第19話 過去と未来

 クラス委員に抜擢されてから、クラス対抗戦までの2週間は本当に忙しかった。


 本来の授業に加えて、各種競技の把握や、クラスメートへの各競技の割り振り、風紀委員や生徒会との話し合い等々クラス委員の仕事だけでも多岐にわたった。


 しかもそれらに加えて、手配した近衛や天空騎士団との連携の確認や、リーフィアが出ることになった障害物競争の安全確認など、寝る暇も無く働き続けた。


 皆には日に日にクマが酷く成っていると心配されたが、一度引き受けた以上仕事には手を抜くつもりも無いし、リーフィアだけで無く皆の安全確保に妥協するつもりも無い。


 ……そして何より、根拠無くやっている俺の仕事に、皆にはかかずらって欲しくなかった。


 毎日ギリギリの準備に追われているうちに、クラス対抗戦の初日がやって来た。


「よう、元気してたか坊主?」


 皆が寝静まっている時間帯、まだ日も登って居ない内から学園の正門前に立っていると、見慣れた甲冑を身に着けた男たちが視界に入ってきた。


「このクマ見て良く言えるな、ジェイ」


 苦笑いしながら右手を上げると、勢いよくハイタッチされる。……相変わらずの馬鹿力だ。


「本来なら皆お前やミヨコ、ナナ、ユフィの顔見たがってたんだが、今回助っ人として来れたのは、俺を含めて4人だけだ……悪いな」


「いや、俺らが抜けただけでも厳しいのに、更に人員割かせて申し訳ない」


 そう言って軽く頭を下げると、ジェイが小声で耳打ちしてくる。


「それで、皇女様を狙う奴は来そうなのか?」


「……正直、微妙だ」


 真剣な面持ちでジェイが聞いてくるが、俺も曖昧な答えを返すことしかできない。


 ゲームの中ではリーフィアを狙う刺客が、今回のクラス対抗試合に乗じてリーフィアを暗殺しようとし……深い心の傷を負うが、今回はゲームとは出る競技が違う上、外部入場者のリストも既に学園側から取り寄せてもいる。


 俺が見た限りでは、刺客となりそうな人間は存在しない……そう思っているが、見落としていましたでは洒落にならないから、こうしてジェイ達を呼んだ。


「そうか。まぁ、俺達の主な任務は姫さん以外の護衛なんだろ?ミヨコやナナ、ユフィの事は良く知ってるが、あの子らは下手なウチの騎士より強いだろ、な?」


 そうジェイが話を振ると、後ろの兄さん達も「間違いねぇ」と笑っていた。


「そいつはそうなんだけどさ……どうしても心配には成るんだよ」


 思わずそう漏らすと、ジェイが俺の髪の毛を掻き回した。


「何、お前のカンは馬鹿にしたもんでもねぇからな、俺らがうまい事お嬢様方の護衛をしてやるよ」


 ニッとジェイが笑い、後ろの兄さんがたもサムズアップしてるのを見て、俺は改めて深く頭を下げた。

 

「これから3日間、よろしくお願いします」





 その後俺は近衛騎士団のゼネットと会い、俺が競技――1対1の魔法戦に出ている間の護衛に関してと、天空騎士団との連携について話を行い、寮へと戻った。


「テメェ、何処行ってた」


 ジークを起こさない様にゆっくり扉を開けたつもりだったが、既にベッドから起き上がり制服へ着替えていた。


「あー……ちょっと散歩、的な?」


 俺が濁しながらそう言うと、ジークは盛大に舌打ちしながら立ち上がる。


「テメェがここ2週間程、夜な夜な何かしてんのを気づいてねぇと思ってんのか?」


 至近距離から睨んでくるジークから、思わず目を背ける。


「お前には騒がしくして悪いと思ってるよ」


 そう言うと、ガッと胸倉を掴まれる。


「そういう話をしてんじゃねぇ、何時も女に囲まれてヘラヘラ笑いってるテメェが、日を追うごとに余裕が無くなってくのをこっちは見せられてんだ。いい加減その理由位話せっつってんだよ」


 普段のジークとは違う真剣な声に、俺は思わず唇を噛む。


「そもそも今回の件は、俺の心配し過ぎなのかも知れないんだ」


 ゲーム内でリーフィアは、会場に紛れ込んでいた刺客に襲われ……近衛騎士団から守られる事でピンチを脱するが、代わりにお忍びで視察に来ていたリーフィアの弟――チャールズ・ラ・ベンデンバーグ第二皇子が人質に取られ、彼女の目の前で殺された。


