第5話 到着、ヘイズ城

 鉱山の里を出てから数時間が経ち、次第に道が舗装され始めた頃から一つの大きな城が見えて来た。


「うわー、すっごいお城だね! お兄ちゃんも見てみなよ」


「ナナちゃん、はしたないですよ?」


 ナナが身を乗り出しながら城を眺めるのを、ミヨコ姉がいさめた。


「アレが、お前の家か?」


 そうシャーロットに問いかけると、頷き返される。


「ええ、アレが我が侯爵家の誇るヘイズ城よ」


 胸を張ってそう言うシャーロットに、パーヌが茶々を入れる。


「かーっ、やっぱ侯爵様の家は金あんなー。うち等にも分けて欲しいぜ」


「そうは言うけど、元々貴方達とウチの領内の人間は頻繁に貿易してたはずだけど?」


「まぁな。只アタイら……特にドワーフの人間は職人気質な人間が多くて、どうしても利益より自分の信念を貫きたがるからなぁ……アンタなら分かんだろ?」


 そう、パーヌに話を振られる。


「まぁ、俺は今までパーヌ以外に会ったのはザンガ爺さんだけだけど……あの人は確かに利益より信念だったな」


 爺さんに初めて会った時の事を思い出し、苦笑いする。


「あら、そろそろ着いたみたいよ」


 リーフィアがそう言ったので外を見てみれば、既に城の門前にまでやって来ていた。


 ゆっくりと馬車のスピードが遅く成って行き、完全に停車した所で外から馬車の扉を開けられる。


「皇女殿下、お手を」


 そう言って御者の女性が手を差し出すと、リーフィアが初めに降り、その後にシャーロット、続いて俺達が降りて行った。


 すると目の前には真っ直ぐに並んだ使用人の人達と、見るからに身分の高そうな男女――シャーロットの両親が立って居た。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 俺達全員が下りた所で、使用人の人達が一斉に頭を下げた。


 それを見てミヨコ姉がアワアワしているのが、妙にかわいらしい。


「出迎えありがとう、みんな。そしてご無沙汰してますお父さま、お母さま」


 シャーロットがスカートのすそを摘まんでそう挨拶するのを見て、俺達も軽く頭を下げる。


「お帰りシャーロット、元気そうで何よりだ。そして、ようこそおいで下さいましたリーフィア様とご学友の皆様」


 シャーロットの父――ヘイズ侯爵は、主にリーフィアに向けて頭を下げた。


「こんな所で立ち話もなんですし、皆さま中に入ってください」


 そうシャーロットの母――ヘイズ侯爵夫人に促され、城の中へと丁重に案内される。同時に侯爵夫妻が俺達の事をあくまで対等な客人として扱ってくれている事に、内心軽い驚きと感謝を感じた。


「まるで、本で読んだお城そのものね」


「だよねユフィお姉ちゃん! すっごい探検したくなって来る!」


 そう言いながらユフィとナナが興奮しながら周囲を見回しているのを見て、思わず笑ってしまう。


「確かに、この光景はグッとくる物があるな」


 大理石を始めとした様々な種類の石で彩られ、彫刻された壁や床はそれだけで芸術的であり、廊下の随所に飾られた石像や甲冑、絵画の類は思わず立ち止まって見たくなる魅力が溢れている。


