第3話 山賊系ドワーフ少女現る

 森の中で、薄汚れた格好をした男たちと、その中心に立つ身の丈程も有るハンマーを背負った、小さな少女が見えてくる。


 それを木の上に隠れて様子を見ていると、男たちの会話が聞こえてきた。


「アネゴ、ボチボチ例の馬車が到着する頃合いですぜ」


「本当にアンタ達の見間違いじゃないんだろうね? アタイは無駄骨は御免こうむりたいところだけど」


「アネゴ、幾らウチ等が馬鹿でもあんな派手な馬車は見間違いやしませんぜ」


「そう言ってこの間は、危うくヘイズ侯爵家の馬車を襲いそうになってただろうが!」


 小さな少女がそう叫ぶと飛び上がり、遥か頭上にあった男の頭を殴りつけていた。


――なんなんだ、アイツら?


 パッと見親子ほど年の離れたように見える少女に、薄汚れた格好の男たちが怒鳴られている様子は珍妙ちんみょう以外の何物でもない。


 そもそも彼らは、と言っていた。


 要は、彼らの獲物とヘイズ家の馬車を勘違いして襲いそうになったと言う事なのだろう。であるならば、彼らの獲物はなんだ?


 そう疑問を感じながら、今しばらく様子を見る。


「そもそもゲッド家の人間はチキン野郎共なんだから、護衛がそんな少ない訳ないだろ!」


「でもアネゴ、本当に通ったんですって」


 ゲッド家と言う言葉に引っ掛かる物を感じ、気配を殺すのをやめると、ワザと音を立てて地上へ降り立った。


「っ、ナニモンだアンタ!」


 身の丈程も有るハンマーを手に構えた少女と仲間の男たちに、手を上げて敵意が無い事を示しながら近づいていく。だが、少女の顔は険しいままだった。


「おいオマエ、そこで止まれ」


 少女の手前2m程のところで、鋭い声と共にハンマーを向けられる。


「俺はアンタらと争う気はない、ちょっと確認したいことが有っただけだ」


「確認したいことだぁ? 見た所アンタは騎士に見えるが、アタイらは今取り込み中でね。痛い目みたくなきゃ、さっさと失せな」


 俺の格好――天空騎士団の甲冑を身に着けた俺を見て、少女は手を振って追い返そうとするが……ここで帰ると彼女らの前に出てきた意味がなくなるので、一歩近づく。


「そう言うなって……うおっ」


 更に近づこうとした所、目の前を巨大なハンマーが通過した。


「あぶねえだろ!」


「二度は忠告しねぇ……まっ、死なない程度に痛い目みてくれ」


 そんな風に気軽に言いながら少女がハンマーを振り回し、それを見た男たちは歓声を上げてる。


「さっすがアネゴ、男前すぎる判断だぜ!」


「寧ろ玉が無い以外は完全に漢だぜ! アネゴ胸無いし……ぐはぁっ」


「お前、胸が無いから逆に良い……ぐほぉ」


 俺に向いていたハンマーが途中から男たちの方に向き、何人か吹っ飛ばしているのを黙って見る。


 同時にもともと無かったやる気が、氷点下にまで落ちていく。


「アー、なんかお取り込み中みたいだし、俺らの馬車を通らせてくれるなら、黙って帰るけど?」


 粗方の男たちを吹き飛ばした少女にそう声をかけると、少女はニヤリと笑って犬歯を見せながら、ハンマーを構えた。


「そうは行かねえな、アタイのハンマーを躱す奴なんて久しぶりだ……もうちょっと付き合えよ!」


 そう言った少女のハンマーを次々躱していくが、最初は風を切る程度だった攻撃が、次第に速度を増し、突風を伴って振り回される。


――振ることで付いた勢いを殺さず、そのまま次の攻撃への推進力にしてぶん回してんのか……


 そう分析しながら、ハンマーが近くを通り過ぎた余波で切れた頬の傷を、袖で拭った。


「オラオラどうした、避けてばっかじゃ勝てねえぞっ」


「そうだな、そろそろ終わらせようか」


 左手を前に、右手を後ろに下げた突撃姿勢――レーア先輩戦の時と同じ構えを取ると、迫りくるハンマーに合わせて、魔法陣を展開し、踏み出した。


