第3話 たまには1人で散歩したい日もある

 アーデルト老へのサインを書き終えて部屋に戻り、未だダラけていたナナと、読書していたユフィを連れて昼食を取った後、改めて3人で学園について話をしている内に時間は過ぎていき、飛行船が高度を下げ始めるのを感じ取った。


「そう言えばお兄ちゃんは昼食前、どこ行ってたの?暫く帰ってこなかったけど」


「あー、あれは俺のファンって人に偶々会ってな、サインとかしてた」


 荷物をまとめながらそう言うと、ナナとユフィからジト目で見られる。


「お兄ちゃんまた女の人誑かしたの?」


「いや、またってなんだよ。今回会ったのは爺さんだって」


 そう弁解するも、ナナからは「本当にー?」と疑わし気に聞かれる。


「本当だっての、そもそも俺が誰か誑かしたこと何て無いだろ。なぁ、ユフィ」


「さぁ知りません、閃光様が皆さんにキャーキャー言われてても、私は全く気にしませんから」


 目を合わせる事も無く、ユフィが淡々と嫌味を言ってくる。と言うか、閃光様は辞めろマジで。


 ……そんなやり取りをしている内に、船内放送が入る。


『間もなく、学園都市ミレーヌに到着いたします。忘れ物が無い様、ご注意ください』


「ほら、さっさと準備して降りるぞ」


 そう言って二人を促して部屋を出ると、他の客たちも降りる準備を始めており――少しの揺れの後、久方ぶりの確かな地面の感触を体が感じた。


 後ろを振り返って見れば、2人も準備が出来ている事を確認し、タラップを降りる。


「空の上も良いけど、やっぱり地上もイイよね?お兄ちゃん!」


「ナナは空の上ではだらけてただけだろ」


「ひっどい、ねぇユフィお姉ちゃん聞いて……」


 ユフィに何やら告げ口しているナナを捨て置いて、周辺を眺めてみれば、すっかり辺りは暗く成っていた。


 事前に頭には入っていたが一応事前に渡されていた地図を取り出すと、街灯を頼りに目的地に向けて歩き始める。


「今日はさっさとホテルに向かって、チェックインするぞ」


 そう言って背後を振り返ると、2人はこの街の名所についての話で盛り上がってた。


「ねぇユフィお姉ちゃん、明日はパンケーキのお店行こ!凄い美味しい所が有るんだって!」


「パンケーキのお店……凄くそそられるけれど、その後古本屋に寄ってもいいかしら?」


「……」


 2人は既に明日この街のどこを回るかに興味が移っている様で、仲睦まじげに騒いでいる様は傍から見れば、完全なお上りさんだ。


 幸いなのはもう夕方を過ぎており、ほとんど人通りが無い事位だろう。


 そんな2人を連れながら、飛行船の発着場から10分ほど歩いたところで、目的地のホテルへ到着し、ロビーへと入って行く。


「俺がチェックインして来るから、2人は適当に座って待っててくれ」


 それだけ言うと俺は正面にある受付でチェックインを済ませ、鍵を3人分受け取ると未だ話している2人へと近づく。


「お兄ちゃんは、どこか行きたいところある?」


 2人に鍵を渡すと、思い出した様にナナが聞いて来た。


「俺は俺で行きたいところ有るから、明日は2人は自由に回って来ていいぞ」


「そうですか?じゃあ二人で行きましょうか、ナナちゃん」


「うんっ!」


 そんな様子で2人は部屋に荷物を置いてからも、夕食をとってる間もずっと、明日の予定に関する話題で花を咲かせていた。





 翌朝、何時もの様にナナのノックでたたき起こされた俺は、2人と一緒に朝食を取った後分かれて、自室へと戻って来ていた。


「折角の新天地だし、たまの一人歩きを楽しむとしますか」


 この5年間と言うもの、何だかんだでユフィやナナ、ミヨコ姉に休日は引っ張り出され、一人で街を歩く機会なんて滅多になかったため、割とワクワクしながら着慣れた騎士団の制服へと袖を通していく。


「……3人の内誰かと一緒だと、何だかんだで皆に合わせる事に成るしなぁ」


 ミヨコ姉は手芸関係、ナナは雑貨類、ユフィは本屋とそれぞれ好きな物が有る為、何だかんだでそれに合わせた外出プランになる事が多い。だが今日の俺は、自由だ!


