第17話 ビンタの味
シャーロット・ヘイズ――ヘイズ侯爵家の令嬢で、雷の申し子と呼ばれる雷魔法の使い手。扇を使った近接格闘もこなすため、ゲーム内ではスピード特化の戦闘タイプだった。
彼女はその傲慢な態度から天才型の人間だと思われがちだが、その真逆で完全な努力型。
真の天才である主人公が近くに居たため、それに追いすがる様に血の滲む様な努力をしてきた経緯がある。
「駆けろ雷撃十連」
シャーロットが言葉を紡ぐと同時、彼女の周囲に10個の魔法陣が浮かぶ。同時展開されたというのに、いずれの魔法陣にも破綻は無く安定している。
そんな彼女の魔法陣を見た生徒たちが、途端にざわつく。
「雷矢っ」
言葉と共に放たれた雷矢は、10本で1つの束となり的へ直撃すると、半ばからへし折った。
「うおおお、すげええ」
「魔法の矢の同時展開、しかも10本なんてこの学園でも出来る人間少ないんじゃないか?」
そんな喝采がクラスメイト達から上がり、ウィング先生も拍手して褒めたたえる。
「ふん、私にかかればこんなモノよ」
そう言ってシャーロットが腰に手を当て、天狗になっている。
「はいはい、凄いな」
俺も皆に合わせて拍手するが、シャーロットから睨まれる。
「なによ、今の見ても私よりアノ先生の方が凄いって言うの?」
そうやって指さすシャーロットに、ウィング先生は苦笑している。
正直、先生には同情してしまう。何せこの世界はなんだかんだ言っても、ギャルゲーの世界だ。
ウィング先生なんて名前も出てこなかったし、シャーロットはメインヒロインの一人だ。潜在的な魔力量や伸び代を比べれば、圧倒的にシャーロットの勝利ではある。
現状を比べるにしてもウィング先生には、今シャーロットがやったのと同じ威力を出すことは、魔力量的にも資質的にも難しいだろう。
「はぁ……確かに、お前は凄いよ。ただ当たった的を見て見ろよ」
そう言うと皆が一斉に的を見る、シャーロットが打った的はその威力からか、鉄製の的であるにも関わらず各所が凹んでいた。
「私の方が、威力が有るって事かしら?」
「違う、その当たった場所だ」
シャーロットが打った雷矢は、10発中4本が的に、2本が支柱に、他4本は有らぬ所に飛んでいた。一方ウィング先生が打った雷矢は的のど真ん中に当たっている。
「で、でも、そもそも同時展開と1本だけじゃ精度が違うの何て当たり前よっ」
「まぁな、だけどお前じゃ10回やって真ん中当たるのは良くて5割ってとこじゃないか?」
「ぐっ」
本人もその事は認識してるのか、言葉に詰まった。
「別にお前が凄くないと言いたい訳じゃない、ただ人の事を尊敬出来ない奴は成長しないってだけだ。後、世の中ヤバい奴なんて腐るほど居る」
そんなの主人公の近くに居たシャーロットが一番分かっているだろうが、だからこそ主人公以下の存在は、彼女の中では皆大したことない様に見えてしまうのだろう。
「ふ、ふんっ。まぁ先生の事は認めてもいいけど、貴方はどうなのよ?」
そうシャーロットが問い詰めてきて、周りの連中も皆それに頷いていた。
ヤバい、ご高説を垂れ過ぎて他の奴からもヘイトを買ったっぽい。
正直、余り授業を真面目に受ける気は無かったが、教員と言う仕事に真剣に取り組んでいる人を馬鹿にしている姿が見てられず、思わず擁護してしまった。
「あー、俺の事は良くない?」
「良くないわ。それとも、自分は大した事無いのにあんな偉そうなこと言ったのかしら?だとしたらお笑い種ね」
その人を見下した態度にカチンと来ると、俺は的の位置も碌に確認せず、指先を構える。
「駆けろ雷撃三連、雷矢」
――ダンッッッ
言葉を紡ぐと同時、一発の音が響き渡り、7m先の的に着弾した。
「ん?一発しか音がせんかったで?どういうこっちゃ?」
ティガースがそう言って首を捻っているのと同じように、他の生徒達も疑問に思っているようだったが、的を見て体を震わせているシャーロットは気づいた様だ。