――雷迅一閃


 稲光と共に地面を駆け抜けると、遅れて雷の咆哮ほうこう鼓膜こまくを震わせる。


「なっ」


 少女の声と、重いものが落ちる音に振り返ってみてみれば、ソコには柄だけとなったハンマーを持った少女と、半ばから斬られた重り部分が転がっていた。


「これでも未だやるか?」


 全身を酷使した事による激痛に耐えながらそう問いかけると、少女は俺の持ったナイフを暫く観察し、手を叩いた。


「アンタ、もしかしてザンガ爺の知り合いか?」


「ザンガ爺?」


「あー……この近くの学園都市で武器屋やってるドワーフの爺さんだよ」


「あー、あの爺さんか。知り合いってか、俺のナイフは大体あの爺さんが作った奴だな」


 そう答えると少女は喜色満面になって近寄ってくると、俺の背中をバシバシ叩いた。


「なんだ、それならそうとさっさと言えよ。兄さんも人が悪いな」


 途端にフレンドリーになった少女に、思わずジト目で睨みつける。


「話す余裕を与えなかったのは、アンタだろ」


「そうだったか?いやぁ、悪い悪い」


 そんな風に頭をかく少女に、思わずため息を吐く。


「悪いついでに、兄さんから話聞いても良いか? アジトに招待するからさ……念のため確認するけど、あんたらゲッド家の人間では無いんだよな」


「ああ、どっちかって言うと、さっきアンタらの話に出てたヘイズ侯爵家の人間だな」


「本当か!? なら是非話をさせてくれ!」


 先ほどまでとは打って変わって、真剣な顔で少女に懇願され、頬を掻く。


「あー、馬車に控えてる奴らから許可が出たらな」


 そう言って俺は一旦彼女らと別れ、みんなの所へと戻った。





「いやぁ、まさかこんな所でヘイズ侯爵家のお嬢様に会えるなんんて思ってもみなかったぜ」


 ガハハと笑う少女を前に、シャーロットが苦い顔をしながら俺を見てくる。


 ……今俺達は、少女――パーヌ達のアジトへ招待されていた。


 理由は簡単、リーフィアに話をしたら「山賊のアジトなんて楽しそう! みんなでいきましょう?」とかたわけたことを言われたからだ。お陰で近衛からの視線も痛い。


――ただアジトへ移動してる途中で、シャーロットから、彼女達はただの山賊ではないと伝えられた。


「それでパーヌ、まさか世間話をするために俺達をこのアジトへ招待したわけじゃないんだろう?」


 そう言いながら、張り出た山の岩壁と、縦横無尽に彫られた洞窟を活用したアジト……と言うより天然の要塞を見回す。


 ……よくこんな所に、こんなもの作れたな。


「ああ当然だ……ところでアンタら、ゲット伯爵家について知ってるか?」


 そうパーヌに問いかけられて、俺とシャーロット以外が首を横に振る。


「この山を挟んだ隣領よね?」


「流石、ヘイズ家のお嬢様……そのゲット伯爵家が最近アタイら鉱山の里の居住地を荒らし回ってんだ」


 そうパーヌに言われて、シャーロットが首を傾げる。


「鉱山の里の民と私たちヘイズ家やゲット家は、良好な貿易関係を築いてたはずだけど?」


 そんな事を言言い始めたシャーロットに、俺は問いかける。


「話進めてるところ悪いが、そもそも鉱山の里の民ってなんだ?」


 そんなんゲームで出てこなかったぞ?そう思いながら問い掛けると、パーヌが答える。


「名前のまんまだけど、アタイらドワーフ族と一部の人間が暮らしている独立した領地さ。これまで長い間アタイらと隣接する領地であるヘイズ家とゲット家はうまくやっていたんだけど……」


 その後パーヌから語られた内容に、俺は思わず頭を抱えた。


 そして同時に、ゲーム世界からこの世界が大きくズレている事を、改めて認識させられた。

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