段ボールのお城
麻也ちゃんに巫女服や抜き出した自爆術式を見せて説明すると、何とか納得してくれた。
「それでお客さんなんだけど、あんたを訪ねてきたみたい」
「どんな人?」
「パツキンのボインボイン」
麻也ちゃんが何を言っているのか分からなかったが、店の受付まで行くと黒いスーツに身を包んだ見覚えのある金髪の男を従え、パツキンのボインボインさんがカウンター越しの椅子に座っていた。
俺がカウンターに入ると、ニヤリと微笑む。
そして高級そうなビジネススーツに身を包み、豪華なブロンドと大きな碧眼を揺らしながら、
「あの
ポケットから名刺を取り出した。
すると意図せずまたサーチ魔法が稼働し、
「身長172センチ、ヒップ84、ウエスト58、バスト98のDカップ」
謎の申告を表示する。
もう、能力が勝手に暴走しているようだ。
「かまいませんよ」
パツキンさんが後ろに立つ男に小声で話しかけると、俺の翻訳魔法が展開した。
こちらは正常に動いてくれてるようで、
『この男には教会から仕入れた銀の弾丸も効かないだろう、同志諸君は下がっていたまえ』
そう翻訳される。
発音のニュアンスから英語ではなくて、ロシア語かそれに近い言語だろう。
『こんな夜更けに何の用ですか』
その言語にチャンネルを合わせたまま俺が話しかけると、
『あら、あたしたちの母国語を話せる人に、日本で初めて会ったわ』
とても楽しそうに笑う。
しかし、
『俺も日本で初めて妖精に会いました』
そう言うと、パツキンさんは美しい碧眼を少し細めた。
名刺には『リトマンマリ共和国、国立通商会、日本支部長、アリョーナ・ルバルト』と書かれている。
パツキンさんたちに見えないようウィンドウを開いてネットで検索すると、ちゃんとした国立企業として登録してあるが、ロシア系マフィアの噂があった。
ネットの情報によると、ソ連崩壊以降、小国が国を挙げて犯罪組織を運営するケースが増えているそうだ。しかも彼女のまとう魔力は、前の世界で会ったエルフやドワーフと同じ妖精特有の物だ。
「……半分だけね。純粋な妖精からは疎まれるし、人の世界では上手く生きていくのが難しいのよ。こんな仕事でもしないと」
「それで、そんな難しい人が?」
「からかわないで、貴方ほど複雑じゃなさそうだから。それに話は簡単な事よ、この件からどうやって手を引いたらいいか、それを聞きに来ただけ」
彼女の事情までは理解できないが、この組織が求めていることは分かる。
盗賊ギルドや暗殺ギルドとの取引と同じだろう。
日本で活動の保証をしていた
しかも下神一派とは事を構えた後だ。
この企業の戦力がどこまでのモノか分からないが、ただで済むとは思えない。
その落とし前をどうつけるかの話だ。
「あなたのビジネスはこのまま進めても収益を生む状態ですか」
「そうね、温泉関係は欲しがる開発業者が多いから何とでもなるし、既に買収はほとんど終わってる」
「商店街は?」
「
なら、話は早い。
「じゃあ、下神一派からの攻撃があれば俺が対処します。代わりにこの店を見逃してくれれば、あとはお任せします」
「あら、正義の味方はすべての人を救おうとするんじゃないの?」
「残念ながら正義の味方じゃないので」
街が移り変わってゆくのは少し寂しい気がするが、経済的な
むしろ温泉街が活性化すれば街も潤うかもしれない。
しかし、この店の問題は俺が責任を持つと言った人々の範囲の中。
信念を通す場所だ。
パツキンさんは少し悩むようなそぶりを見せて、
「じゃあ下神の連中から守ってくれると言う保証をちょうだい」
ゴージャスなブロンドをかき上げ、俺の顔を色っぽい顔で見上げる。
ここで言う保証とは、きっとお金のことだろう。
彼らは「信用」とか「保証」とか「恩」とか、色々な名称でお金を呼び、言葉を濁しながら取引を行う。
もう一度ネットで検索すると、リトマンマリ共和国はレアメタルを中心とした輸出で経済を支えていた。
おまけに彼女の魔力の波長はドワーフに近い。
見た目はエルフのようだが……
「これの換金は出来ますか」
俺は収納魔法から、異世界で屑鉄同様に扱われていた金属の粒を取り出す。
日本に転移を決めた時に集めた物のひとつだ。
パツキンさんはそれを手に取り、魔力を集中させ、
「可能だけど、条件は?」
笑顔を崩さず俺を見つめ返す。
やはり、ドワーフと同じで鉱物の分析ができるようだ。
俺の調べでは、不純物も多いが
