第7話 初登校

 外からチュンチュンと、小鳥が囀る音が聞こえて来る。

 

 カーテンの隙間から漏れた朝日が顔に当たり、思わず布団を引き上げながら2度寝の準備を――ドンッドンッドンッ。


「……」

 

 二度寝の――ドンッドンッドンッ。


「お兄ちゃん、今日は入学式だよっ!早く起きないと、遅刻しちゃうよ!」


「はぁ……今起きるよ、ナナ」


 最近全く情け容赦の無いナナにため息を吐きながら、部屋のシンクで顔を洗うと部屋の扉を開く……すると、真新しいセーラー服姿の2人が微笑んでいた。


「おはよう、お兄ちゃん」


「おはようございます、セン」


「あぁ、おはよう。先飯食っといて良いぞ。俺も着替えたら行くから」


「別に良いよ、私たちも待ってるから。ね?ユフィお姉ちゃん」


「そうですね」


 そう言って2人は、ヅカヅカと俺の部屋の中へと入って来るが……。


「俺、今から着替えるんだけど?」


 そう言いながらハンガーに掛けてあった制服を手に取るが、2人はまるで動じた様子がない。寧ろ俺が寝ていた布団に、我が物顔で座っている。


「はぁ……もういいや」


 半ば諦めながらジャージを脱ぎ捨て、サッサと制服へと着替えていく。


「お兄ちゃんって改めてみると、凄い傷だらけだね……」


 マジマジと俺の着替えを観察していたナナが、そんな感想を漏らす。……いや、どんな羞恥プレイだよ。


「別に騎士団の連中なんて皆こんなもんだろ、ジェイなんてもっと酷いぞ」


 そう言って笑いかけると、途端にユフィが渋い顔をした。


「それは、以前私がジェイさんに守られた時の当てつけですか?」


「いやいや、そう言う意味じゃないって。てかジェイのアノ時の傷は殆ど治ってるし」


 思わず焦りながらそう弁解すると、ユフィがクスクスと笑い始める。


 そんなユフィの姿に、初登校でテンションが上がってるんだろうな等と思いつつ、制服のベルトを締めた。


「うし、着替え終わったし飯食い行くか」


 部屋の中に忘れ物が無いことを確認すると、手提げ鞄だけ持って1週間暮らした部屋を出ると、階下に有る食堂へと向かう。……既に大きな荷物は寮へと送り付け済みだ。


「ビュッフェ形式って最初はテンション上がるけど、1週間も経つとマンネリ化して来て、正直飽きて来るんだよなぁ」


 到着した食堂には色々な種類の料理がテーブルに並べられていたが、この1週間で食い尽くした感が有り、結局悩んだ末に無難にパンとスープと肉類を取っていく。


「そうかな?私は毎日違うもの食べられて楽しいけどなー」


 そんな風に言うナナの皿の上には、今日はコンフレークが乗っかっていた。


「私は基本毎日パンしか食べないので、特に困りもしないですね」


 ユフィに関しては折角のビュッフェだと言うのに、毎日パンと果物だけを取っている。まぁユフィの場合そもそもの食が細いから、どうせ他の物でも多くは食べれないといった所なのだろう。……理由はボカすが、毎日牛乳だけは欠かさず一定量飲んでるみたいだが。


