第7話 イボガエル伯爵
シャーロットとパーヌに俺達の身の上と、これまでの経緯を説明し終えた時には、ちょうど馬車はゲット伯爵領に差し掛かったところだった。
「これは……酷いもんだな」
思わず漏れた言葉に皆は黙っているが、顔を見れば同様の事を考えている事が見て取れる。
馬車の窓から見える領内は、端的に言えば干上がっていた。
元は広大な畑だったろう場所では作物が満足に育っておらず、有るのは萎れかけた作物と、薄汚れた格好で畑を耕しているやせ細った人々ばかり。
道端に目を向けてみれば、子供が物乞いをしているのも見えた。
「伯爵は一体、何をやってるんだ?」
これまでこの世界に来て目にした事も無い惨状に、ふつふつと怒りが湧き上がって来る。
「今ゲット伯爵領を収めているのは、本来跡目の見込みが無かった人なの……」
そう言ってシャーロットから語られたのは、聞くからに胡散臭い話だった。
数年前までこの土地を収めていた伯爵は病死、跡を継いだ息子たちも次々と変死していったと言う。
「それで最後に……本当に止む無く伯爵の座に就いたのが、末弟のゲヲル・ゲット伯爵。噂では酷い重税を課してるって話だったけど、ここまでだったとはね」
ゲヲル・ゲット伯爵――ゲーム内でも登場したその男は、端的に言えばイボガエルの様な醜悪な見た目をした男だった。
誰もが疎ましく思う存在であり、取るに取り無い程小さな男だったが――その悪知恵だけは侮れないものがある。
幼少期シャーロットを一目見て気に入ったゲヲルは、彼女を手に入れる為に数多の手を尽くす。
具体的には、シャーロットの根も葉もない噂を校内外問わず流したのだ。
元々その高圧的な態度から友人の少なかった彼女は誰にも頼る事が出来ず――主人公からも誤解されたまま、ゲヲルの妻として嫁ぐことに成る。
他のヒロインのそれとは違い、誰かが死んだりした訳では無いが、寧ろシャーロットにしてみれば殺された方がまだ、救いが有ったのではと思わせる悲惨なシナリオだった。
「これじゃあ、領民の人たちがあんまりだよ……」
外の光景を見て居られなくなったのか、ナナが拳を握りながらつぶやく。
「私、せめてあの人たちに水を……」
そう言って立ち上がったミヨコ姉の肩にユフィが触れ、首を横に振る。
「ミヨコさん……気持ちは分かるけど、一時水をあげた所でどうにかなる話じゃないよ。それに今後の事を考えれば騒ぎを起こすべきじゃないと思う」
「……そうだけど、酷すぎるよ」
そんな皆のやり取りを見て、こんな現状を作ったゲヲルには苛立ちを覚えると共に、それを取り締まれない国王や――自分の不甲斐なさにも怒りを覚える。
「人のカシラ達を勝手に攫って行ったから
そんな全員が陰鬱な気分を持ったまま、馬車はゲット伯爵の住まう城へ向けて進んで行った。
◇
面会の際の簡単な打ち合わせなどを行いながら昼食を取り、更に馬車を走らせて日が暮れ始めた頃、それまで砂利だった道が舗装された物へと変化し、外は急激に活気あふれる街並みへと変わって行く。
「いらっしゃーい、野菜が安いよ。今日の夕食にどうだい!」
「良い魚があがってるよ、ソコの奥さん買って行きなよ」
夕暮れ時だと言うのに、そんな威勢のいい声がそこかしこから聞こえて来るが、今はそれが逆に疎ましく感じられてしまう。
「商店街を抜けたら確か直ぐだったよな……」
そう言いながら馬車の窓を開け進行方向を見てみれば、幾重にも塀が張り巡らされた堅牢な城が見えて来る。特段突飛なつくりをしているわけでも無く、その有り様は普通の物であったのだが……。
――俺にはどうしてもその城が、不気味な物の様に思えてならなかった
「取り敢えず予定通り、近くの宿に馬車を預けよう」
そうして俺達は、この街でも最も客へのセキュリティが担保されている、格式のある宿を人数分予約すると、馬車を預け入れた。
「お兄ちゃん、どうせ今日1日しか泊まらないのに、なんであんな高級宿予約したの?騎士団で移動する時は大体安い宿なのに」
城に向けて皆で歩いていると、ナナに不思議そうに尋ねられた。
「これから下手したら領主に喧嘩売りに行くんだ……安々と客の個人情報を売りそうな所には泊まれないだろ?」
そう言うと、ナナが「確かに!」と手を合わせていた。
「まぁ、それでもどれだけ信用出来るのかは分かった物じゃないけれどね」
苦々し気にシャーロットがそう言うと、皆陰鬱な顔になる。
それでも城へ向かって歩いて行くと、武装して立って居た門番に停止させられた。
「おい、お前ら止まれっ」
門番が手に持ったハルバードを、遠慮なくコチラへ向けてきた事に、苛立ちを覚えながらも立ち止まると、俺達の様子――主に俺以外の皆を嘗め回す様に見て来た。
「怪しい奴らめ、ちょっとソコの詰め所で個人的な話を……」
「ヘイズ侯爵家の長女が面会に来たわ、話は早馬で届いている筈よ」
下世話な顔で近寄って来た男に対し、シャーロットが取り合わずにそう告げると、門番の男たちは顔を見合わせた後城の方へと走って行った。
「ひゅー、やるぅ」
頭の後ろで腕を組みながらパーヌが茶化して言うが、シャーロットの拳は軽んじられた怒りと羞恥からか震えていた。
「伯爵様が話は聞いているとのこと……でした、入れ――お入り下さい」
そう言って門番の男と、全身鎧を身にまとった男が現れる。
普段から不遜な態度しか取っていないのだろう、まともな敬語を使われる事も無いまま全身鎧の男に中へ招き入れられると、城内の光景に驚いた。
あらゆる場所に金色に光る悪趣味な装飾が置かれ、飾られた伯爵の自画像は美化されていてなおおぞましい。
「ゲヒッ、我が愛しのシャーロット。ようやく来たか、待ちわびたぞ……」
そんな声と共に階段の上から現れたのは、肥満で階段を下りることさえ億劫そうな、二足歩行のイボガエルだった。
「お久しぶりです、ゲット伯爵」
挨拶としてシャーロットが、スカートの端をつまんでカーテシーすると、ゲヲルがゲヒゲヒと笑う。
――未だ数メートル離れていると言うのに、鼻が曲がりそうな体臭が匂ってくる
「それはそうと、ソコの女子達は私への献上品かな?」
そう言ってミヨコ姉達を嘗め回す様にゲヲルに見られ、皆が俺の後ろへと隠れる。
――くそ野郎がっ
内心苛立ちを覚えるが、はらわたは煮えくり返っている。
だが相手は曲がりなりにも伯爵であり、今後の救出作戦の事を考えれば今は耐えるしかない。
「お前は、誰だ? 男はいらんぞ?」
「彼らは私の護衛です。どうぞお気になさらず」
笑顔でシャーロットが応対しているが、その拳は握られ過ぎて血の気を失っていた。
「そうか……まあいいや、取り敢えず晩さん会でもしながら話でもするか」
ゲヲルはそう言うと、ゆっさゆっさと体を揺すりながら俺達を先導して行った。
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ここまで読んで頂きありがとうございます。
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ユフィを応援頂いた方も、そうじゃない方も是非ご一読頂けると幸いです。
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