第6話 ナイフは大剣より強し

 試合開始の声がかかると同時に距離を詰めると、俺は奴に向かって左のナイフによる切上を狙う。


「ぬんっ」


 ゼネットはソレを見て上段からの斬り下ろしを狙うが――遅すぎる。


 俺のナイフが甲冑の隙間を斬りつけると同時、固い物にひびが入る独特の音が響き渡り……続けて俺は右手からの薙ぎ払いに移る。


「小癪っ」


 ゼネットが大きく後ろに下がったことで右のナイフは躱されたが、勢いそのままに半時計周りに回転し、今度は左のナイフで奴の甲冑の隙間を薙ぎ払うと、守護球に更なるひびが入る音が聞こえた。


「騎士であるにも関わらずナイフとは、卑しさがにじみ出ているなっ」


 外野の近衛騎士が喚き散らすが、俺は逆に口角を吊り上げる。それを見た周囲はより一層喚きだすが、一向に構わない。


 一方俺と対峙しているゼネットは青筋を立てながら、二本のナイフを見て正眼に大剣を構え、問いかけてくる。


 ……戦闘中に問答するとは、コイツ阿呆か?


「貴様っ、何故魔法を使ってこんのだ!」


「その方が、アンタにとっては屈辱だろ?」


 そう問いかけると、ゼネットは「コロス」と言って真正面から突っ込んで来る。


 同時に凄まじい轟音を響かせながら大剣が振り下ろされ、その度に丁寧に整備されていた芝生が弾け、地面が掘り返されていく。


 その様子を見て俺も余裕を気取っては居るが、まともに一発でも当たったらアウトだろうと予測する。……だが、これで予定通りだ。


「ほらほらどうした?ブンブン土を掘り返してるだけで当たってねぇぞ?農民に転職した方が良いんじゃないか?」


「貴様ァーーッ、どこまで我らを愚弄する気だっ」


 先ほどまでよりも更に勢いよく振り回される斬撃は、それだけで剣の結界の様だ。


 だが奴の動きは只でさえ単調であるのに、怒りによってより分かりやすい物へと変化していた。


「足元注意ってな」


 奴が斬撃により掘り返した事により転がった石に向かって、予備のナイフを引き抜いて投げると、それが反射してゼネットの首元を掠め、守護球がひび割れる音が鳴り響く。


「さて、ここいらで終わりにするぜ?」


 一度メインのナイフ2本を腰へ仕舞うと、両手の指の間に合計八本の投げナイフを構えて、次々投擲する。


「しゃらくさいわっ」


 直進したナイフ2本が奴の眼前に掲げられた大剣に、カーブを描いて飛んだ2本が甲冑に阻まれる……だが残った4本は?


