第10話 黒炎の天使

「敵が……来るっ」


 ユフィの声を聴くと同時、俺達は走るスピードを上げた。


「人数は?」


「6人……でもこの感じ、本当に人間なの? 1人を除いて人間らしい感情が、まるで感じられ無い」


「って事は、恐らく奴らか……」


「お兄ちゃんが前会ったって言ってた、仮面の人たち?」


「……あぁ、多分な」


 先頭を駆け抜けるナナが聞いて来たのに対し、複雑な気持ちになりながら返答する。


「事情が分からんが、城の衛兵に追われてるという事かの?」


「いや、恐らくは衛兵とは別の奴らだが……こんな所でドンパチしたら、城の連中にもバレるな」


 そう漏らしながら、考える……このままじゃ、アイツラと戦ってる最中に衛兵にも囲まれて、人数で圧殺されるだけだ。


「接敵まで1分っ」


 そうユフィが叫ぶ。


 時間は無い、そして未だ城から距離も取れてない……打開する方法が、思いつかない。


――その時、遠くで雷が光った。


 雨、雷鳴……そうかっ。


「皆、俺を置いて先に逃げろっ!」


 足を止めそう叫ぶと同時、宝玉のはまったナイフを抜き放ち、魔法陣を展開していく――今必要なのは、展開速度より威力だ。


「お兄ちゃん、何を言ってるのっ? こんな状況で、置いてなんて行ける分けないよっ!」


 ナナが悲痛な声でそう叫ぶが、そこに両目を開いたユフィが割って入って来て俺をジッと見た後、問いかけてきた。


「……セン、絶対に戻って来るって約束できる?」


「ユフィお姉ちゃんっ? 何を言ってるの?」


 ……どこまでも透き通ったユフィの瞳が、俺の両眼を見て来る。


 それに対し、俺は心の底から答えた。


「当たり前だろ……多少の無茶はするかも知れないが、絶対に戻るよ」


 全身の魔力を集中させながら、2人に笑いかけた。


「……帰ってこなかったら、許さないから」


 ボソッとユフィが呟くと、ナナとガドックに向けて叫ぶ。


「2人とも、ココはセンに任せて皆と合流しましょう」


 言うと同時、ユフィが走り始め……ガドックが「武運を」と告げると、走り始める。


「ナナ、お前もユフィ達と一緒に行け」


 ナイフの宝玉へと術式を充填し終え……開放のタイミングを計る。


「お兄ちゃん……私は、ユフィお姉ちゃんじゃないから、お兄ちゃんの考えてることは全然分からない……だけどっ」


 雨なのか、涙なのか分からないモノを瞳にたたえながら、ナナが叫んだ。


「信じてるからっ、私たちを救ってくれたお兄ちゃんを、信じてるからっ」


「……ああ、お兄ちゃんに任せろ」


 そう告げると、ナナが走り始めた。


 直後、左右を木々に囲まれた、開けた大通りに6人の人影が舞い降りる。


――パチパチパチ


 人影の中の1人――以前も会った白いスーツ姿の男が、乾いた音を立てる。


「いやあ、素晴らしい自己犠牲精神ですね。あなた一人で私たち6人と、戦闘音を聞きつけた衛兵達を相手取る気ですか?」


「いいや、そんな面倒な事はやらねぇよ……」


――術式解放


 編み上げた術式を宝玉から、展開する。


――雷竜の咆哮っ


 キーワードを紡ぐと共に、頭上に雷竜のあぎとが形作られ……雄たけびを上げると、特大の雷撃を放った。


「っ……、何を?」


 スーツ男たちが雷撃に対し身構え……しかし、遥か頭上を閃光が通り過ぎて行き、それは起こった。


 轟ッ、と大気をつん裂く音と共に城壁に雷撃が突き刺さり、連鎖して天から稲妻が降り注ぐと、あたりを照らし上げた。


 光が収まった時……そこには、一部が欠けた城壁と、突然の火災に慌てふためく衛兵たちが居た。


「クククッ、成程っ。自身の雷撃で雷を誘発したわけですか。……やはり面白いですね、貴方は」