「とは言え、まずはゲームで登場した店のチェックからだけどな……」


 5年経過して大分記憶も曖昧になって来たが、それでもゲームで出て来た重要拠点の俯瞰図は頭に入っている。


 一応実際のこの街の地図と照らし合わせて確認したため、間違いは無いだろう。


「確かホテルに一番近い店は……」


 頭の中の地図を広げて、思い浮かべながら歩いて行く。


 今日が平日で有り、中途半端な時間のせいか人通りは疎らで、学生の姿も滅多に見かけない。


「っと、ここだな」


 路地裏の奥まった所に在る、剣と槍が交差した看板を掲げた店を見て、木製のドアを押し込むと、鉄臭い匂いが鼻孔を擽った。


 店内を見回してみれば、様々な形の武器が置かれており、一番多いのは剣だが、槌や短刀、刀など様々な武器が置かれている。


「あん、客か?」


 酒焼けした声を出しながら、気だるげに出て来たのは、顎に大量の髭を蓄え、俺の胸程の身長しかないドワーフだった。


「初めまして」


 そう声をかけると、盛大に舌打ちされる。


「まぁたガキか、ウチにはテメェらに売る様ななまくらは一本も扱ってねぇ、さっさと帰れ」


 そう言って怒鳴るこのドワーフは、学園都市に店を構えていると言うのに、偏屈極まるせいで学生に武器を売ろうとしない困ったドワーフだった。


 良くそんなんで経営成り立っているなと思うが、腕の方は確かなので文句も言えない。


「そう言わないで、コイツを見てくれ」


 そう言って俺は、ジル爺に作って貰ったナイフをドワーフに見せる。


「あん?なんだ……って、コイツは中々」


 ジル爺が作った武器は、ゲーム上ではこのドワーフが作った物と引けを取らない性能をしている……が、騎士団全部の面倒を見てるジル爺は忙しいので、滅多に武器を作ってくれない。


 それなので、今のうちにこの店で武器を発注しようと考えた次第である。――ゴトッ、と俺が手渡したナイフをドワーフがカウンターに置く。


「確かにコイツはいいナイフだ、それにコレを使ってる奴もいい腕してるのは分かる。だが、お前が本当にコイツの所有者だってんなら……そうだな。アレを斬って見ろ」


 そう言ってドワーフが指さしたのは、木のマネキンにかけられたフルメタルの甲冑だった。


「鉄の上からミスリルで表面塗装した鎧だが、そのナイフの所有者なら斬れるだろ?」


「後から金請求するのは無しだからな?」


 そう前置きした上で、甲冑の前に立つと、ナイフを逆手に構える。


「……ふー」


 大きく息を吐き、体内から全ての空気を抜き切った所で――大きく踏み込みながら横なぎにナイフを振るう。


 すると抵抗なく刃先が鎧の中にもぐり込んでいったため、勢いはそのままに引き戻してやる。


――ガシャン


 ナイフを元の位置に構えなおすと同時、甲冑の腕部分が音を立てて落ちた。転がった断面を見てみればまっ平で有り、自分でも納得の斬撃である。


「どうだ、これでもダメか?」


 そう尋ねるとドワーフはマジマジと甲冑の断面を観察した後、首を横に振った。


「いいや、これだけの腕が有れば構わねぇ。お前、名前は?」


「セン・アステリオスだ」


「よろしくな、セン。俺はディンドだ」


 そう言って右手を伸ばしてくるディンドの手を俺が握ると、強い力で握り返してくる。


「それで、注文はなんだ?セン」





 注文を終えて武器屋を出た俺はその後、防具屋、魔法具屋を渡り歩いた後、大通りに有る市場へとやって来ていた。


 市場は昼時に近づいてきたせいか活気づいてきており、幾つもの店が客を呼び込んでいた。


「取り敢えず重要な店関係は見終わったし、後は観光がてら軽くつまめる物でも探すか」


 そんな風に出店を眺めながら歩いていると、進行方向で何やら騒ぎが発生して、人だかりが出来ているのが見えた。

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