第5話 入学前日は嵐の様に

 入学式まで後1日に迫った朝、俺は何時も以上に盛大な惰眠を貪っていた。


 ……いや、一つ言い訳をさせて欲しい。


 皇女殿下と出会った忌まわしきあの日以後、俺はナナとユフィに毎日の様に付き合わされたのだ。


 例えば、ある日はナナと一緒に婦人服店を回る羞恥プレイをさせられ、ある日はユフィと一緒に本屋を廻り、分厚い辞典や歴史書を持つのに付き合わされ、またある日には2人の下着選びに付き合わされそうになり……脱走した。


 2人と過ごすのは楽しいが、こうも連日続くと流石に疲れてくるもので、入学の準備も終えた今、俺はスライムもかくやと言う勢いで、ベッドと同化していた。


 ……が、そんな安眠を妨げるように廊下を走る音が近づいてくる。軽くテンポのいい足音から誰だかは察したが、頭から布団を被り直す。


「お兄ちゃん起きて!大変、大変!」


 ダンダンダンと何時もより猛烈な勢いでナナが扉を叩いてくる……一瞬無視しようかと思うが、普段とは違う様子なので止む無く扉を開ける。


「どうした?ナナ」


 ゆっくりと扉を開けるとそこには、普段とは違い何処か焦った表情のナナが居た。


「お兄ちゃん、速く着替えて下に来て……リーフィア皇女の使いって人が来てるから」


「えっ、マジ?」


「マジだよ、大マジだよ!今ユフィ姉さんがロビーで対応してるから、早く来て!」


 それだけ言うとナナは、階段で降りて下へ行く音が聞こえた。


 リーフィア皇女絡みとか絶対ろくな事無いだろ……そう思いつつも手早く制服に着替え、ナイフを腰に差すと部屋を出て、ロビーへと向かった。


「あっ、お兄ちゃん!」


 俺がユフィとナナ、黒服の男たちを見つけると同時、ナナから手を振られたので、近寄ってみる。


「貴方が、セン様でしょうか?」


 そう言って一人のスーツ姿の男が、近寄ってくる。


「えぇ、そうです。何やら皇女様が私を呼んでいると聞いたのですが?」


「はい、皇女殿下が貴方様をいたく気に入ったという話を耳にされた、然るお方がどうしても会いたいと仰っていまして、大変恐縮ではございますが、お会いして頂けないでしょうか?」


