第3話 初めての魔法

「さて、何か使える物は持ってますかっと」


 ナナに倒されて気絶している2人に近づき懐を探ってるみが、持ってるのはIDカードと、携帯端末位で他は特になかった。


 魔力を使って動かす端末がある事は設定で知ってるが、魔力を使ったことが無い俺には使い方が分からない。


 ……というか俺、魔法使えんのか?


 そう思い立ち、試してみることにする。


「確かゲームでは、体内を循環じゅんかんする血流を知覚して放出するイメージって言ってたから……」


 ストーリー序盤のシナリオを思い出しながら、自身の体に意識を向けて見れば、確かに体の中をナニカが循環しているのを知覚した。


 その感覚を維持したまま杖を前方に掲げ、魔術の起動キーを口にする。


「灯れ《トーチ》……うおっ、ついた!」


 軽い倦怠感と引き換えに、杖の先端から灯った炎に感動して何度か点けたり消したりを繰り返す。


「っと、面白過ぎて最初の目的を忘れるところだった」


 自分の行動に苦笑いしながら、同じ要領で携帯端末に魔力を流してみる。


「点いたっ……けどロックかかってるな」


 二人の研究員の端末を試してみるが、起動魔力が違いますと帰って来る。


「しゃあない、IDカードだけパクッてミヨコさん救出に向かうか……って言っても、ミヨコさんが何処に捕えられてたかはゲームで出てこないしなぁ」


 そう思いながら首を捻ってると、左手に有る廊下の先から、足音が近づいて来る音が聞こえてくる。


 咄嗟とっさに壁に張り付きながら、音がした方を覗いてみれば、先ほど少年を連れてった2人組が丁度近づいて来る所だった。


 ……このままだと後数秒で鉢合はちあわせる事になるだろう。


「……先手必勝だよな?」


 バカみたいに跳ねまわり始める心臓と、震え始めた右手を必死に抑えながら、杖の先端を向けた所で――自分が何の魔法に適正が有るのか考えるまでも無く、勝手に口が動いていた。


――駆けろ雷撃、雷矢サンダーアロー


 弾けるような音と共に走った稲妻は、研究員の胸に直撃すると、そのまま相手を昏倒させる。


「お、おい、大丈夫かっ」


 突然倒れ込んだ同僚に駆け寄った男に接近すると、その後頭部に杖の先端を向けた。


「おっさん、ソコを動くな」


「っち、何処の組織の人間だ?」


 研究員が顔をしかめながら、膝を地面に付けた格好で両手を上げる。


「ミヨコ……検体番号00345番は何処だ?」


 そう問いかけると、男は怪訝けげんな顔をする。


「何故あんな出来損ないを……っと、頭を杖で小突くのはやめてくれ」


「さっさと話せ、頭が弾けて死にたくないだろ?」


 出来る限りドスを利かせた声で言うが、体が幼いせいで迫力が出ない。


「分かった分かった、345番ならこの廊下を進んだ先の実験室で、今も負荷実験をやってるよ」


「……本当だな?」


「信じられないか? ならついて行ってやってもいいぞ?」


「いや、いい」


 そう言うと俺は再度サンダーアローを起動して、男の心臓付近に打ち込んだ。


 するとビクッと男の体が跳ねた後、地面に倒れ込むのを確認して、俺もその場に崩れ落ちる。


「……くそっ」


 思わず悪態をつきながら、リノリウムで出来た床に拳を叩きつけた。


 体が重く感じるのは、魔力を使ったせいもあるだろうが……殆どは人を傷つけた事による心労だ。


 生まれてこの方、人を傷つける事は愚か、喧嘩すらろくにやった事が無いのだから、今は敵を倒した爽快感よりも、恐怖しか感じない。


「だけど……ナナ達を救うためだ」


 例え夢の中だろうが、ゲームのキャラだろうが、美少女が泣いているのを放っては置けない……。


「……実験室に行くか」


 倒した2人の研究員が息しているのを確認した上で、IDカードを抜き取ると、研究員達が歩いて来た方へと足を進める。


「実験室か……つくづく、酷いゲームだ」


 ミヨコさんの回想シーンで、イベントCG付で出て来た時には、人を人とは思わない悪行が繰り広げられているのが確認できた。


「現状はそこまでやられてない……と思いたいが」


 進む足を速めながら歩いていくと、一つの大きな扉と、その脇にカードをかざす用のパネルが有る事を確認する。


 中にどれだけ人が居るのかも分からず、自分が後どれだけ魔法を打てるのかも分からない状況には不安を感じるけれど、それでも俺は幸せな結末を掴み取るために、IDカードをかざす。


