第6話 秘密の書斎と有資格者

 中央に続く道を焼き払ったせいで、床が歩ける様な状態では無くなったため、皆で相談の上自動修復されるまでの間は、別の通路をマッピングすることになった。


 幾つかの戦闘を繰り返しながらもダンジョン内の地図を作成している内に、地図上に奇妙な空白が有るとユフィに言われて、全員で入念に調べていると……壁に偽装した隠し扉を発見する。


 わざわざ偽装する位だから、中には宝物庫でもあるのかと考えていたが……残念ながら扉の先に有ったのは、こじんまりとした書斎だった。


「まさか、こんな部屋が隠されていたなんてね」


 リーフィアが室内に置いてある表紙の破れた本を確認しながら、そう呟く。


「まぁ、普通に探索しているだけじゃ気づかないわな……そしてこれだけ物が残ってる所からして、長い間発見されていなかったのは、間違いないだろ」


 他の冒険者がこんな場所を見つけていたら、室内の物は軒並み持ち出されているだろうし。


「そうね……話変わるけれど、同調魔術がまさかあんなに強力だったとは知らなかったわ」


 本を一旦机に置きながら、リーフィアが先ほどの戦闘を思い出したのかそう言葉を漏らした。


「まぁ射程は短いが、威力だけなら雷竜の咆哮より高いからなぁ。しかも燃費は半分以下で済む」


 雷竜の咆哮――雷系最上位に位置する術式より威力が出る上、効率がいいと聞いて驚いた顔をする。


「確かに凄まじい威力だったものね……でもそれだけ便利なのに学院でも習わないし、使ってる人も殆ど見ないのは何故?」


 そう言いながら俺達同様に室内の調査をしている近衛の方を見て、首を傾げた。


――強さに対してシビアな皇国で使われていないことに、思わず疑問を覚えたのだろう


「それは、同調魔術には幾つもの制限があるから……そうよね? セン」


 古代文字で書かれていた本の解読を進めていたユフィが、本から視線を上げてそう補足してくれる。


「ああ。 だが俺達の場合は制限以前に、ユフィ抜きじゃ形に成らなかっただろうしな、感謝してるよ」


 夏休み前から、シャーロットと同調魔法を練習し始めてからというもの、意識の同調をはかる為に、ユフィには精霊眼を駆使していつも手伝ってもらっていた。


「ところで、ここの本を読んでいて何か分かった? ユフィ」


 そう尋ねると、ユフィは難しい顔をした。


「正直、私も古代文字に関してはそこまで詳しくないから、一部の文節が理解できた……ってくらいね」


「いや、それでも十分凄いと思うけどな」


 肩をすくめながら、ユフィの文字への造詣の深さに感服する。


 この書斎に置いてあった本は全て、現代使われている文字とは異なる古代文字で記載されており、ユフィ以外の人間には何が書いてあるかさっぱり分からなかった。


「そう言えば古代文字と言えば、以前古書店で古代文字の書かれた紙かなんかが売ってたよな? ここにある本、数十冊の値段とかって考えると結構するのか?」


 以前ユフィと立ち寄った書店に、古代文字の記載された紙片がガラスケースに入れられ、結構な額で売っていたのを思い出し思わず尋ねた。


「ええ、好事家が一定数いるから、ここまで本としての体裁が整ってるってなると、全部合わせれば王都に家が建つレベルだと思う」


 そう言われて、思わず目を見開く。


 王都に戸建てを立てる為に必要な額は騎士団で数十年働いた金額位――数億は必要だろう。そんなものが無造作に転がっている事に思わず生唾を飲むと、ユフィにジト目をされる。


「はぁ……セン、そんなにお金に困って無いでしょ? と言うか書斎を見つけた時に、皆で一旦学園に提出するって話になったじゃない」


 呆れた様にユフィにそう言われ、思わず頭を掻く。


「いや、まぁそうなんだけどな……しかし、そこまで価値が有るってなると、お手柄だな」


 目に見えて分かりやすい宝の類では無かったが、金額的には間違いなく一財産だ。加えて、俺達がこのダンジョンを潜った目的に繋がっているかもしれない。


「ありがとう……ただ気になるのは、皆を呼ぶ前に私がこの部屋の扉を開けようとした時にはどうやっても扉が開かなくって、センなら開けた事ね」


 ユフィが言った内容に、俺とリーフィアは思わず首を傾げる。


「……どういうこと? 確かこの部屋を開けたのはセンだったけれど、センは鍵か何かでも持っていたの?」


 そうリーフィアに聞かれて、首を横に振る。


「いんや、普通に扉を押したら開いたと思ったが……」


 そう言いながら首を捻っていると、ユフィが同意する。


「そうなのよね、センなら扉がすんなり開いて凄く驚いた」


 それを聞いたリーフィアが暫く悩んだ後、考えを口にする。


「……状況をまとめると、センにしか開けられない扉が有るって事?」


「それはまだ分からない。けど、ここに置いてある本には一つの共通点が有って……」


 そこで言葉を区切ると、少しためらう様に本の中の1単語を指さしながら、ユフィが言った。


「多分、これは天使に関する内容が書かれた本だと思う」


 そうユフィが告げた瞬間感じたのは、当初の目的を成し遂げた喜びよりも、何か得体のしれないモノに背中を撫でられた様な、うすら寒い感覚だった。





 その後、扉について何回か検証を重ねた結果、単独で扉を開けられるのは俺、ナナ、ミヨコ姉だけで、一緒に入室する場合なら他の人でも扉を開けられる事、書斎の中に俺達が居た場合は誰でも開けられる事などが分かった。


「まさか、一発目のダンジョンから当たりを引くなんてな……」


 思わずそう零しながら、今はリビングメイルを焼き払った中央通路を進む。


「天使の因子に反応してるって言うのは……ちょっと怖いなぁ」


「確かに、不気味ではあるよね」


 ミヨコ姉がポツリと呟いた言葉にそう返すと、隣を歩くナナがグッと力こぶを握る。


「でも、今回の本を調べれば何かわかる事があるかもしれないから、皆で頑張ろ!」


 隣を歩くナナがそう言って俺達を励ました所で、3方向に分岐する扉が現れた。


 それを確認した前衛のシャーロットが、俺の方を振り返り聞いて来る。


「まずはどの部屋から先に調べる?」


「……取り敢えず、余力の有る内に一番大きな正面の扉から調べよう」


 そう俺が言うと、シャーロットが扉に手をかけて開けようとするが、すぐに俺の方へ振り返り首を横に振った。


「これ、さっきの書斎の扉と同じで、私じゃ開けられないわ」


「了解、じゃあ俺が開けるからちょっと下がっててくれ」


 そう言って、リーフィアとシャーロットに下がってもらい、金属製の扉へ手をかけた所で、どこからか声が聞こえて来た。


――汝に資格は、ありやなしや


 その声に不気味な物を感じ、皆の方へ振り返ろうとした所で……体を拘束された様に動かない事に気付き、咄嗟に足元を見てみれば――転移魔法陣が描かれている。


 無理やり破壊するかっ……そう判断して、腰に差したブースターに手をかけた所で、ユフィの叫びが聞こえて来た。


「センッ、リーフィアッ、シャーロットッ」


 その声を聴いてまさか2人もっ、そう思い拘束された体で無理やり背後を見てみれば、俺の一番近くに居たリーフィアとシャーロットの足元にも、魔法陣が展開されているのが見えた。


「ユフィッ、戻ってギルドと学院に連絡を――」


 そう告げた所で、俺の体は先ほどまで居た遺跡から別の場所へと転移させられていた。

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