「何かよこしまな視線を感じた気がします」


 そう言ってユフィに睨まれるが、俺は即座にそっぽを向くと席を確保した。


「そう言えば、今日は皇女殿下の馬車がホテルまで来てくださるんだよね?」


 パンを頬張りながら、ナナが問いかけて来た。


「だな。昨日皇女殿下が急に言い出した時には、ビックリしたけどな」


 なんせ突然、「明日は3人と登校するから、準備をお願いするわ」と言い出したもんだから、周りの人たちは大わらわだった。


「最初センが、皇女殿下は子供の様な性格の人だ!って言ってた時には疑ったけれど……」


「案外当たってたよねー」


 ユフィとナナが向かい合って、クスリと笑い合う。最初は2人ともそんな訳ないって騒いでいた癖に……。


「何はともあれ飯食い終わったなら、2人はホテルの前で待っててもらっていいか?俺はフロントで鍵返してくるから」


 そう言うと俺は2人から部屋の鍵を受け取り、手早くフロントで返却して外へ出ると、そこには既にベンデンバーグ皇族の家紋が入った馬車が止まっていた。


「おはようございます、ロンさん」


「おはようございます、セン様。既にお二人は中でお待ちです」


 ロンさんに促されるまま車内に入ってみれば、一番奥に皇女殿下が、その両脇に2人が乗っていた。


「おはようございます、皇女殿下」


「おはよう、セン……昨日から思ってたのだけれど、皇女殿下は固すぎないかしら?」


 そんな風に言われて俺が微妙な顔をすると、ユフィやナナが既に同じような顔をしていた。……恐らく2人も同じことを言われたのだろう。


「なら、リーフィア様でいいですか?」


 動き出した車内でそう問いかけて見るが、皇女殿下の表情は優れない。


「それも言われなれてるわ。折角別の国に来たんだし、もっと馴れ馴れしい感じで呼ばれてみたいの」


 そんな我儘を言い出す皇女殿下……スリを働こうとしただけで首を撥ねようとする奴が、どの口で言うのやら。


「なら、リーフィアで良いか?」


 俺がそう問いかけると、ユフィとナナが目を見開いて俺を見る。いや、本人の要望だからな、俺は悪くない。


「んー、そうね。もっとあだ名とかでも良いのだけれど……ユフィとナナはどうする?」


 そう言って話を振られた2人は、俺とリーフィアの間で視線を彷徨わせる。


「えっと……私は、リーフィア様が良いかなぁ。リーフィア様は上級生ですし」


 悩んだ挙句ナナがそう言い、ユフィは更に困った様な表情になる。


「……私も、リーフィア様と呼んでよろしいでしょうか?」


 恐る恐ると言う感じで続いてユフィが尋ねると、リーフィアは腕を組んで暫く悩んだ後、頷いた。


「2人については、もっと仲良くなった時に改めて決めてもらおうかしら。どうせ同じ寮で生活するわけだし」


 リーフィアがそう言うと、2人はホッと胸を撫で下ろしていた。……まぁ、2人が多少変な呼び方しても、リーフィアは2人の事を気に入ったっぽいから大丈夫そうだけどな。


「そう言えば、新入生代表はリーフィアがやるのか?」


「ええそうよ、別に私はやりたい何て言ってないのだけれど、先方が気を利かせたみたいね」


 ふと疑問に思っていた事を尋ねてみれば、そう返される。まぁ他国――しかも大国の第一皇女が入って来るのに、それに挨拶させない馬鹿は居ないわな。と思った所で、そう言えばナナは今日入学式じゃない事を思い出す。


「ナナは、今日は授業も入学式も無いんだよな?」


「うん、中等部3年生からの編入だからね、お兄ちゃん達が入学式の間は、ミヨコお姉ちゃんに会って来るよ!」


 久々にミヨコ姉に会えるのが嬉しいのか、ナナは満面の笑みで言った。それを見てリーフィアが、首を傾げる。


「ミヨコって人とは会ったことが無いけれど、ナナのお姉さんなの?」


「ああ、正しくは俺とナナの姉だな。入学式が終わったら紹介するよ」


 護衛をするのに当たってミヨコ姉に手伝ってもらう事も有るだろうし、早くから親睦を深めるのに越したことは無いだろう。そもそもミヨコ姉は、リーフィアが入学するのに際して、学生目線で何か問題がないか確認するために入学したわけだし。


「あら、それは楽しみね。そう言えば貴方達兄妹とユフィはどの位の付き合いなの?」


「あー、大体5年位の付き合いだな」


「へー、結構長いのね?所謂幼馴染みたいな?」


「まぁ、そんなもんかなぁ」


 そんな風に、俺とリーフィアが主に話をしながら、たまにユフィやナナが相槌を打つのを繰り返していると、馬車が停車して扉が開かれた。


「リーフィア様、学園に到着しました」


 ロンさんが頭を下げながら扉脇に控えると、リーフィアがゆったりと馬車から降りていき、俺達もそれに習う。


「うわぁっ……」


 背後でナナが馬車から降りると同時、思わずと言った様子で声を上げた。それも無理は無いだろう。柵に囲まれた先――そこに見えたのは、城と見まごうばかりに巨大な学園の校舎が有ったのだから。

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