チート主人公からヒロインを奪って、異世界で幸せに暮らしたい~放っておいたらヒロインは皆バッドエンド確定~
猫又ノ猫助
第1章
第1話 転生したと思ったら、最初からストーリーが重いんだけど?
「ふざけんなよ……」
PCモニターの液晶だけが光る部屋の中で、俺は思わず怒りに肩を震わせる。
「何で……」
そう
「何でツンデレ幼馴染が、不細工伯爵の嫁に行かなきゃいけないんだよ!」
それはもう、魂からの叫びだった。
一緒に冒険に行き、お互いに
加えてこの作品、幼なじみだけに留まらず、最も親密になったヒロインによって様々なBAD ENDをプレイヤーに強要してくる。
幾らこのゲームのうたい文句が、『1万通りある不幸から、たった一つの幸福へとつながる道を見つけ出せ』というものだとしても、まさか馬鹿正直に1万通りもBAD ENDを用意していると考えていたユーザーは一人もいないだろう。
実際SNS界隈では、ゲームの攻略においてちょっとした有名人である俺を含め数多の猛者(ゲームジャンキー)達がこのゲームのクリアに挑戦するも、皆撃沈。
妹系後輩キャラも、銀髪シスターも、隣国のお姫様も、魅力的なヒロイン達が片っ端から不幸になる様子を見せつけられて、メーカーへの怒りは既に限界突破していた。
「……Tritterはどうなってんだ?」
一旦ゲームのウィンドウを閉じて、有名SNSサイトを立ち上げ作品名を検索すると、案の定公式アカウントは今日も大炎上していた。
発売から二か月経っても未だにクリア者が出ないこのゲームを制作したメーカーへのヘイトを溜めた書き込みが大半を占める中で、チラホラと別の物に対するヘイトも目に入って来る。
――このゲームの主人公マジで糞過ぎる!
――ぶっちゃけ主人公より、他の男キャラの方が100倍かっこいい件について
そんな、ざっくり言えば主人公批判だ。だがこれはゲームをプレイした俺自身も感じていた……この作品の主人公ははっきり言って糞だ。
何の理想も信念も無く、無駄に強力な力を使って事件ばかり起こしては、状況を引っ掻き回して周りに迷惑をかける。
――ヒロインが不幸になるのも、ほとんどはコイツが役立たずなせい
であるにも関わらず、古代の呪文やら最強の聖剣やらを持っているせいで、NPC達から崇められるんだからたちが悪い。
「はぁ……取り敢えず俺もお祭りに参加して気晴らしでもするか」
ため息を吐きながらマウスを操作して、公式アカウントをクリックしようとした所で、見慣れないバナー広告が出ている事に気づく。
――彼女たちを救いたくは無いですか?
黒い背景に真っ赤な――血の様に紅い文字だけが浮かび上がった、不気味な広告。
「なんだこれ、新作のブラウザゲームか?」
消費者の関心を引くために、昨今では突飛な宣伝方法をとるゲームも増えて来てるが、キャラの画像もゲームの内容さえも書かれて無いんじゃ、その広告が指している“彼女たち”が誰かすらも分からない。
だが俺は、そんな怪しすぎる広告を興味本位で押し……すぐに、その事を後悔した。
「な……んだ、これ」
体から急速に何かが吸い取られる様な感覚に恐怖を覚えて、急いでスマホを掴み取る。
「っ、だ……れか」
助けを呼ぼうとスマホのロックを外して操作している間にも、意識が混濁し始め、スマホが手から滑り落ちてしまう。
「た……すけ」
それでも何とか力の限り扉へ手を伸ばした所で、俺の意識はブツリと途切れた。
◇
「うおっ」
思わず声を出して跳ね起きながら大きく息を吸い、自分の体の感覚が実感できる事に
直前に味わった心身の喪失感は、圧倒的な恐怖以外の何物でも無かったから。
「って、この服はなんだ?」
まるで病院の入院患者が着るような――真っ白な検診衣を着せられている事に疑問を感じ、それと同時に服を引っ張った自身の手が小さく、ふっくらとしている事に気づく。
ペタペタと顔を触ってみれば、肌はモチモチとした触感をしており、骨ばっていた顎のラインもどこかふっくらしている気がする。
「夢――明晰夢ってやつか、コレ?」
ネットで聞きかじった程度の記憶だが、普通の夢とは違って当人がはっきりと夢だと自覚していて、自由に動き回れる夢をそう呼ぶとネットで聞いたことがあった。
「でも俺は赤の他人--しかも子供になりたいなんて願望は別に無かったけどなぁ?」
そう言いながら手を何度か握り直したり、しゃがんだりして妙に調子の良い体を確かめた後、周囲を見回してみると、強い違和感を感じた。
「んん?」
違和感の正体を探るために部屋の中――ズラリとベッドが並べられ、その上に10歳前後の少年少女たちが寝かされている様子を見た。
「あれは、首輪か?」
どこか見覚えのある首輪をじっくりと観察しようと、近くに横たわっている少年の首元を覗き込もうとした所で、近づいて来る足音に気づいた。
