俺の魔法に狂いは無いようだ

 ゲートに吸い込まれると、時空の歪に入ったせいか……

 古い記憶がよみがえる。



 ガキの頃は、神童と呼ばれてた。


 小学校低学年の頃にチェスの子供大会…… まあ、街で行われた小さなイベントだったけど、それに三年連続で優勝したし、運動会でもマラソン大会でもヒーローで成績も悪くなかった。


 厳しかった親父も俺を自慢していたし、あの頃は母も優しく、いつも俺の後をついてくる、ひとつ年下の弟も可愛がっていた。


 状況が変わり始めたのは中学の時。

 何処かで何か、魔が差したように……


 徐々に成績が落ち始めた俺に対して親父の態度が厳しくなり、母は徐々に成績も上がり中一でサッカー部のレギュラーを勝ち取った弟に夢中になった。


 ――せめて学校の成績だけでも。

 そう思った俺は補欠だった陸上部を辞め勉強に集中したが、なかなか結果が出ない。


 何かが崩れ始めると、勢いは増す。

 それを本人ひとりで止めることは不可能だ。


 一向に成績が上がらない俺に親父も母も愛想をつかし始め、家庭内では弟の話ばかりになり、陸上部を辞めた俺はクラスでも浮きはじめ、いじめの対象になり……


 何とか滑り込んだ高校も進学校とは呼べず、ガラの悪い同級生たちの良い玩具になっていた。


 エスカレートするいじめを教師に訴えても、

「お前にも悪いところがあるのじゃないか?」

 まともに取り合ってもらえない。


 こんなんじゃあ勉強もできないと部屋にひきこもり教科書や参考書と格闘する日々を送ったが、家族との距離は開くばかりで俺を居ないものとして扱う親父や、


「もうあの子の面倒を見たくない」

 母の言葉や、

「兄貴キモいんだよ」

 弟の言葉が聞こえてきたような気がしたが……


 俺は狂ったように勉強を続けた。

 ――いや、実際もう狂ってたのだろう。


 幾つかあいまいな記憶があり、その辺りのことはあるきっかけがなければ、確りと思い出すことも出来なかったほどだ。


 鏡の中で痩せ細り狂気に満ちた男が笑いかけるようになった頃、知らない女性が話しかけてくるようになり、とうとうその女がハッキリと目の前に現れると、


「あなたはこの世界の肉体を失いましたが、ある条件を満たしました。違う世界で生を受けて、人生をやり直しませんか」


 優しく微笑みながら、そんなことを言った。


「何か条件でもあるのか」

「世界を救ってください、そのために必要な力も与えましょう」


 俺も微笑み返したつもりだが、ゲームや漫画に登場する女神のような美しい女性が苦笑いしながら距離を取ったから、上手くいってなかったのかもしれない。


「力じゃないとダメなのか」


 そう、その時俺は想像の世界でもいいから切望するものがあった。


「なんでしょう」

「こんな俺でも見捨てずに、最後まで付き添ってくれる人物」


 そう呟くと俺の意識は消え……



 目覚めると、日もろくにあたらない深い森の中にいた。

 遠くで獣の雄叫びのような物も聞こえてくる。


 途方に暮れていると、


「どうした、こんなところで行き倒れか?」


 猿の耳と尻尾を持った、どう見ても十二歳~十三歳ぐらいの美少女に話しかけられた。


「俺を見ても不気味だと思わないのだな」

「ふむ、やせ細り餓鬼のような飢えた表情をしておるが、なかなか良い目をしておる。実に好みじゃ」


 そしてスラリと整った鼻をひくひくさせて、


「我の森で嫉妬の女神リリアヌスの匂いがすると思って慌てて来てみれば、こんな事か。あの悪戯好きな神々が何を考えておるか分からんが…… まあこれも何かの運命じゃろう」


 赤茶色のフワフワとした癖っ毛の中に猿の耳を隠し、尻尾も見えなくすると、


「賢を極める気が有るのなら、ついてこんか? ――その瞳の奥には選ばれし者の輝きが潜んでおる」



 そう言いながら、優しく手を差し伸べてくれた。


 それが三千年の時を生き、その世界で唯一人『大賢者』の称号を得た……

 大賢者ケイト・モンブランシェット。


 ――俺の師匠との出会いだ。


 そこまでの記憶がリプレイすると、大きな光に包みこまれた。

 指定した座標に到着したのだろう、自然と胸の鼓動が高くなる。


 そして俺は懐かしい商店街の路地裏の……

 なぜか粗大ゴミ置き場に詰め込まれていた。



   × × × × ×



 正直、何年異世界にいたのか良く解らない。師匠に弟子入りを認められ、修行に明け暮れていた頃の時間感覚があいまいだからだ。


 無限回廊図書と呼ばれる亜空間に閉じ込められ、数億冊の書籍を理解するまで外に出れなかったり…… 太古の龍王を退治しろと言われ、何度も死にかけてはその血を浴びて復活し、最終的にその龍王を配下にしたのは、どのぐらいの月日を必要としたのか思い出せない。


