第4話 過激な皇女と閃光様

 人ごみをかき分けて騒ぎが起こっている方へ歩いて行くと、目深にフードを被った人物が、地面に仰向けに倒れた男に身の丈程も有る大剣を突き付けている所だった。


「いてぇっ、何しやがるテメェ」


「何しやがるですって?貴方が今、私の財布を盗もうとした事、覚えてないとは言わせないわよ?」


 そう言ってフードの人物――女性が、男の首元に剣を近付けた。


「はっ、はぁっ?俺はまだなんもやって無かっただろうがっ」


 そう言って男が女性にがなり立てるが、よくよく男を見てみれば、その手足は恐怖からか小刻みに震えている。


「ええそうよ、貴方はまだ何もしてなかった。だけど、貴方は私が物を取られてからじゃないと気付かない愚図だと思っているのかしら。まぁいいわ、私の持ち物を盗もうとしたその腐った手、今ここで断ち斬ってあげるわ」


 そう言って女性が大剣を引き、男性に振り下ろされる。


――まずいっ


 そう感じると同時ナイフを2本引き抜くと、2人の間に割って入った。


「なんの真似かしら?」


――っち、重い


 かち上げるつもりでぶつけた両のナイフが、彼女の大剣とぶつかり、せめぎ合って火花が爆ぜる。


 体勢的に振りとは言え、力が拮抗している事に驚きながらも、冷静に見える様に努めて返答する。


「悪いがこのままじゃアンタが、この男の手を切り落としかねないと思ってね、割って入らせてもらった」


「あら、切り落としたら何かまずかったかしら? そんな悪行を働く手、無くなった方が平和でしょうに」


 そう言いながら女が剣を押し込む力を強めて来たので、刃先を脇へ逸らすと――大剣に触れた地面のタイルが、分断される。


「人は、そう易々傷つけていい物じゃないだろ」


「随分とこの国の騎士は、お優しいことを言うのね」


 先ほどの女の剣には人を殺そうと言うのに、本来あるべき躊躇いというモノが一切感じられず、そこにあるのは只の義務感。


 目の前に邪魔なものが居たから斬る……その意志だけを感じ取ることが出来た。


――まるで、相手を人として見ていないかの様だ


 そんな感想を抱きながらも、互い得物を構えて対峙していると、俄かに周囲の人だかりが騒がしくなる。


「おいっ、憲兵が来たぞ!」


「こっちだ、こっち!」


 人々が憲兵を誘導する声と、鎧がこすれ合う金属音を聞いて、倒れていた男に耳打ちする。


「今回は大人しく自首しとけ、この場で手を無くすよりはましだろ?」


 そう尋ねると男は勢いよく、首を縦に振った。


「あっ、待ちなさい!」


 フードの女が尚も倒れた男に尚も詰問しようとするのを押しとどめ、ナイフを腰に仕舞うと、フードの女の手を握り、面倒くさい事になる前にその場からの逃亡を図る。


「なっ、無礼者っ」


「うるせぇ、さっさとずらから無いと、お互い面倒になるぞ」


 女に怒鳴られたので、そう怒鳴り返すと女は目を見開いた後口をつぐんだのを確認し、何個か曲がり角を曲がった先で彼女の手を放す。


「取り合えずこんな所で撒けただろ……おい、大丈夫か?」


 ボーっと俺が話した手を見ている、フード女の前で手を振ると、「ゴホンッ」と一つ咳払いして俺を睨んで来た。


「それで、次は何をしてくれるのかしら? 暴漢さん」


 そう言って女が剣を構えたのに対し、俺は両の手を掲げた。


「勘弁してくれ、俺はこれでもアンタの味方だ……リーフィア・ラ・ベンデンバーグ第一皇女」


 声を聴いた時から怪しいとは思っていたが、彼女がと発言した所で、皇女で有るという認識は確信に変わった。


 ジッと彼女の目元を見つめていると若干躊躇った後、フードを取る。


 すると後頭部にお団子状にまとめられた鮮やかな金色の髪と、釣り目がちな紫色の瞳が露になる。


「まさか顔も出していないのに、正体が分かるなんてね……噂の天空騎士団は余程優秀なみたいね」


 俺の制服とバッジを確認しながら言った皇女に、俺は思わずため息を吐きたくなる。


 こっちの正体が分かってるなら、早々に手を引いてくれればもっと楽だったのに。


「それで、噂の閃光は私に人道でも問うのかしら?」


 目を反らすことを許さない、確かな風格で皇女に詰問される。


 その威圧感は団長たちの様な力の強者とは別種のものだが、確かな圧力を持って俺を束縛する。


 だがその質問に対する、俺の答えは既に決まっている。


