第17話 爆発しちまえ

 ユフィと別れた俺は、天空騎士団の拠点に戻り、団長の執務室へと再び向かっていた。


――コン、コン、コン


「誰だー?」


 いつも通り間延びした団長の声が聞こえて、返事を返す。


「センです」


「おっ、もう帰って来たのか。入っていいぞ」


 声に促されるまま、「失礼します」とだけ言って扉を開けると、中には団長と大量の書類だけになっていた。


「べノン姐さんはどうしたんですか?」


 思わず疑問に思い訪ねてみると、団長は渋い顔をした。


「団員連れて飲みに行ったよ、ったく俺は仕事溜まってるってのによ」


「あー」


 執務室の窓から見える空は既に赤く染まっており、直に暗くなる頃だろう。


 そんな時間にもなれば、ウチの酒好きが多い隊員たちは、速攻街に繰り出すことは想像に難くない。


「まぁそんな事は良いんだよ、先方からの返事はどうだった?」


「返事は明日の昼に貰える予定です。……ただ、先方は報酬について気にされてるみたいで」


 俺がそう言うと、団長は渋い顔をする。


「成程な……、まぁ俺達は一般からも依頼を請け負ってはいるが、その額は数日、数週間ともなれば容易な金額でも無いしな……。それで、お前は何か代案でもありそうな顔をしてるが?」

 

 何処まで話していいかを悩んでいた俺に、団長が問いかけて来る。……抜けている様に見えて、本当にこの人は鋭い。


「自分の案としては、報酬代わりに一人のシスターを嘱託として働かせてはどうかと思ったんですが……」


 そう提案すると、団長が腕を組みながら天井を見上げる。


「別に嘱託として人を雇うのは良いが、そのシスター、使えるのか?」


 目を細めて、それまでとは異なる低い声で聞いてくる団長に対して、俺は正面からその視点を受け止めながら頷く。


「そうか……じゃあ、その方針で行くか」


「えっ、いいんですか?」


 俺は思わずそう問い返してしまうと、団長が笑った。


「俺が即断すると、なんか都合悪かったか?」


「いや、そんな事は無いんですが……」


 ただこれからユフィがいかに有用かを、精霊眼抜きで語ろうとしていたのに、拍子抜けもいい所だ。


「まっ、それだけお前を信用してるってことだ」


「そう、ですか……ありがとうございます」


 豪快に笑う団長に対して照れ臭くなって、思わず頬をかく。


「っと、そう言えば教会に別件でグランドリー家の人間が来てました」


「それは本当か?」


「はい……土地の売買を巡ってのいざこざという感じでしたが」


 そう言うと団長は暫く口元に手を置いた後、「その件については、繋がりのある貴族連中と確認してみる」と言った。


「他には何かあるか?」


「他には、明日教会に行くときに自分以外の大人の誰かを連れて行きたいんですが。自分、こんな見た目ですし」


 そう言って両手を広げて見せると、団長が噴出した。


「分かった、何人か適任を見繕う。後は大丈夫か?」


「はい、大丈夫です。有難うございました」


 そう言って部屋を退出するために扉に手を掛けた所で、後ろから声をかけられる。


「分かってるかもしれないが、ポーリーには気をつけろよ?」


 そう言われて団長に向き直り頭を下げると、廊下へと出た。





 翌日、普段通りに朝の訓練を終えた俺は、訓練中に団長から「訓練終わったら寮の前で教会行く面子と落ち合ってくれ」と言われたので待っていると、一人の人影がやって来るのが見えた。


「よっ、最近は訓練終わってもへばらなくなってきたな」


 そう声をかけて来たのは、ジェイだった。まぁ、この結果はある程度予想していたので驚きは無い。


「流石に1か月以上も訓練してれば慣れて来るっての、じゃあ教会まで行こうか」


 そう言って歩いて行こうとした所で、後ろから肩を捕まれる。


「なんだよ?」


「いや、まだ面子揃ってねぇっての……ああ、きたきた」


 まだ面子揃ってないと言われて疑問に思っていると、寮の中から俺達の方へ駆けて来る人影が2人――って、ミヨコ姉とナナ!?