「っ、どういう事よ!」
言葉と同時にシャーロットが詰め寄ってきて、俺の胸倉を掴む。身長が低いため背伸びしているのはご愛敬だ。
「あんな事、お父様でも難しいわよ!なのにアンタは……」
「シャーロットちゃん、そない怒るもんや無いで。後センはんは、何をやったんや?」
俺が胸倉を掴まれながら頭を掻いてそっぽを向いてると、シャーロットが睨みつけて来る。
「コイツはね的を碌に確認もしないまま、ど真ん中に1発に聞こえる様な速度で、全く同じ個所へ3連射したのよ……そのせいで的に穴が開いてるわ」
そう聞いて、一部の生徒達が訓練場の的へと走って行く。
「皆さん、射撃場の中に入るのは危険ですよっ」
ウィング先生がそう止めるが、その後も射撃場の中に生徒が入って行き……戻って来た生徒達が俺の方を見てヒソヒソと話をしていた。いや、そんな珍獣を見る様な目をすんな。
「やっぱ皇女殿下の近くに居るだけあって、センはんは凄い人なんやな?」
しみじみとティガースがそう言うと、シャーロットは眼を吊り上げてそっちの方を見た。
「はぁ?皇女殿下って誰の事よ?」
シャーロットが何を言ってるんだと言う顔をしているから、代わりに俺が答えてやる。
「リーフィア・ラ・ベンデンバーグ第一皇女だよ。良かったな、お前も今日から皇女殿下のご学友だ」
「……本当に?」
「ああ、マジだ」
信じられないと言う顔を、シャーロットがしている。
まぁ確かに入学式にも出てないコイツが驚くのも、無理は無いか。
「で?」
「あん?」
「それで、結局こんな事が出来るアンタは何処の誰なのよ?」
鋭い瞳でシャーロットに睨まれて、そう言えば自己紹介していなかったことを思い出す。
「俺の名前は、セン・アステリオス。今は皇女殿下のお付き見たいなことをやってる」
「アステリオス?アステリオス……」
そう言いながら暫く考えていたシャーロットが、目を見開く。
「天空騎士団の最年少騎士で、閃光っていわれてるアノ、セン・アステリオス?」
「アノって言われても分からんけど、まあ肩書は有ってるな」
答えると同時、他の生徒までが俺を驚いた眼で見て来る……まぁ、この国での天空騎士団の知名度半端ないからな……団長に至っては、国王様より顔知られてそうなレベルだし。
「そう、そう言う事だったのね、だから……」
「もしもし?シャーロットさん?そろそろ離してくれませんかね?」
ぶつぶつと何やら言い始めたシャーロットに、何か不穏な感じを覚えて声をかけるが、聞き入れられない。
そして案の定、シャーロットが勢いよく右手を振り上げた。
「人をバカにすんのも、大概にしろ!」
その言葉と共に、乾いた音が訓練場全体に響き渡った。
◇
今日最後の授業であった雷魔法入門が終わり、皆と腕時計型端末――ミレーヌウォッチャーで連絡を取り合った後、食堂で皆と顔を合わせた所、腫れた左頬の心配をされたので、先ほど起こった事件について洗いざらい話をした。
「ふふふ、私たちと離れている間にそんな事があった何て」
「……はぁ、センもやりすぎ」
リーフィアは俺の事を見て改めて笑い、ユフィは俺に完全に呆れている。
「私もどっちかと言うと、ユフィお姉ちゃんに賛成かなぁ。もし自分だったらって考えると、背中が痒く成って来るもん」
「私は弟君が心配だよ、その人に今後も弟君がイジメられないかどうか」
「いやいや、ミヨコお姉ちゃんは心配し過ぎだよ。お兄ちゃんがイジメられるのなんて想像できる?」
そうナナに言われて想像してみる……割と俺、天空騎士団だといじられてた様な……。
「イジメというか、センがいじられるのは普段通りじゃない?」
「「「確かに」」」
ユフィが言った事に皆がハモるのを見て、俺は思わず拗ねながらもカレーうどんを啜った。
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