「ソレについても話し合う事はあるとは思うが、何よりも何で第一皇女のアンタが護衛の一人も付けずに街中ほっつき歩いてんだ?」


 何となく察しはついているが、ため息交じりに問いかけると皇女はクスリと笑った。


「それは当然、護衛を撒いてきたからよ」


 そう言われて、俺は思わず頭を抱えたくなった。


「なんでそんな事をした?」


「それこそ何で貴方にそんな事を話さなきゃいけないの? とは思うけれど、理由は単純よ街を自由に見て歩きたかったから。だって折角窮屈な王宮から出られたのよ? 目一杯楽しまなきゃ損じゃない?」


 そう言って目を輝かせる彼女を見て、俺は改めてリーフィアの本質を知る。


――彼女は、基本子供と同じなのだ


 楽しそうな事があれば首を突っ込むし、不快なことが有れば怒りをあらわにする。


 なまじ学業も運動も魔法もできる為、周囲は彼女を咎められず……結果傍若無人な性格になった。


 ただそれでも俺は、彼女が他人を慮れる人だということを知っている――まぁ、矯正には時間がかかりそうだが。


 そんな事を考えていると、彼女が再びフードを被ると歩き始めた。そして、振り返りながら言う。


「何をしているのかしら?貴方来週から私の護衛になるのでしょう?それなら、早くついてきなさい」


 そんな自分勝手だけれど、魅力的な顔で笑う彼女に、俺は思わず笑ってしまう。その姿がゲーム内の彼女に、余りにもそっくりだったから。


「はいはい、皇女様」


 既に大通りの方まで歩き始めてる彼女の後ろを、走って追いかけた。





「それで?お兄ちゃんは何で一言も言わずに、こんな時間に帰ってきてるのかな?」


 今俺の正面には両手を腰に当てて如何にも怒ってますと言う風のナナと、俺の部屋の机で本を読んでるユフィが居た。


「あー、だからさっきも言っただろ、ちょっと街中を散歩してたら面白くなって、帰って来るのが遅くなって悪かったって」


 皇女の件は黙りながらそう言うと、それまで一言も発さなかったユフィが、本の上から顔をこちらに向けて尋ねて来る。


「本当に、散歩してただけ?」


「あ、あぁ」


「じゃあ、私たち以外の香水の匂いがしてるのは何故でしょう?」


「ちょっ、ユフィ!」


「センの事なんて、知りません」


 そう言ってそっぽ向かれたので、恐る恐るナナの方を見てみれば、瞳が吊り上がっている。


「お兄ちゃん?どういう事?」


「いやっ、これはその……」


 言葉に詰まりながら、ユフィを睨みつけるが、本を読み始めてる。……引っ掻き回すだけ、引っ掻き回しやがって。


「護衛、そうっ護衛をしてたんだ」


「女の人の?」


 苦し紛れに護衛と言ってみるが、ナナの潤んだ瞳で見つめられて……俺はいい加減白状することにした。


――絶対ウソ泣きな気がするけど


「あー……街中で絡まれてる――いや、絡んでる皇女殿下を見つけてな」


「皇女殿下……ってもしかして、リーフィア皇女!?」


 皇女と言った瞬間ナナが驚きの声を上げ、ユフィも驚いたのか此方を向いて来た。


「ああ、その皇女殿下だ。んでまぁ成行きで学園都市観光を……ってなんだよ?」


 観光をって言った所で、2人からは盛大なため息を吐かれる。


「またお兄ちゃんの悪癖が出たよ?ユフィお姉ちゃん」


「そうねナナちゃん……本当、閃光様は女の敵ですね」


「ぐっ」


 女の敵と言われて思わずひるむが、俺にはそんなつもりは毛頭無い。


 確かにこれまで何人かの女の人を助けたりはして来たが、ミヨコ姉、ナナ、ユフィを第一に考えて来たつもりだ。


 ……まぁ、3人の女性が大事だと思う時点で間違ってると言われるかも知れないが、それは置いといてだ。


 何とか打開策は無いか……そう考えて、土産を買ってきたのを思い出す。


「あー、お土産にシュークリーム買って来たけど、食べる?」


 恐る恐る、机に置いた箱を指さして聞くと、ナナは「もう」と言った後箱を開く。


「お兄ちゃんは昔から、お土産さえ買ってくればいいと思ってるよね……まぁ、食べるんだけどさ」


 そう言ってナナがケーキの箱を開け、ユフィと二人で食べ始めるころには、話を有耶無耶にすることに成功した……いや、俺は別に悪くないと思うんだけどな?

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