天空騎士団の物ですよね?加えてその年齢……貴方は、閃光セン・アステリオスさんでしょう?」


 そう言われて、思わず頭を抱えたくなった。……自分の恥ずかしい二つ名に。


「まぁ……そうですね」


「やっぱりですか、いやぁ私は昔から冒険譚が好きでしてな、貴殿の活躍には年甲斐も無くワクワクさせられた物です。特にたった3人で飛竜を倒した話などっ……」


「あー、アーデルト老、ちょっと落ち着きませんか?」


 そう言いながら辺りを見回すと、観覧席に居た集団の一部が、此方を見ながらヒソヒソと話をしていた。……恥ずっ。


「おほんっ、これは失礼しました。年甲斐も無く興奮してしまいまして、つきましてはコチラにサインなど……」


「オニイサンっ!」


 おずおずとアーデルト老が色紙を差し出そうとしたところで、家族連れで来ていた5歳くらいの子供が割って入って来る。


「オニイサンがアノ閃光なんですか?」


「あっ、ああ。まぁね」


「じゃあ、サインちょうだい!」


 そう言って少年が手に持っていた英雄カードなる名刺サイズの物を、差し出してくる。それを見て俺は頬を引きつらせながら、アーデルト老からペンを借り受けると、ソコにサインを書き込んでいく。


 ……なお、そのカードに描かれていたのは俺ではない。


「はい、どうぞ」


「ありがとー」


 カードを返してあげると、少年は力いっぱい手を振ってくれて、両親からも頭を下げられたので、俺も軽く手を振っておく。


「あのー……改めて、サイン頂いても?」


 そう言ってアーデルト老から色紙を差し出されたので、俺は苦笑いしながらサインをした。

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