まるで凍てつく吹雪のような
「百十九歳です。でも十九年前まではただの猫でしたから…… そのー、十九だニャン♡」
サラサラのロングヘア―の上にある黒い猫耳を揺らしながら両手を頬の横で猫っぽく曲げてこびを売る姿は、なかなかあざとくって可愛い。
「だニャンじゃないでしょ!」
俺が感心していると、麻也ちゃんがスリッパで猫の頭を叩いた。
あのスリッパは何処から取り出したのだろう?
「何すんのよ」
猫が睨み返すと麻也ちゃんも尻尾と耳を出して唸り返す。
二匹の獣がなわばり争いをしてるみたいだが、元々仲が悪かったのだろうか? 後でどちらかにそれとなく聞いてみよう。
「そうなるとやっぱり使役するのが安全なのかな」
完全に俺の制御下におけるから、一番守りやすい形態だが、
「反対! 情報も聞きだせたし、もうこんなの段ボールにでも詰めて河原に捨てちゃおうよ」
麻也ちゃんはどうやら反対のようだ。
「でも麻也ちゃん、それって動物愛護法的にどうなんだ」
「じゃ、保健所に連絡するとか」
これを保健所が受け取ってくれるとは思えないが……
「ご、ご主人様、そんな捨てるなんて言わないでください」
演技とは言え泣き付かれると弱い。
まあ、約束もしたことだし、
「麻也ちゃん、この猫の責任は俺がとるから許してやって」
「でもまたいつ裏切るか分かんない」
「その為にも使役して『誓い』で縛っとくよ」
そう言うと麻也ちゃんも納得してくれた。
「
「もちろん全然OKです!」
猫が喜んで俺にすがりつくと、麻也ちゃんが脳天にチョップを落とす。
「じゃあ、早速」
俺がまた麻也ちゃんとにらみ合ってる猫に使役の契約魔法を使用しようとしたら、
「その服、何か呪いがかかってるね」
寸前のところで魔術が歪められた。
「ああ、なら多分それは芦屋様の『
「じゃあこっちで服は勝手に変えても良い? それからその魔術を調べたいから、巫女服をもらっても……」
そこまで言うと、麻也ちゃんが俺の頭をスリッパで叩いた。
「匂いでも嗅ぐの」
「まさか、そんな分析方法なんかないよ」
「あっ、ご主人様、なんなら下着もお付けしましょうか?」
猫がふんふんと鼻歌を歌いながら袴を脱ぎ始めると、
麻也ちゃんが飛び掛かり、二匹の獣が唸りながら睨み始める。
もうこれはとっとと作業をすまして、猫をテントにしまい込むべきだろう。
「そのままで良いよ、服は……」
どうもイメージ力が貧困で、よく知らない服は作りこめない。
高校生活が楽しかったっていていたし、これなら見慣れていた服だからいけるだろうと、
「誓いに基づき、その者に我が衣をまとわせろ」
猫の服装を変えると、
「何これ、そっち系の夜のお店の人? 猫耳にそれって、もう最高」
麻也ちゃんがケラケラ笑い、
「ご主人様、今時この靴下はちょっと……」
猫も黒い耳と二つの尻尾をシュンとさせる。
俺が良く知るセーラー服のミニにルーズソックスは、どうやら評判が悪いようだ。
確かに何故か、お金を払いたい衝動にかられる。
× × × × ×
麻也ちゃんの提案でスマホに仕組んだウィンドウを三人で見ながら、ネット検索で猫の衣装を選んだ。
119歳だから消防士が良いと主張する麻也ちゃんの意見は猫に却下され、ルーズソックスなしでも良いからセーラー服という俺の意見も二人から却下された。
どうやら俺の青春は帰ってこないらしい。
「これなら可愛いです!」
結局本人の強い希望でメイド服になった。
「やっぱりそっち系のお店の人にしか見えない」
麻也ちゃんは今ひとつ納得していないようだったが、ミニスカ・セーラー服よりましだと妥協してくれた。
しかしネットでメイド服を検索すると信じられないほどの数がヒットした。
日本の格差社会が進み、富裕層に仕える若い女性が増えたのだろうか。
喜んでエプロンドレスと二本の黒い尻尾をフリフリさせている猫を見ながら、色々と頭を悩ませていたら、
「あれ? こんな時間にお客さんだ。ママまだ寝込んでるし、あたし行ってくるね」