 普段は気丈に振る舞う彼女が、恥も外聞もなく弟の亡骸を抱いて泣き叫ぶ様が、頭から振り払おうと思っても消えてくれない。


 チャールズ皇子を学園に来させない手も真っ先に考えたが、誰が一国の皇子に命令など出来ようか。何故来てはいけないのか、根拠すらまともに話せないと言うのに。


「それでも打てる手は打った……だからお前に話せる様な事はねぇ」


 そう言うと、勢いよく頬を殴られた。


「ってえなっ」


 思わず胸倉を掴み返すと、苦い顔をしながらジークは口を開いた。


「オレ如きじゃぁテメェの役に立たないかも知れねぇが、それでも女どもの壁位にはなってやれんだろ」


 普段のソレとは違う、複雑な笑みをするジークに思わず問いかける。


「何で、お前がそんなに俺達のこと気にすんだよ」


「俺は……狭い視野しか持たずに失敗したからな」


 そう言った後にジークから語られたのは、彼が中等部の頃の話。


 元々ジークは魔族とのハーフで有ったため虐げられてきたが、逆にその虐げた奴らを見返すために懸命に努力していたらしい。


 この学園に入ったのも最初は強さを求める為だったそうだが、この学校でジークは初めて彼を受け入れてくれる存在――1人の少女に会ったと言う。


「誰からも嫌われて、ハブられていた俺に、アイツは何度も話しかけてきた」

 

 伯爵令嬢という身分に有りながらも、ハーフで有る彼を差別しない存在……そんな彼女と話していくうちに、ジークは次第に人の温かさを知っていった。


「だが、そんな俺達を快く思わない奴らがいた」


 最初は唯の嫌がらせ程度だったそうだが、次第にそれはエスカレートしていったと言う。


「最終的にアイツは俺を呼び出す餌として、クソッタレどもの手で訓練場に軟禁された。……今にして思えば、その時誰かに助けを呼べば良かったんだろうが、周りの連中は俺の言う事なんか、鼻から聞かないと決めつけてたのさ」


 そうして1人訓練場に向かったジークは、16人居た相手を全員を病院送りにしたと言う。


「だが、その時に連中の持っていた剣がアイツの足に刺さってな……アイツは二度と自分の足では歩けなくなって、俺は1人での訓練場の使用を禁止された」


 自嘲しながらそう言うジークに、俺は咄嗟に言葉が出てこなかった。


 彼らを襲った理不尽に、腹から煮えたぎるものを感じるが、俺が何と言った所で過去は変わらない事に歯噛みする。


「別に俺は不幸自慢がしたいわけじゃねぇ。ただ、テメェには俺と同じ轍を踏ませたくねぇだけだ……テメェ曰くダチ、らしいからな」


「ジーク……」


 俺は、先ほどまでの自分を殴り飛ばしてやりたくなった。


 打てる手は打った?


――こんなに俺達の事を考えてくれる奴を無視して?


 不安が振り払えない?


――本当はやれることが有る事を知ってるからじゃないのか?


 根拠がないから頼めない?


――なら、根拠が無くても信頼してくれる人だけに言えばいいだろ。


――俺には、まだ出来ることが有るはずだ。


「ありがとよ、ジーク。お前のお陰で目が覚めたよ」


「目ぇ覚ますのがオセェんだよ」


 軽く肩を押されてジークから離れた俺は、自分の頬を思いっきり叩いた。


 俺に出来ることなんて、きっとたかが知れてる。


 主人公の様に、何が来ても全てをなぎ倒す様な力は俺には無い。


 ならみっともなくても――守るべき彼女たちからも力を借りないと、きっと俺は前を向けないんだろう。


 だけど、きっとそれが俺のこれから歩む道なんだ。


「悪いが、面倒なことに付き合って貰うぞ?」


「はっ、テメェと同室になった時から、こっちは面倒続きなんだよ」


「上等だ、朝食の後皆と一緒にお前にも話をする。……逃げんじゃねぇぞ、ダチ公」


「誰に物を言ってやがる」


 そう言うとジークが拳を突き出して来たので、思い切り拳を打ち鳴らした。


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