今ネットで検索してもグラム単価四千円を超えて居るから、手数料を引いても三千円。
含有率は半分程度だから、キロ当たり百五十万円にはなるだろう。
俺は同じものを五キロ取り出して、テーブルに並べる。
「五十で引き取とってもらえませんか」
これなら七百五十万円を五十万円で売ることになる。
「五十?」
パツキンさんは目を広げてその鉱物の山を見た。
「確かここの評価額が、その差額で相殺できるはずです」
加奈子ちゃんは地上げ屋に、七百万円で立ち退けと言われそうだ。
まだお金をもらってないらしいが、押し付けられた契約書は持っていた。その金額を迷惑料として納めれば、この店に手を出さない条件として十分に釣り合うはずだ。
パツキンさんはテーブルの上の鉱物をもう一度魔力で調べて、後ろの黒スーツさんを呼び、スマホを取り出して何やら確認すると、
「ず、随分と気前が良いのね」
何故か少しどもりながら答える。
この規模のマフィアにとって、数百万程度は大した額じゃないだろうに。
しかしこの手の取引は、押しどころで押さなきゃいけない。
「その程度は俺にとって、はした金なので。それに昨夜のようにあなたたちに迷惑をかけたくない、これからは同志になるのですから」
俺が念押しで…… 素顔で微笑みかけると、ゴクリとつばを飲み込んだ。
そのおびえたような表情は、ちょっとエロくて来るものがある。
「わ、分かったわ、そ、それじゃあ書類と金を用意する。それから五十は何処に振り込めば……」
「現金で頼めますか」
「いや、さすがに…… それに、洗うのにも時間がかかるわ」
お金を洗う?
俺が首をひねると、パツキンさんが小動物のように振るえた。
「失礼な事を言ってしまったようね。そうね、あたしたちの組織力を試しているのかしら、だったら心配しないで。今すぐ手持ちを集めて、書類もすぐ持参するわ。残金も数日中には耳をそろえる」
おびえさせ過ぎるのも逆効果だが、まあやってしまったものは仕方ない。
だからいつもの作った表情で笑いかけると、もっと引かれてしまった。
「もちろん大丈夫ですよ」
パツキンさんは俺の言葉に頷くと、テーブルの上の鉱物を大切そうに持ち出して、急いで去って行く。
翻訳魔法も調子が悪いのかと首をひねっていると、麻也ちゃんとメイド服を着た猫が心配そうに覗いていることに気付いた。
「また来るって」
「ご主人様、カッコ良かったですー」
「何話してたのよ、言葉も分かんなかった」
二人がカウンターに来たので、猫の今後について話し合う。
「収納魔法の中にずっと閉じ込めておくのは可哀そうだから、自由に外に出れるように扉を作ろうか」
「どこに? ママに見つかったら説明に困るし、店先で猫なんか飼えないわよ」
「なら俺が借りてる部屋の中に……」
「それこそ不安よ、またさっきみたいな事があったら嫌だからね」
麻也ちゃんはまだお怒りのようだった。
仕方がないので捨ててあった段ボールで屋根と出入口をつけた小さな小屋を作り、そこに収納魔法を繋げる。
「なら、これを外にでも置いとくか。一応雨風防げる魔法をかけておいたから」
「ご主人様、あたし犬じゃないので、さすがにちょっとそこから出入りは……」
しかし猫からダメ出しを食らってしまった。
イメージは犬小屋じゃなくて、お城だったのに。
「仕方ないなー、その小屋あたしの部屋に置いとくわ」
「えっ、その段ボールの小屋決定なんですか」
そんな話をしていると急ブレーキの音が聞こえ、黒塗りの車が店前で停止した。
時計を見ると三十分程度しか経っていなかったが、
「どうぞこちらを」
旅行鞄のような大きさのスーツケースを運び込んで、黒スーツさんが深く頭を下げてから去って行った。
スーツケースを開けるとギッシリ詰まった一万円札と、温泉旅館や商店街の土地や建物の権利書がある。
「はて」
俺が首をひねると、手書きの書類が見つかり、
『50億円の前金として1億円、および購入済み温泉街の権利書と商店街の権利書一式、残りの必要書類及び残金は近日中にそろい次第』
そんな走り書きがしてある。
「あああ、あんたまた何したの!」
麻也ちゃんの慌てる顔を見上げながら、五十の下の単位を「万」とも「億」とも言って無かったことに気付く。
そうなると、あの鉱物の不純物が何だったのか心配でならないが……
まずはこの金と権利をどうするべきか、頭が痛かった。
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