第6話 優しいお姉ちゃんは好きですか?

 それからの俺の病院生活は、まぁ地獄だった。


 魔法でパパっと直してほしいと思ったんだが、それだと体が強くならないからと、遅々として進まないリハビリを耐え続ける日々。


 しかも同年代の子供たちと違い、俺やナナはまともな教育を受けてないので、勉強に関しても朝から晩まで詰め込まれた……。


 だが、そんな地獄のような日々――ナナは嬉しそうに日々を過ごしている中にも、いろいろなイベントが発生する。


 それは思いがけない人との遭遇や、ジェイルからのお見舞いなどいろいろ有ったが……その中でも一番大きな出来事だったのは、俺の腕のギブスが取れた頃、一人の女性が俺の病室を訪ねて来たことだった。


「はじめまして、セン君」


 そう言いながらナナに連れられて来たのは、青みがかった髪を腰ほどまで伸ばした美少女――ミヨコ姉さんだった。


「はじめまして……なのかな?何かナナに散々話聞かされたせいで、ミヨコさんを他人とは思えないんですよね」


「実は私も」


 そう言って俺達が笑っていると、ミヨコ姉さんに引っ付いていたナナが、不思議そうに首を傾げた。


「ねぇねぇ、お姉ちゃんは何でお兄ちゃんを、セン君なんて変な呼び方をしてるの?」


 そうナナが言った瞬間、雪の様に白い肌をしたミヨコ姉さんの頬が、リンゴの様に赤みを帯びていく。


「ちょっと、ナナちゃん!?」


 声が裏返る勢いで声を上げて、ナナの口を塞ごうとしているミヨコ姉さんを見て……俺は嗜虐心しぎゃくしんが掻き立てられた。


「なぁナナ、ミヨコさんは普段俺のことをなんて呼んでるんだ?」


「ちょっとセン君!?」


 ミヨコ姉さんが耳まで真っ赤にしながら叫んでいるが、そんな事は気にしない。


 ……今俺は、人生で最も重要な岐路に立っている気がするのだから。


「えっとね、お姉ちゃんは「わーーーー」弟くんって呼んでるよ」


 ナナがそう言った瞬間、俺は雷を打たれた様に固まった。


 それはもう、怪我の具合を忘れる位には衝撃だった。


 というか、生涯忘れないくらい――。


「ごめんねセン君、ナナちゃんがお兄ちゃんって言ってるから流れで……」


 そう言って、俺からを視線を外しながら両手を擦り合わせ、小さくなっていくミヨコ姉さん……。


――可愛すぎかよっ


「それでいきましょう」

 

 悟りを開いたような心持になりながら、これ以上ない程穏やかな口調で俺はそう言った。


 この世界に来て初めてナナにお兄ちゃんと呼ばれた時もそれは嬉しかった……。


 だが、だ。思春期に成って既に恥じらいを覚えた女性から、恥ずかしそうに「弟君♡」なんて言われてみろ?


 100人ゲーマーが居たら、100人増殖した後、もう100人感染拡大して、300人がキュン死するレベルだ。


 これは土下座してでも強硬せねばなるまい。


「えっ、でも……恥ずかしいよ、ね?」


 下を向いていたミヨコ姉さんが同意を求める様に俺を見るが、全力で否定する。


「弟を弟と呼ぶことの何が恥ずかしいと言うんですかっ!」


 そうミヨコ姉さんを一喝した後、ナナに問いかける。


「ナナも俺達3人が兄妹になった方が良いよな?」


「うんっ、お兄ちゃんとお姉ちゃんと兄妹がいい!」


 無邪気にそう笑うナナに、ミヨコ姉さんが真っ赤になって俯く。


 どうだ、可愛い妹のいう事を断れまい!


「ナナもこう言ってる事ですし、ミヨコさんも俺の事を"弟君"と呼んでください。……それともミヨコさんは、ぼくのこと嫌いですか?」


 ミヨコ姉さんよりもやや小さいこの体を生かして、悲しそうな声を出して俯きながら、ぼく傷つきました……と言う風を装う。


――まぁ、全ては策略だけどな!