「ぐっ」


 ゼネットが掘り返してくれたお陰で各所に転がっていた石を反射して、4本のナイフが別角度から関節部を掠めて飛んでいく。


「まだだっ」


 ゼネットがそう叫ぶが、もう遅い。


「いや、もう終わってるよ」


 そう言いながらゼネットの頭上――構えた大剣を飛び越えて背後に回ると、首筋にナイフを当てると、かき切った……同時、盛大に守護球が割れる音が鳴り響く。


 その音に暫く周囲が無音になった後、近衛騎士団の連中がざわめいた。


「副団長がこんなにもあっさりと……」


 そんな声が近衛騎士団から聞こえて来るが、俺からすれば当たり前の結果だ。


 そもそも守護球での決闘は、お互いの体格や体力差を考慮せず、一定の攻撃が入れば割れる様に出来ている。


 端から手数が多い俺が有利で、敵の攻撃を受けながらも戦うゼネットには不利な戦いだ……だがそんな事は関係ない。


「よう副団長様、ナニカ言うことが有るんじゃないか?」


 ショックからかその場で頽れたゼネットに、ナイフの柄で自身の肩を叩きながら近づく。


「……かった」


「あん?聞こえないな」


 かすれる様な声でゼネットが言葉を発するが、俺は敢えて問い返す。


「き、貴君らを馬鹿にして、申し訳なかった」


 顔を真っ赤にし、羞恥に体を震わせながらもゼネットがそう言った。……まぁ、こんなもんだろ。


 そう思ってユフィやナナを見ると、笑顔で頷いていた。


「はぁ……んで、皇女殿下はこの結果で満足ですか?」


 ため息を吐きながら、にこやかな顔で近づいて来る皇女殿下――元凶に問いかけると、満足げに頷いた。


「そうね、非常に満足よ。貴方の強さも見れたし、口煩かったゼネット達も黙らせられた。結果としては大満足かしら」


 皇女殿下のその言葉に、「グッ」とゼネットが声を漏らす。


「いいや、アンタがゼネット達をけしかけた理由はもう一つあるだろ?」


 そう言って尋ねると、皇女殿下の眼が細まる。


「あら、何が有るって言うのかしら?」


 その声はやや険を帯びていたが、構いはしない。なんせこんな面倒な連中をけしかけて来た奴だ。


「近衛騎士団に付きっきりで居られると自分が自由に散歩出来ないから、俺一人でも十分護衛できるって事を証明したかった……そんな所だろ?」


 そう言い切ってやると、俺の方を見ながら近衛騎士団やユフィ達が絶句した。


「お、お兄ちゃん……そんなわけ」


 ナナが恐る恐るそう声を上げた所で、噴出した人間が居た……誰あろう、皇女殿下である。


「ははは、センは凄いわね。短い付き合いだというのに、私の思考が良く分かっているわ」


 その言葉に、先ほど絶句していた面子が、今度は皇女殿下を凝視する。


 いや、ユフィやナナは話したことが無いからしょうがないが、近衛騎士団の連中は気づけよ……それとも、自国の姫様と言うフィルターが掛かって一人の人間として、認識できていなかったんだろうか?


「いやいや笑いごとじゃねぇって、アンタの自由のために振り回された俺達はどうしろって言うんだよ?」


 そう問いかけると、皇女殿下がキョトンとした顔をする。


「私の護衛なのだから、私に振り回されるのは当然でしょう?」


 そんな風に悪びれる様子も無く、童女の様に笑う皇女殿下に俺は思わず空笑いする。


 ……これからも彼女に盛大に振り回されるだろう学園生活を幻視し、同時にそれもまぁ悪くは無いと思ったから。





「この度は、私共の不手際で大変ご迷惑をお掛けしました」


 俺達を大使館まで誘導してくれたスーツ姿の人――ロンさんから何度目かの謝罪を、大使館内の応接サロンで受けていた。


「いやまぁ……悪いのは8割がた皇女殿下ですから」


 そう言って目の前でクッキーを頬張る皇女殿下を睨みつけるが、首を傾げている。いや、少しは反省しろよ。


「そうは言いましても……」


「ロン、貴様が謝罪する必要はない、全ての責は私にある。セン殿、ユフィ殿、ナナ殿、改めて申し訳なかった」


 少し離れた場所で立って居たゼネットが真摯な声で、深く頭を下げた。


 ……ゼネットは自尊心の強い男だが、自身より強い物には敬意を払う、とは聞いていたが此処まで露骨だと逆に怪しい。


「ゼネットさんは、センにもう怒って無いんですか?」


 ユフィが瞳を開きながらそう問いかけると、ゼネットは複雑な顔をしながら頷いた。


「私も近衛騎士団について姫殿下に悪し様に言われ、更に外部の人間より劣ると言われて頭に血が上っていました……全く禍根が無いとは言いませんが、それこそ弱者の遠吠えでしょう」


 絞り出す様に言われた言葉を聞き、ユフィの顔を伺ってみれば頷き返してくる。……という事は、ほぼ本心という事か。


「私の方も仲間が馬鹿にされたとはいえ、失礼な言動をしました。申し訳ありません」


 そう言って、俺も軽く頭を下げる。謝りすぎるのも良く無いが、今後皇女殿下の近くに居るなら近衛と軋轢を生んでもいいことは無いだろう。


「いえ、こちらこそ謝罪します」


 そう言って改めてゼネットが頭を下げた所で、皇女殿下が手を叩く。


「つまらない話はその位で良いでしょう。それで、貴方達が私の追加の護衛であるユフィとナナかしら?」


 笑顔で俺の両隣りに座るユフィ達に、そう問いかけた。


「はい!私がお兄……兄と一緒に護衛するナナです。とは言っても私は中等部なので、主な護衛はユフィ姐さんと兄になるとは思いますが」


 そう言ってナナが笑顔で返答するのを見て、続いてユフィを見てみれば緊張からか固まっていたので、脇腹を突いてやると「きゃっ」と言って俺を睨みつけた後、咳払いして自己紹介を始める。


「私は、皇女殿下と同級生になるユフィです。至らないところもあるかと思いますが、よろしくお願いします」


 やや普段より硬い声で頭を下げるユフィに皇女殿下は頷いた後、首を傾げた。


「その……聞いていいのか分からないのだけれど、ユフィは眼が見えないのかしら?」


 普段の明朗快活なソレとは違い、恐る恐ると言った感じで聞く皇女殿下に、ユフィは笑いかける。


「私の眼は少し特殊でして、閉じていても問題なく見えるんです」


「へぇっ、それは本当なの!?」


 ユフィの回答に驚いたのか目を見開いた皇女殿下が、その後しばらくの間ユフィの眼が閉じていても本当に見えているのかを試している内に、お茶会はお開きになった。

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