第12話 力の代償

 レーナ先輩が騎士団に来て2日が経ち、シャーロットが退院、俺も松葉杖で移動出来る様になった昼下がり、俺は主治医のルーランさんに診察室へ呼び出されていた。


「調子はどうかしら?」


「普通にいいですよ。そりゃ万全ではないですけど、1週間前に比べれば格段に良くなってます……と言うか、そこら辺はルーランさんの方が知ってますよね?」


「ええ、ただ改めて本人の主観を改めて聞いておきたくてね」


 少し複雑そうな顔をして言ったルーランさんは、少し躊躇した後、10枚程の紙の束を差し出してくる。


「これは?」


 尋ねながらパッと見てみれば、紙には様々なグラフと、その補足説明がビッシリと書き込まれている様だった。


「セン君が今まで怪我をして、回復するまでに要した時間を現したグラフと、それに対する医療スタッフの見解よ」


 そう言われて見てみれば、時系列毎や怪我の重症度毎に分類されたグラフが記載されており、年を重ねるごとに怪我の治り方が変化している事を、分かりやすく書いてあった。


「3枚目以後は、セン君と一般隊員との比較なのだけど……見て貰えば分かる様に、ここ最近のセン君の回復速度は正直、人を超えてるわ」


「……」


――もともと、察していた事ではある


 今回シャーロットと同タイミングで入院し、怪我の度合いは遥かに俺の方が重かったにも関わらず、退院のタイミングが2,3日しか変わらない点からも、自明の事だったから。


「原因については薄々セン君も気づいてたでしょうけど……今回、遺跡から発見された疑似天使の遺体を調べさせてもらった事で改めて判明したのだけれど、セン君はかなりの速度で疑似天使――彼女と同じ状態に近づいていると見ていいわ」


 そう言われて俺は……漠然とした恐怖を覚える。


 もし仮にこのまま進行して行けば、あの黒い天使の様な、人では無いナニカになると告げられたのと同義だったから。


「……具体的な数字にすると、どの位の割合で進行しているんですか?」


 そう問いかけると、ルーランさんは一度大きく深呼吸した後、揺れる瞳で俺を見た。


「進行具合は70%といった所かしら」


「70%、ですか……」


 その数字が示すのは、残り30%が無くなれば、俺はアレと同じに存在になると言う事実だ。


「ただ、私達も何もしないで見てるつもりは無いから、そこは安心して」


 そうルーランさんがはにかむと、俺も釣られて少し笑った。 


「ただ、今学院側と共同で遺跡に有った書籍を調査中なのだけど……現状分かっている事だけでも結構ショッキングな内容だったわ」


 そう言いながらルーランさんが、持ち出し厳禁と書かれた書類を手渡してくる。


「これは?」


「セン君たちが見たって言う、黒い天使が書いた日記の翻訳版よ」


「っつ……」


 思わず手に持った紙束を落としかけて、慌てて掴みなおす。


「勿論読みたくなければ、無理して読めと言うつもりは無いけど……」


「いえ、読ませてください」


 俺はルーランさんの言葉を遮り、翻訳された日記を読み進めた。


――書かれていたのは、黒い天使が人間だった頃の話


 かつて聖女として祭り上げられていた少女が、天使の羽を受け取り――本人も周囲も段々と狂っていく様が描かれていた。


「まさかこんな古い時代……少なくとも千年以上前から、天使に関する研究が行われていた事には私も驚いたけれど……でもこれで、大きすぎるリスクを再認識できたのは不幸中の幸いだったわ」


「そう……ですね」


 ゲーム内では、ナナが使徒化を頻繁に使用した結果、大きく寿命が削られたと言う描写は有った。


 だが、この日記の様に正気と狂気を繰り返しながら、世界に絶望していく事は想像していなかった。


「それで、団長達とも話をしたんだけど……雷天の使用を原則禁止とさせて貰えないかしら?」


「……これを読んで、否とは言えないでしょう。ただ、全面禁止じゃない理由は何かあるんですか?」


 思わず疑問に感じそう尋ねると、一時的に技術部に預けていた、遺跡から見つかった指輪を差し出される。


「指輪がどうかしたんですか?」


「この指輪に近くの人と通信できる機能が有るのは、知ってるわよね?」


「? それは勿論」


 通信切り忘れたせいで、皆から白い目で見られたのだから、忘れる訳も無い。


「使用禁止解除の条件として、その通信機能を利用して1人以上から許可を貰う事、と言う契約を指輪の保持者全員と結ぼうと考えてるわ」


「……え? てことは、団長達がこの指輪を持つんですか?」


「いやいや、違うわよ。そもそも、その指輪は距離が離れると通信出来なくなるから、私達が持っても意味ないじゃない」


 何を言ってるの? と言う風にルーランさんに問いかけられ……俺はようやく、言われたことの意味を正確に把握した。


「まさか、皆にその契約を結ばせるつもりですか?」


「ええ、そうよ」


 そんな風に素っ気なくルーランさんに言われ、思わず俺は頭に血が上った。


「そうよって……彼女たちに、俺の命を背負わせる様な選択をさせるつもりですかっ!」


 思わず叫びながら痛む体を無視して詰め寄ると、ルーランさんは強い意志のこもった目で俺を見てくる。


「だからこそ、よ。アナタが何よりも守りたいと常日頃言っている彼女たちだからこそ、アナタが自滅しかねないスイッチを押す資格が有ると、私達は思っているわ」


 強く、しかし温かみの有る言葉でそう言われ、思わず言葉を詰まらせる。


「皆はこの事については?」


「まだ知らないわ……ただ少なくとも、彼女たちにはリスクについても含め、全面的に開示しようと思ってるわ。その上で、セン君が許可すればこの機能についても説明して、受け入れた子とだけ契約する事になると思う」


「……そう、ですか」


 何度も大きく深呼吸して、気持ちを落ち着ける。


 今回の契約を皆が結ぶか……それは、正直分からない。


 何せ、彼女たちには何のメリットも無いのだから。


 ただ、皆が俺の事を知る権利は、有ると思う……既にこれだけの事に巻き込んでしまっているのだから。


「分かりました、皆に判断は委ねます」


 そう言って俺が了承すると、その日の夕食後に皆でミーティングルームへと集まる事が決定した。

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