「そ、そんな事は無いんだけど……」


 手ごわいな……これでもまだ言ってくれないと言うなら、強行突破するしかあるまい。


 ガッとミヨコ姉さんの手を掴むと、至近距離からまくしたてる。


「大丈夫です、俺も今後はミヨコ姉さんと呼びますからっ!」


「えっ?えっ?」


「さぁ、愛をこめて、呼んでください。さぁ」


 額がくっつきそうな距離まで近づきながら言うと、ミヨコ姉さんは目を回し始め……観念したのか、ぼそっと呟いた。


「えっと……おとうと君?」


「イエスッ」


 脳内で流れるファンファーレと共に、思わず今世紀最大のガッツポーズをしていると、ミヨコ姉さんにくすくすと笑われる。


「セン君……弟君は、私を助けてくれた時とか、ナナちゃんから聞いてた話ではもっと大人っぽい人なのかと思ってた」


「あー……えっと、幻滅させました?」


 冷静に考え直してみれば、自分がいかにアホな事をしていたか思い出し、若干自己嫌悪していると、ミヨコ姉さんは笑いながら首を横に振ってくれた。


「ううん。もし弟君が完璧超人みたいな人だったら……私もすごーく緊張しちゃっただろうから、今の方が良いかな?」


「ミヨコ姉……」


 はにかみながら言われた言葉に、俺は思わず胸が熱くなるのを感じた。


 この世界では、限りなく完璧に近い人たちが存在する。


 それは男で言えばジェイルだし、女性は――ヒロインたちは、それこそ俺から言わせれば皆完璧だ。


 だからこそ、俺の人間性を認めてくれたミヨコ姉さんの発言が凄く嬉しかった。


 一方ミヨコ姉は自分の言った言葉に照れたのか、手で顔を仰いで頬の赤みを消した後、ふわりと笑いながら頭を下げてきた。


「えっと、だから……不束者ですが、よろしくお願いします」


「ミヨコ姉、それ使う場面間違ってるよ」


「えっ、本当に!?」


 そんなやり取りをミヨコ姉としていると、病室の扉をノックする音がした後、ルーランさんが顔を出した。


「あら、ミヨコちゃん来てたのね」


「あっ、ルーラン先生、こんにちは」


「ミヨコちゃん、ナナちゃん、こんにちは」


「こんにちはー」


 どうやらミヨコ姉とルーランさんは元々知り合いだったらしく、挨拶を交わしている。


「それでミヨコちゃんは、弟君に会ってみた感想はどうだったの?」


「……っ」


 ミヨコ姉が俺の事を弟君と呼んでいたのは、他の人の間では周知の事実だったらしく、からかわれて赤くなってる。


 ……いいぞ、もっとやれ。


「先生は一体、弟君の部屋に何しに来たんですか?」


 赤くなりながらも、話をすり替えたミヨコ姉に、ルーランさんはポンと手を叩く。


「そういえば、用事があって来たんだった。セン君、この後精密検査するから、先生方が2Fの検査室に来てほしいって。私も一緒に行くから付いてきて」


「うげぇ……」


 全身くまなくまた調べられることを想像してウンザリしながら、ベッド脇の松葉杖を手に持ち、ルーランさんの後ろに付いていく。


「弟君っ」


 ミヨコ姉やナナを追い抜いて廊下に出ようとした所で、ミヨコ姉に呼び止められて振り返ると、ミヨコ姉が手をメガホン代わりにしながら、大きく息を吸い込んでいた。


「助けてくれてっ、ありがとうっ!」


 そう言われて俺は、彼女のゲーム中での悲惨な最期を思い出す――。


 それは、幼少期に一人だけ救い出されて17歳となったナナと、過酷な実験を繰り返され、性格も記憶も歪められてしまった19歳になったミヨコ姉。


 2人は凄惨な殺し合いを繰り広げ……ナナが勝っても、ミヨコ姉が勝っても2人にとって幸せな結末は待っていなかった。


 だからこそ俺は、2人を絶対に救いたいと思ったし――これから何があっても、2人を守れる様な男になりたいと強く思っていた。


――だから俺は宣言する


「これから先どんなことがあっても――」


――もし仮に、この先世界が2人を分かとうとしても


「これから先どんな奴が現れたとしても――」


――2人の状況を知っていてなお、何もしなかった主人公に会ったとしても


「俺が絶対に二人を守るから」


 これは、俺の2人に対する宣言であり、自分に対する誓いだ。


 ……突然そんな事を言われた2人は一瞬キョトンとしたが、満面の笑みを見せながら、返事をしてくれた。


――――――――――――――――――――

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