ドアベルの音に麻也ちゃんが慌てて部屋を出る。
「ご主人様見て見てー、萌えるでしょ」
すると猫が嬉しそうにくるくると回転を始めた。
「萌える?」
「たしか、少女の美しさや可愛い仕草の総称です」
もう、日本の将来が心配でならない。
「何でしたらあのセーラー服みたいに、もう少しスカート短くてもいいですよ」
回転を止めると、猫はスカートを恥ずかしそうにたくし上げた。
スラリとした太ももと黒いレースのパンツが見えちゃっている。
「何考えてるんだ?」
「六畳ひと間のボロアパートでカップ麺食べてたあたしが、三食豪華リビング付きの部屋をもらって、陰湿なジジイから妙な仕事を押し付けられてたのに、優しくて強いイケメンがご主人になったんです。あの狐は邪魔ですが、もう人生勝ち組ですね!」
「苦労してたんだな」
「はい、もう、だからどれだけでもサービスしちゃいます」
俺はあきれて脱ぎ捨てられていた巫女服の分析を始めたが……
「なあ猫、おまえ下神を抜けようとしたり、不満を口にしたことってあったか」
「不満はみんな結構言ってたかな。真剣に抜け出そうとしたことはないけど、士官クラスの人に注意されたことはあります」
「この術式は使役のための物じゃなくて、自爆様式だ」
「へっ?」
猫が慌てて俺に近付いて来る。
術の様式は漢文のように古い漢字で書かれていたが、内容はほぼ同じだ。分かり易いように色を付けて魔法陣を投影すると、
「う、うそ…… どうして」
俺に捕まることを前提にして派遣されたのか、それとも猫のような戦闘員全員にそうさせているのか。
しかも近付いて来た猫にも同じような違和感がある。
魔力の流れを追うと、
「こっちにも何かあるな」
猫の心臓の上に同じようなステルス式の魔法陣があった。
「へっ」
猫が慌てて俺の目線を追って、胸元を覗き込む。
メイド服の胸元は大胆に空いていたから、黒のブラジャーが見えてしまったが……
その瞬間、カチリと音がして魔力が向上した。
「動くな、今解除する」
同じように色を付けて投影すると猫の顔が青ざめる。それは巫女服にあったものと同じ自爆術式だ。
式自体は簡単だが、下手に抜き取ると猫の心臓を壊しかねない。しかもその動作やロックのキーは暗示をもとにした『記憶』に閉じ込められていた。
ひょっとしたら、この術式を自分で認識するのも「動作キー」のひとつなのかもしれない。
猫もそれに気付いたのか、ブルブルと震えだす。
「ご、ご主人様……」
「いいか、俺の目を見て視線を外すな。多少の痛みがあるかもしれないが、必ず抜き取る」
猫の腰に左腕をまわして押し倒し、右手を心臓の上の術式に乗せる。
そして瞳を覗き込み、解呪の道を読み取りながら右手を動かした。
ひとつひとつ解読しながら指を動かすと、
「あっ、うっ」「やっ…… ダメっ」
指先に猫の胸が当たってしまうし、妙な吐息が顔に当たってくすぐったい。
ポヨンとかプニッとかの感覚や、美少女の悶える顔が集中を妨げる……
――くそ、なんて卑怯な魔法なんだ!
俺は心の中で、色々な意味で悪態をついた。
「もう少しの辛抱だ」
何とか最後の爆発コアまで手が届き、俺がそれを指先でつまんで引き抜くと、
「あっ!」
猫が大きく身体を震わせる。
ギリギリのところで解呪に成功して、俺が額の汗を拭うと、
「ご、ご主人様」
怖かったのだろう、猫は俺の首に手をまわしてしがみ付き、何度も小さなけいれんを繰り返した。
「痛みはないか?」
「はい、挿入感みたいなのは残ってますが痛みはないです」
しかし顔が真っ赤で息も荒い。
心配になりもう一度その大きな瞳を覗き込むと、
「やっぱり、一生ついてきます」
猫はゆっくりと目を閉じた。
はて、これじゃあ暗示が残っているかどうか確かめられないと困っていると、
「ねえ、あんたたち何してんの?」
まるで凍てつく吹雪のような、麻也ちゃんの声が聞こえてきた。
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