第4話 白城手前付近

 無事初戦を終えた事で前衛の2人も緊張が解れたのか、今は歩きながらも軽口を叩いてる。


「魔獣と戦ったのは初めてだったけど、意外と呆気なかったわね」


 先ほどまでは不安そうに瞳が揺れていたにも関わらず、そんな風に胸を張るシャーロットをどうイジってやろうかと考えていると、ニヤニヤとリーフィアが近づいて行く。


「だけどシャーロット、さっきまで震えてたわよね?」


「それはっ……逆に、リーフィアの不安が移っただけよ!」


「本当にぃ? 私はあんな小鹿の様に、震えてはなかったと思うのだけど?」


 そんな風に騒いでいる様子を見ると、遺跡に居ることを忘れそうなほど緊張感が無いが、今は戦闘後でハイになっているのだろうと放っておく。


「ねぇお兄ちゃん、私良くやったかな?」


 隣を歩くナナが、期待を込めた顔で俺を見上げて来た。


「ああ、今回もナナの槍は良く冴え渡ってたよ」


 そう言いながら頭を撫でてやると、ナナは口先を尖らせる。


「お兄ちゃんはまた、私の事を子供扱いする……えへへ」


 口では文句を言いながらも照れた様に笑うナナの髪を触っていると、後ろから圧を感じた気がして振り向いた。


「セン? 頑張ったのは私たちもなのだけど?」


「弟君、贔屓するのはズルいんじゃないかな?」


 そんな風にジト目でユフィとミヨコ姉に言われて、思わず頬を掻く。


「あー……二人ともよく頑張ってくれて、ありがとう」


 何となく照れくさくて視線もろくに合わせないままそう言うと、2人がクスクスと笑っている……敵わないな、本当。


 そんな事を思いながらも、一回深呼吸して気持ちを入れ替えて声を発する。

 