 そう笑いながら言うと、男は大仰な仕草で一礼する。


「申し遅れました、私は「天ノ御子開発機関」所属、ガイゼル・バレンティンと申します。以後お見知りおきを」


「はっ、お前の名前なんて興味ねぇよ……どうせお前はここで死ぬんだからな」


「ははは、どこまでその減らず口が叩けるのか見物ですね」


 ガイゼルがそう言うと同時、槍を構えた仮面の女が前へと出て来る。


 だがその姿は後ろに控えた4人も含め、以前会った時とは違っており、背中からは骨組みだけの歪な翼を生やしている――その姿はまるで、ゲーム内でナナが使徒化した時の様だった。


「随分と、無茶をするな」


 苦々しく――痛ましくその姿を見るが、一方でガイゼルは喜悦の笑みを浮かべる。


「あぁっ、どうやら君には私の研究が理解できている様ですね。いやあ、ここまで成長させるには苦労したんですよ……何せ、ちょっとやそっとじゃ深度が深まらなくてですね」


 クツクツと笑うガイゼルに嫌悪感を覚えると共に、彼女たちが受けただろう拷問を想像して吐き気を覚える。


「泣いて、叫んで、狂って、壊れて……まぁ大変でしたが、一応モドキにはなったかなと思いましてね」


「外道が」


「ははは、そんなに熱烈に見つめられると困ってしまいますよ。そう言えば、私も結構苦労したんですよ? 自分の腕を生やすのに」


 そう言ってガイゼルが見せた腕は、浅黒く変色してはいたが確かにくっ付いていた。


「……そうかよ、なら今度は両腕とも置いてけよっ」


 叫ぶと同時、ナイフを抜き放ち、投擲する。


 しかし高速で飛来するナイフに対しガイゼルは微動だにせず、槍を持った仮面女が弾き落す。


「さぁっ、進化した彼女たちに、貴方はどれだけ付いてこれますか!」


 男の言葉を合図に、仮面女が槍を持って高速で接近して来る――その速度は……雷王装填したレーナ先輩をも凌ぐ。


「うらあっ」


 矢継ぎ早に繰り出される槍をナイフで弾き、躱し、受け止め、受け流す。


 以前よりも洗練された技術、速度で繰り出されるそれらは正面から打ち合えば、打ち負ける程に重く、鋭い。


 しかも高速の戦闘の中でも仮面女は確実に俺の間合いの外――ナイフの間合いの外から、的確に攻撃してきていた。


「……俺への対策をして来たって事か? だが対策したのは、お前らだけじゃねえぞ」


 言葉と共にナイフを仕舞い、ジェイから贈られた刀を抜き放つと……刃が雨を切り裂いた。


「いくぞっ」


 言葉と共に全身へと魔力を張り巡らせると同時に駆け出し、斬撃を打ち放つ。


「……っ」


 直撃する寸前、槍で防がれるが、両腕で放たれた斬撃に力負けした仮面女の顔が歪むのを見て、高速で斬撃を重ねていく。


 手首、足首、脇腹、腿……あらゆる角度、あらゆる場所に向けて斬撃を放つと、次第に仮面女の反応が遅れて来る。


「はぁっ」


 気合と共に一際強く振るった一閃は、仮面女の槍を大きく弾き返した。


――仕留めるっ


「顕現しろ雷轟四閃っ、雷槍」


 上空に顕現した雷槍が即座に撃ち出され、轟音を上げながら隙を晒す仮面女に向けて吐き出される。


 防御魔法も間に合わず、周囲も反応する事が出来ない、必中の一撃――しかしそれは直撃する寸前で、突如噴き上がった真っ黒い炎に飲まれて消えた。


「あれは……」


 全身に漆黒の炎を巻き上げ、近づいて来る仮面女の姿に、ゲーム内のナナを……取り返しがつかなくなってしまったナナを幻視する。


――ああっ、糞野郎がっ


 そう内心で叫びながらガイゼルを見てみれば、まるで悪魔の様に口の端を吊り上げて、笑っていた。


「さぁ、第二ラウンド開始ですよ」

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