「ごめんなさい、準備が遅れちゃって」


「ミヨコ姉、シャワー長い」


 頬を上気させながら走って来たミヨコ姉と、不満を漏らすナナ。……なるほど、確かにミヨコ姉の方からシャンプーの香りがそこはかとなく。そんな事を考えていると、ジェイが手を叩いた。


「よし、じゃあ面子も揃ったし出発するか」


 そう言われて、思わず疑問を解消するために俺は挙手する。


「なんだ、坊主?」


「いや、何でミヨコ姉とナナが居るのさ?」


 二人に目を向けながら訪ねると、ジェイは「そんな事か」と言って説明する。


「先方にはお前と同い年位の女の子とお婆さんしかいないんだろ?俺らだけで行ったら威圧的になりそうだから、2人に付いて来てもらうことにしたんだ」


 そう説明されて、確かになと思わず納得する。ジェイもただの飲んだくれでは無いみたいだ。


「それじゃあ、改めて出発するぞー」


「「「はい」」」


 俺達3人が返事すると、ジェイはニカっと笑って先頭を歩き始める。


 教会の位置は団長から聞いているのかその歩みは淀みなく、ナナがジェイに街の様子などを尋ねながら付いて行くのを、後ろから眺める。


「これから先行くところに、ユフィさん?が居るんだよね?」


 俺の横を歩きながらそう聞いて来たミヨコ姉に、頷きを返す。


「丘の上……林の中にある小さな教会でね、お婆さんのシスターと2人で生活してるみたい」


「ふーん……」


 何やら考え事をしているのか、胸元に下げたネックレスを指で弄んでいる。


「って、そのネックレス付けてくれてるんだ?」


 そう聞くと、ミヨコ姉はジト目をして俺を見て来た。アレ?なんか不味った?


「弟君、今気づいたんだ。訓練中もずっとつけてたよ?」


「あー……あはは、ゴメン」


 完全に訓練中は先輩方の指導と言う名の拷問を受けてたから、気づいてなかった。


 ……というか連中は、俺がナナやミヨコ姉に近づくとその分だけ訓練を厳しくする極悪っぷりだ、許せん。


「もうっ、今度からは気をつけてね?」


 そう言って怒ったふりをしながらも、口角が上がっている様子を見て、俺は思わず顔が綻んでしまった。


「ねーねーお兄ちゃん、後どれくらいで着くの?」


 さっきまでジェイと話していたナナが、腕に抱きついて来て驚いていると、ミヨコ姉に頭をチョップされている。


「ナナちゃん、いきなり弟君に抱きついたりするのは、はしたないでしょ?ね、弟君」


「えー、お兄ちゃんだから別にいいじゃん。ね?お兄ちゃん」


 そう言って二人に同時に見られて、答えに困った俺は頬をかいた後、ジェイに話を振る。


「ジェイ、後どれくらいで教会付くかな?」


「うるせぇ、爆発しちまえ」


 ジェイはそう言ったっきり、さっさと1人で歩いて行ってしまう。いや、爆発しろってアンタ。


「それで、どう思うの?弟君」


 そう問いかけて来るミヨコ姉が心なしか、先ほどまでより近づいて来ている気がする。


「あっ、お姉ちゃんもさっきより近づいてる!」


 そう言いながらナナがより一層腕を抱きしめようとして来て……俺は、ナナの腕を振りほどくと教会へダッシュした。それはもう全力で。


「あっ、おい坊主、逃げんな」


 後ろからジェイにヤジを飛ばされるが、無視して丘を駆け上がると……丁度、教会前を掃除しているユフィが居て、呆れた顔をされた。


「はぁ、アナタは何してるんですか?」


「あー、いやぁ……」


 何て言い訳をしようかと考えた所で、ユフィが頭にピンクの髪留めを付けているのが目に入った。


「それ、付けてくれてるんだな」


 指さしながらそう言うと、ユフィの顔が真っ赤になり、髪留めを手で隠した。


「ほ、他の髪留めが無かったから付けてるだけです、勘違いしないで下さい」


 プルプル震えながらそう言うユフィに、俺は思わず口角が吊り上がる。


「へー、ほー、本当にそうかぁ?」


「なんですか、その下品な声は。近寄らないで下さい!」


 ズリズリと後ろに下がっていくユフィを、教会の壁へと追いやっていた時――後ろから声をかけられた。


「弟君?なにを、やってるのかな?」


 冷たい、どこまでも冷え切った声が聞こえた。


 恐る恐る振り返って見れば、にこやかな顔のまま空色の魔力を背中に背負ったミヨコ姉が居た。


「いや、コレは誤解で」


 手を振りながら何とか誤解を解こうと考えていると、無表情のジェイが近づいて来て、俺の肩をガシッと掴むと耳元で呟いて来た。


「今度の訓練、楽しみにしとけよ坊主」


 そう言われた俺は、暫くその場に立ち尽くしている事しかできなかった。


――――――――――――――――――――


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