――認証されました、ドアが開きます


 そんな音声と共に扉が開かれると、そこには体育館程のスペースが広がっており、ざっと見ただけで100人以上の人間が居ることを確認して……すぐ近くにあったベッドの下へ潜り込んだ。


「おい、今扉開かなかったか?」


「あん? 気のせいだろ」


 研究員達がそんなやり取りをしているのを聞いて、俺は必死に息を潜める。


「しっかし、アノ使徒化の研究意味あんのかね? 曲がりなりにも成功したのは、345番位だろう?」


 近くの研究員から345番――ミヨコさんの名前が出て、俺は必死に聞き耳を立てる。


「そう言うなって、散々改良を重ねて1000番台まで来ても345番以下の性能しか出せずに上層部は焦ってんだから」


「間違いねぇ」

 

 そう言って笑い合う男たちの神経が、俺には理解できなかった。


 設定と言われればそれまでだろうが、人は同じ人間を傷付ける事に人はここまで無関心でいられるのか?


「おーい、新しい検体を取りに行ったカーク達を誰かみたか?」


 遠くで扉が開く音と共にそんな声が聞こえて、思わず息を飲む。


――抜き取ったIDカードの一つにカーク・クラークと書かれていたのだから


「おい、お前みたか?」


「いんや」


 そんな会話が繰り広げられている間に、俺は必死に頭を回転させる。


 このまま行けば誰かが男達を探しに行き、5分もしない内に異変に気が付くだろう。


――どうする、どうすればナナ達を救える……


「じゃあ、俺が見に行ってきますよ」


 そう言って近くの男が、廊下の方に向かって歩いて行くのを見た時、あることを思いついた。


「……灯れ《トーチ》」


 近くに有った別のベッドに腕を伸ばし、杖の先端でシーツに触れると発火させた。


「うおっ、ベッドが燃えてるぞっ。誰か水魔法使えっ」


「誰かっ、助けてくれっ、服に燃え移った!」


 突然の事態に研究員達が騒ぎ立てるのと同時、隙を見てベッドの下から抜け出すと、部屋中の色々なところに火をつけて回る。


 幸いなことに物が多いこの部屋は、俺の体が小さいのも相まって、隠れて火をつけて回る事にそれ程苦労は無かった。


「おい、何事だっ」


 部屋の至る所に火をつけて回り、研究員達が消火している様子を柱の陰から隠れて見ていた時、一人の男が、俺が来た場所とは別のドアから入って来た。


 その男の体は見るからに研究員達とは別物で、俺のウエスト位はありそうな腕と、刺々とげとげしい騎士甲冑から、そのキャラクターの名前を思い出す。


――猛将、グンザーク


 ゲーム序盤から中盤にかけて出て来る敵キャラで、ステータスを地面魔法と力に振り切ったこの施設の護衛隊長だ。


 高校生になったチート主人公なら倒す事も可能だが、今の俺では軽く捻り殺されて終わりだろう……そう思った所で急に湧いてきた恐怖心に、必死で蓋をする。


「グンザーク様っ、実は部屋の各所から不審火が起こっておりまして……」


「不審火だと? 何か発火の原因となる様な物はあったのか?」


 そう言いながらグンザークが、今は消火されて黒ずんだシーツに近づいていく。


「魔力の残滓があるな……」


 ぼそりと、グンザークがそう呟いたのが聞こえて、思わず息を飲む。


「はぁ……水魔法を使って消しましたので」


 そう研究員の一人が呟いたところで、グンザークが男の頬を殴りつけた。


「貴様は馬鹿か、これは誰かが魔法を使って火をつけて回ったと言っているんだっ」


「えっ、そんなまさか……いったい誰が」


「さてな、だがネズミが紛れ込んでるのは間違いない。俺は上層部に確認してくる、お前らはこの部屋以外にも不審な奴が居ないか確認しろっ」


 そう言ってグンザークは入って来た扉と同じ扉を使い、速足で戻っていく。


 同時、部屋中はパニックになり、何人かの研究員が俺の入って来た扉から出ていくのが見えた。


――マズイ、マズイ、マズイ……騎士団の部隊が来るまで後どれ位か分からないけど、このままだとナナやミヨコさんがっ


 必死に頭を回してみるも名案は浮かばず、その間に一人の男が、息を切らして入って来た。


「カーク達が、気絶させられてるぞっ。何人か来てくれっ」


 いよいよ昏倒させた男達の事が気付かれてしまい、部屋に居た内の1/3程が部屋を出ていく。


――ここでいっそ暴れてみるか? いや、この部屋じゃ直ぐに取り囲まれて殺されるだけだ……


――それならっ


 俺は一度大きく深呼吸すると、タイミングを伺いながら、グンザークが入っていった扉……先ほど検体の状況を聞きに来た隊員が戻っていった扉へと潜り込んだ。

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