「やばっ……オレ以外は皆寝てるみたいだし、取り敢えず寝たふりしとこ」
そんな言い訳を言いながら、夢の中で寝たふりをするのも変な話だが、夢とは理不尽なもので、足音がするスライドドアの向こうから突然エイリアンが現れたとしても不思議ではない。
だからきっとこの行動には意味がある、多分。
――ウィン
すこしサイバーチックな音を立てながら自動ドアが開くと共に、男たちの話声が聞こえて来た。
「あー、今回はどいつを使徒化の実験に使うんだったっけ?」
「ちゃんと資料読んどけよ、まずは検体1075番だろ?今日中に1080番までやる予定なんだから、手早くやるぞ?」
「あーそうだったか、おい起きろガキ」
そう言って男がゆっくりと近づいて来て……隣の少年の頬を叩くのを薄目で確認すると、俺は思わずため息を吐きかけて慌てて息を飲み込む。
「た、たすけて」
「おら、暴れんなっ」
男に無理やり立ち上がらされ
「……検体?」
あまり聞きなれないその言葉を頭の中で繰り返しながら、自分のベッドわきに取り付けられたプレートを見てみれば番号は1076と書かれている。
そして更に隣の茶髪の少女の番号を見た時――俺は雷に打たれた様な感覚に陥った。
「検体番号1077、真っ黒い首輪、それに使徒化……完全に、『ブレイブ・ブレイドファンタジー』の設定じゃんかっ」
寝る前にプレイしていたゲーム、『ブレイブ・ブレイドファンタジー』の中のヒロイン――隣で寝ている少女の回想シーンで全く同じ景色を見たことが有った。
「それにしても、このベッドの手触りまるで本物だな」
そんな風に思っていた所で、ふとオタクとしての性が胸の中に芽生えて来る。――そう、ヒロインの顔を間近で拝みたくなったのだ。
何時も
「っしょっと」
自身の身長位の高さがあるベッドから降りて、少女の方へとなるべく音を立てない様にしながら近づいていく。
――ドクンッ
そして俺は、自分の心臓が跳ねる音を初めて聞いた。
彼女を初めてみた感想は、一目惚れなんて生易しいものでは無い。
心臓を握りつぶす勢いで、彼女に心をわし掴みされた。
やや切れ長な目、スッと伸びた鼻筋、幼さのせいでやや丸みを帯びた顔だち、少し癖の付いた栗色の髪――そのどれもが完璧に計算されて作られた芸術品のようだ。
その場で拝みそうになる気持ちを抑えて更に近づき、少女の髪に触れようとした所で、パッと少女の大きな瞳が開いた。
「すいません、そんなつもりは無かったんです!許してください!」
思わずその場で鮮やかな土下座を決めると、少女は周囲を見回した後、近くに居たのが俺である事を確認すると、目に見えて肩を落とした。
「お姉ちゃんじゃ……ない?」
「何を……って、あぁ。ミヨコさんと勘違いしたのか」
彼女が幼いころにゲーム内で慕っていた、ミヨコさん――345番の事と気づき口走ると、少女が俺の肩をガッと掴んだ。って、顔近い!
「お姉ちゃんを知ってるの!?」
悲痛な――むしろ悲鳴とも言うべきその声に、俺は胸を抉られるような感覚を覚える。
「知っては居る……けど」
「会わせて!お姉ちゃんに会わせて!」
瞳に涙を溜めて叫ぶ少女に、ゲーム内の彼女のイベントシーンと、これから起こる悲劇を思い返す……。
ゲームの中で少女は姉と慕う女性と一度引き離された後、数年後にやっと再開できたと思った時には……敵同士となっていた。
プレイ中はこれ程までにリアルに描写されていなかった為耐えられたが、目の前で泣きつかれるのは、キツいものがある。
「私は……私は、どうなってもいいの。だから……」
必死に涙を流しながらそう訴える彼女に、俺は眠る前に見た広告を思い出す。
――彼女たちを救いたくは無いですか?
ギリッと、奥歯を噛みしめる音と共に、口の中一杯に血が広がる。
どうせ夢の中の話だ……起きてしまえば忘れる様な記憶だ、そう思っていても俺は許せなかった。
本来の彼女は
――このままで良いのか?
良いわけが無い。だが俺に何ができる? ただのゲーマーなだけの俺に。
――それならお前は逃げるのか?
……逃げられるわけがない。
俺は彼女たちを心底愛していたからこそ、その不幸な結末に苛立ちを覚えたのだから。
――どうせ夢だから意味が無いと思ってるのか?
意味の有る無しだとか、どうやって助けるかだとか、そんな理屈っぽい話じゃない筈だ。
――このまま彼女達が悲劇に見舞われるのを、お前は黙って見てられるのか?
黙って見てるなんてこと……出来るわけねぇんだよ! 俺は、皆を幸せにしたいんだ!
そう心が叫んだ時には、少女に返事をしていた。
「安心しろ、俺が全て救ってやる。だから泣き止めよ、ナナ」
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