 師匠のアドバイスは少なかったが必要なタイミングで俺を救い、導いてくれた。

 それが無かったらくじけるか命を落としていたが、楽しい日々であったことも間違いなかった。


「熱中し過ぎるのも悪い癖なんだろうな」

 しかしここにきて、初めて時間の感覚を失っていたことを後悔する。


 俺の見た目は二十歳前後だから、素直に考えれば五年ぐらい経過したことになるが、いまいち自信がない。


 勇者パーティーの連中は皆同い年ぐらいに見えたが、

「サイトーは考えが大人だよな、やはり大賢者だ」

 よくそんなことを言われた。


 俺は捨てられたタンスや机や椅子をかき分け、何とか外に出ると、

「とにかく前向きに考えよう」

 身体についたホコリを払い、胸を張って歩き出す。


 周囲を見回しても、子供の頃見たSF映画のように車が空を飛んではいなかったし、スケボーも空中浮遊していない。

 随分デザインが変わっていたが自動車は四本のタイヤで走っていたし、子供たちは皆普通に走って遊んでいる。


 しかし活気に沸いていた駅前商店街は、夕方の書き入れ時なのにシャッターが下りている店が多く、人通りもほとんどない。


 できれば立ち食いしたかった懐かしのコロッケ屋は、店舗すら存在していなかった。しかもシャッターにはスプレーで妙な落書きをされた店まである。


 まさか人類が破滅に向かっているとか、日本経済が崩壊したとか……


 そんな嫌な思いが頭をよぎったが、目的の洋服店が目に入り、営業中の看板も立っていたのでとりあえずホッとする。


「まず情報を収集してからだな」


 中学の指定服を扱っていた店だが、紳士服も扱っていた。

 そこの娘が小・中と同級生で、店主のおじさんも気さくな人で、小学時代俺にチェスを教えてくれた人でもある。


 この店の、落ちこぼれ始めても俺にも分け隔てなく話しかけてくれた幼馴染の加奈子ちゃんなら、事情を話せば助けてくれるかもしれないと言う思いもあったし、突然自宅に帰る勇気もなかったからこの場所を選んだが……


「いらっしゃい」


 店番していたのは、高校生ぐらいの知らない女の子。

 五年経過してれば加奈子ちゃんも二十歳ぐらいのはずだし、着ている制服は見たことがないブレザーだった。


 手にボタンのない電卓のような物をもって、それを眺めているだけで…… 顔すら上げようとしない。


「えーっと、とりあえず着られるものが欲しいのだけど」


 不審に思いながら話しかけると、女の子は俺を見て首をひねる。


「コスプレ・イベントか何かの帰りですか?」


 活発そうな美少女で、ぱっつん前髪に肩までのセミロングの髪は清潔感にあふれていた。身長も女の子にしては高そうで、躍動感のあふれる体つきは、スポーツか何かを本格的にやってそうな感じだ。


 俺があいまいに頷くと、

「普通の服ならもう少し行ったショッピングモールで買った方が、種類も多くて安いですよ」

「ショッピングモール?」

 これは怪しい人物に対する購入拒否だろうか。


 しかしその女の子を見ると何処か加奈子ちゃんに似ている。

 意志の強そうな瞳と整った鼻立ちは、独特の人目を惹く美しさがあった。


 ひょっとしたら親戚かな?


「昔よくこの店で買い物をしたから、懐かしくって。その、加奈子ちゃんは元気ですか」


 思い切って、そう切り出す。

 師匠からもらったローブの下は、陛下からいただいた帝国の騎士服のままだ。


 店内にあった鏡で確認しても、二十歳そこそこの怪しい男にしか見えないから、先ずはこの服を何とかしなきゃいけない。


 あの世界に転移した際に、師匠が俺の持ち物…… その時着ていた服やポケットに入れていた財布等を『収納魔法』で保存してくれたが、すっかりサイズが合わなくなっている。


「加奈子…… 母ですか? ちょっと待ってて下さい」


 女の子はそう言うと俺を睨んで、店の奥に逃げるように走って行った。


 母? 聞き間違いだろうか。

 それとも俺が怪し過ぎて、適当な嘘をついて警察でも呼びに行ったのだろうか。


 それなら事が大きくなる前に姿を消そうと、魔術がどこまで使えるのか確認する。

 ローブのポケットに入れていたチェスの駒型魔法石に魔力を通してもちゃんと反応してくれたし、瞳に魔力を通しても周囲をサーチすることができた。


 この手ごたえなら、簡単な転移魔法や飛行魔法は使えるだろう。

 念のためサーチ魔法で周囲を警戒しながら待っていると、


「うそっ」


 店の奥から二十代後半に見える、加奈子ちゃんが年齢を重ねたらこうなるかもしれないと思う美しい女性が、両手で口を押えながらそう叫ぶ。


 ふわりとした栗色のロングヘアにピッタリとした黒のニットとグレーのタイトスカート。ややツリ目の大きな瞳は昔と変わらない魅力にあふれていて、整った顔立をさらに引き立てていた。


 問題があるとしたら、ちょっとエロすぎる雰囲気だろうか。

 ニットの胸元が大胆に空いていて、目のやり場に困る。


 俺がついつい足元から順にその女性を眺めてしまうと、

「身長167センチ、ヒップ88、ウエスト59、バスト95のGカップ」

 そんな解析結果が脳内に表示された。


 狙ったわけじゃないが、悪い情報でもない。うん、まあここは前向きに考えて……

 俺の魔法に狂いは無いようだ、と。


 ――心の中で呟いてみた。

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