「取り敢えず、先程の戦闘でこの遺跡を問題なく攻略できそうなのは、皆にも伝わったと思う。だから、みんな怪我無く攻略を目指そう」


 そう告げると、改めて皆から了解の返事が返って来た。





 遺跡に入ってから、おおよそ2時間が経過した。


 本来であれば、それだけの時間が経過していれば、疲労感に襲われ始める頃だが、皆の顔に疲れている様子が無いのは、やはりユフィによるものが大きいだろう。


 他のパーティや魔物を避けつつ、必要な場所でのみ戦闘の指示が来る事や、休憩の見張り時にも、ユフィが居る事は大きな精神的な支えになっているだろう。


「悪い、ミヨコ姉、後ろに一匹流した!」


 目の前の猿型の魔物――パワーエイプの急所を貫きながら、上空を飛んで行った鳥型の魔物――ウインドバードを目で追う。


「任せて、弟君」


 ミヨコ姉がそう言った直後には、ウィンドバードは水の槍によって地面へ縫い付けられ――それをいち早く見つけたナナが、高速で駆け寄ると、止めを刺した。


「これで終わりかしら?」


 リーフィアが剣に付いた血を振り払いながら尋ねて来たので、俺は頷いた。


「周辺にはもう気配が無いからな……しっかし、本当ユフィ様々だな」


 今も近衛の一人を治療しているユフィを見ながら、そう呟く。


「お陰で、我々も良い訓練になってますからな」


 近くに寄って来たゼネットにそう言われ、リーフィアと一緒に肩をすくめる。


「そいつは、よかったな?」


「そうですな。この様な良い環境で皇女殿下と共に戦えて、部下達も喜んでいます」


 そうゼネットが言ってきたので、リーフィアが「堅いことは止めて」と手を横に振っている。


「そうそう、話が変わるのだけど中心部――白城への到着までは残り数十分といった所かしら?」


 時計と全貌が見える様になって来た巨大な白城を見比べて、リーフィアが問いかけて来る。


「そうだな、取り敢えず今回の戦闘分の魔石を回収し終えたら休憩して、その後の予定を確認するか」


 そう言って、魔石の回収を手早く行っていく。リーフィアやシャーロットも大分手馴れて来た為、思いの外スムーズに進んで行く。


 10分もしない内に全ての魔石を回収し終えると、シャーロットが気になった事があったのか、質問しに来る。


「事前に言われていた通り、魔石だけを回収して、他の皮を始めとした素材には手をつけてないけど、本当にこのままで良いの?」


 そう尋ねられて、思わず苦笑する。


「まぁ本来なら回収した方が良いんだが、回収しない理由の一つは手馴れてない俺達じゃ、素材を回収するのに手間と時間がかかり過ぎることがまず有るな」


 俺達の目的がまずは白城に行って天使に関する調査を行う事である以上、あくまで戦闘や魔石の回収はおまけで有り、せいぜい事前に払った宿代が稼げれば良いと俺は思っている……面子的にも金に困って無いしな。


「そしてもう一つの理由が、血の匂いを嗅ぎつけた魔獣と、連続した戦闘をしたく無いって理由が有る」


 俺達が大人数でいるせいで、魔獣が仕掛けて来る時も数が多くなりがちであり……必然広範囲に血の匂いをまき散らす事となった結果、ハイエナの如き魔獣が来るまでの時間は短く、数は多くなっていく。


「成程、そう言う理由が有ったのね」


 シャーロットが納得した様子で、再度魔石の回収へと戻って行った。


 ……実は、もう一つ理由が有って、単純に長時間の腑分け作業は血と臓物の匂いも相まって、慣れていない人間では精神的にも、肉体的にも疲労を感じる為、極力彼女たちにはやらせたくなかったと言う理由もある。


「セン、大体皆終わったみたいよ?」


 ユフィにそう言われて周辺を見回してみれば、皆が各々のバッグにピンポン玉程の、半透明の球体を仕舞っている事を確認した。


「んじゃ、場所を変えて休憩を取ったら、白城の調査と行きますか。おーい、皆集合!」


 そう言って大きく手を振って皆を集めると、付近の手ごろな岩場を見つけて休憩場所とする。


「予定より30分くらいは早く来れてるね? 弟君」


 ミヨコ姉にそう声をかけられて時計を見てみれば、確かに予定より大分早く移動が出来ていた。


「まぁ、全ては皆の頑張りのお陰だな」


「私達だけじゃなく、センがちゃんと戦闘の管理をしてくれてるお陰だけどね」


 そう言って近づいて来たユフィが、俺の隣に腰を下ろしながら、水の入ったコップを差し出してくる。


「ありがとう」


 感謝しながらコップに口を付けた所で……ミヨコ姉がジッと見てきている事に気づく。


「どうかした? ミヨコ姉」


 飲み切ったコップをユフィに返しながら問い返すと、ミヨコ姉はフルフルと首を振った。


「ううん、何でもなっ……」


 そう言った所でミヨコ姉の言葉が止まったので、視線の先を見てみれば、ユフィが俺の使ったコップで水を飲んでいる。


 ……いやいや、今更間接キスなんて。


 そう思ったのだが、心なしかユフィの頬まで赤い気がして来て――しかも水を飲んでるユフィの唇や、水を飲み下す白い喉が妙に艶めかしく見えて、俺まで何となくソワソワして来る。


「……ちゃん、お兄ちゃん!?」


「うおっ」


 ボーっとしてたところで、ナナに大きな声をかけられたので驚きながら振り返る。


「ど、どうかしたのか? ナナ」


 そう尋ねると、ナナが目を細める。


「お兄ちゃん、怪しい。何か誤魔化してるでしょ?」


「いやいや、そんなバ、バカな事ある訳ないだろう?」


 そう言って取りつくろうと、ナナが1つ大きなため息を吐いてゼネット達の方を指さした。


「ゼネットさんが白城に入る前に、もう一度確認したい事があるんだって」


「あ、ああ。わざわざありがとう、ナナ」


 どこか呆れた様子のナナを置いて、俺はそそくさとその場を離れた。

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