「ふふ、そんなにお気に召したのでしたら、隅々まで見ていかれて良いですよ」


 そんな風に先導していたヘイズ侯爵夫人に笑われ、俺達は思わず赤くなりながら「時間が有ればお願いします」と返した。


「私はお城は昔を思い出して好きじゃないわね、寮の狭い部屋の方がよっぽど落ち着くわ」


 そんな風に口を尖らせるリーフィアに、思わず苦笑してしまう。


 何せ狭いと言っても、リーフィアの部屋は俺らが2人で使っている所を、一人で活用しているのだから狭いと言われると俺達の立つ瀬がない。


 ……まぁ実際、2人で使うには狭いけど。


「では、こちらへどうぞ」


 そうヘイズ侯爵に案内された先は、100人は座れそうな広い食堂だった。


「うはぁ、凄いメシだな!肉、魚、何でもありだな」


 パーヌがそう言いながら舌なめずりして勝手に座ろうとするのを、首根っこ掴んで止める。一応こういう時位は、最低限の礼儀はわきまえるべきだろう。


「あぁ、特に礼儀とかは気にしないで自由に過ごしてくれて構わないよ」


 そんな風にヘイズ侯爵に言われ、パーヌからは「ほら、こう言ってるじゃんか」と言われるが、思わずため息を吐きたくなる。


 コイツ一応鉱山の里では、偉い方の人間じゃなかったのか?


 それとも鉱山の里では、序列や礼儀にこだわら無いのだろうか……。


 そンな事を考えている間に決まった配席は、ヘイズ侯爵の前にリーフィア、侯爵夫人の前が俺、シャーロットの前にパーヌ、それ以外は自由に座り、侯爵の音頭のもと食事は開始された。


「リーフィア皇女様、この度は遠路はるばるお越しいただき、改めて有難うございました」


「いえ、こちらこそ突然の訪問に対応いただき感謝しますわ」


「滅相も無い、ウチの娘……シャーロットとリーフィア皇女様は同学年のしかも同じクラスとのことですが、ご迷惑はおかけしてませんか?」


 そう尋ねられると、リーフィアは首を横に振った。


「いいえ、寧ろ私の数少ない友として楽しませてもらってます」


 そんな風にリーフィアが悪戯っぽく笑うと、シャーロットは少し頬を膨らませそっぽを向いていた。


 ……まぁ、シャーロットは教室だと割とリーフィアにからかわれてたりするからな。


「そうですか、それは何よりです。それと申し訳ないのですが食事前に、軽い自己紹介をお願いしても良いですかな?」


 そんな風にヘイズ侯爵に言われ、俺達は順番に自己紹介をして行った。その中でパーヌが自己紹介した所で、侯爵と侯爵夫人は眼を見開いた。


「なんと、てっきり学園の生徒かと思っていたら、鉱山の里の方でしたか。もしや貴方が来られた理由は……」


 そう言って理由を確認しようとした所で侯爵にチラリと見られたので、俺が代表して応える。


「鉱山の里にゲット伯爵家が襲撃を仕掛けた件は、パーヌから聞きました。」


「そうですか……」


 俺の回答に対し暫しヘイズ侯爵は考え、頷いた。


「この度シャーロットの護衛について頂いた件にも関係するのですが、ここ数か月ゲット伯爵領の人間が目に余る動きをしていまして」


 そう言って切り出されたのは、伯爵領の人間達による領域内の勝手な採掘や採取についてだった。


 しかも彼らは咎められると、逆に侯爵の領民たちに襲い掛かったのだと言う。


「再三苦情の手紙は届けさせたのですが効果は無く、いよいよ国王陛下の下へ話が上がり、問題として取り上げられ始めた所で、この騒ぎです」


「……正直、私には王国民として生きる気が無い様にしか感じられないのだけれど?」


 ただでさえ身分が上の侯爵からの苦言を突っぱね、しかも国王にまで伝わっているとなったら、ゲット伯爵家の未来はどう考えても暗いだろう。


「私たちの領地には他国との国境線もあり、恥ずかしながらそちらの対処を優先していた為対応が遅れていますが、伯爵家には直に沙汰が言い渡されるかと思います」


「ちょっと待ってくれ! それじゃあアタイらの族長達は、その沙汰とやらが来るまでは助けられないって事か?」


 そう言ってパーヌが、ヘイズ侯爵を睨みつけながら問いかける。


「手順を考えればそうですね」


「なっ、ふざけん……「ですが」」


 パーヌが怒鳴ろうとしたところで、ヘイズ侯爵が遮った。


「鉱山の里の方が来られたのなら話は別です、これで彼らに正式に使者を送る理由も出来ました……パーヌさん、ご協力頂けますね?」


 そう言ってヘイズ侯爵がパーヌの眼を覗き込み、パーヌはそれに頷いた。

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