 努めて低姿勢で接してくる相手に、何故か俺迄申し訳なくなって来る。


 どうせ明日からは皇女様は俺が護衛することになるのだ、周囲の人に顔を見せておくのも悪くないだろうと思い、会いに行く事にする。


「分かりました、お会いしましょう。どちら迄お伺いすればよいですか?」


「表に馬車を用意しておりますので、そちらで大使館までお越しください。良ければそちらのお二方も」


 そう言われて先程までの対応で憔悴してたユフィとナナがビクリと反応し、俺の近くまで寄ってくる。


「私とナナちゃんも、行った方が良いでしょうか?」


 お偉方に面会した経験が無いせいか、珍しく落ち着きなく不安げな様子のユフィに対し、軽く頭を叩いて安心させてやる。


「別に行きたくなければ行かなくても構わないさ、先方には体調が優れないと言ってやる。安心しろ、ユフィのその見た目で病弱と言っても、誰も疑わないだろ」


 そう言って笑ってやると、ナナが「お兄ちゃんが、ユフィお姉ちゃんを口説いてるー」と口を尖らせ、それを聞いたユフィが耳を赤くしながら俺の手を払い除ける。


「全く、油断も隙も有りませんね……ですが、私も行きます」


「ナナは最初っから行くつもりだよ、どうせなら皇女様に会ってみたいしね」


「了解」


 2人にサムズアップすると、スーツの人に向き直る。


「2人とも行くことになりましたが、問題無いですかね?」


「ええ、寧ろ皇女殿下達も喜ばれるかと思います。では、ご案内しますね」


 物腰の低いスーツの男性に先導されながら、俺達は馬車へと乗り込んだ。





「うわぁ、凄いお屋敷だね」


「ナナちゃん、正確には大使館ですよ?」


 10人以上乗れそうな広い車内でゆったりと過ごしていると、ホテルから20分程移動した所で、真っ白い石造りの建物と、巨大な門が見えてくる。


「流石は周辺国随一の強国だけは有るな……」


 一等地にでかでかと建てられた建物は、周辺の貴族の屋敷の数倍の大きさがあった。


「到着しました、皆さまお降りください」


 その声と同時に馬車が停車し、外から扉が開けられると庭に降り立ち、建物を見上げて見れば、圧巻の大きさであった。


 ……まぁ、数百人単位で暮らしている騎士団の寮に比べれば小さいのだが、それでも圧倒される。


「やっと来たわね、待ちくたびれたわ」


 そう言って大使館から出てきたのは、複数の使用人と騎士を引き連れた皇女様だった。


「この度はお招き頂きありがとうございます、皇女殿下」


 深く頭を下げながら口上を述べると、ナナとユフィも頭を下げる。


「そう言う堅苦しいのは要らないわ、明日から学友になると言うのに、そう堅苦しくされても敵わないしね」


 苦笑交じりにそう言われ、俺は苦笑いしながら頭を上げる。


 本来なら人前である以上、もう少し作法も有ろうが、そもそも先日会った時からして格式を全力で投げ捨てているのだから、今更取り繕ってもしょうが無いだろう。


「それではお言葉に甘えて……で、私に会いたいと言っていた御仁はどなたですか?」


 そう問いかけると、リーフィア皇女の後ろに控えていた、大剣を背負った赤色の甲冑を来た男と、その仲間たちが前に出てくる。……って、アイツらは。


「貴様がお嬢様の言ってた男か、噂に違わずガキだな」


 そう言って鼻で笑ってきた男にイラっとしていると、周囲に居た部下達が合わせて俺達を笑う。


「これが噂の閃光様とは……とても我が国では騎士を名乗れる様な年齢では有りませんな、副団長」


「ましてや我々近衛騎士団の代わりに姫をお守りしようなどと……片腹痛いですなぁ」


「所詮こいつ等天空騎士団は、団長ジェイル・アステリオスの腰巾着よ」


 はっはっはと一団が笑うのを見て、俺は皇女殿下を睨みつける。……これは、一体どういうことだ?


「そう睨まないで頂戴、私は小娘一人に撒かれる近衛騎士団なんかより、セン一人の方がよっぽど役に立つと言っただけよ?」


 皇女殿下が、と言った辺りで連中が青筋立てているのが見て取れた……成程、事情は大まかに把握した。


 ……だが、連中を許すかと言われたら、断じてノーだ。


「はっ、正に皇女殿下の言う通りだな。テメェら近衛は皇族を守るのが唯一の役割だってのに、それさえ出来ないなら何のために居るんだろうな?」


 そう言って煽ると、ユフィとナナがギョッとした顔で俺の事を見て来るが……天空騎士団を馬鹿にされたら俺だって黙ってられない。


「ほう……言うな、小僧。一度発した言葉、引っ込めることは出来んぞ?」


 そう言って一際大きい男――ゼネットが殺気だって近寄って来る。


 ゼネット・ゲルン――齢50にして、ベンデンバーグ皇国の近衛騎士団副団長であり、魔法抜きの強さなら皇国でも上位に入ると言われる戦士。


 ゲーム内ではプレイヤブルキャラクターとしては出なかったが、援軍として登場した際には無駄に高い筋力で一般兵を蹂躙した男……そして何より、自尊心が高い性格である。


「そっちこそ、天空騎士団を馬鹿にした事、後悔させてやるよ」


 ゼネットの部下も含めにらみ合いをして居ると、皇女殿下が手をパンと叩いたので皆そちらを向く。


「ゼネット達はセンよりも劣っているというのが我慢できない、センはゼネット達を許せない……なら、やる事は一つよね?」


 そう言って皇女殿下が懐から2つの守護球を取り出すと、俺とゼネットに一つずつ投げて寄こす。


「お兄ちゃんっ」


「センッ」


 途中まで様子を見ていた2人が不安げな顔をして近寄って来るが、俺は首を横に振る。


 ここで引いたら明日からの任務がやり難くなるばかりか、先輩方に申し訳が立たない。


「はっ、そこの女子おなご達の忠告を受けて逃げた方が良いんじゃないか?」


「女の背に隠れて逃げ出す騎士なぞ一生の笑いものだがな」


 そう言って笑いだす連中に、ナナとユフィが申し訳なさそうな顔をする。


「御託はいらねぇ、さっさとしろよ」


 2人にまで恥をかかせた奴らに、俺の堪忍袋の緒が切れ、腰のナイフを引き抜いた。


「威勢だけは良いな……お前ら下がっていろ」


 俺達が一定の距離を放して立つと、他の人間が取り囲むようにして離れていき、奴も背中の大剣を引き抜いて構えた。


「両者とも準備はいいかしら?」


 皇女殿下が俺達の顔を確認しながらそう言い、頷き返す。


「それではこれより、ベンデンバーグ家と、天空騎士団との親善試合を始める。試合っ」


 そう言って皇女殿下が手を振り上げるのを見て、深く息を吐き出しながら腰を下げていく。


 左手は前に、右手は少し引いた何時もの構え。


「始めっ」


 その声と同時、俺は飛び出した。

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