巫女服を着た美少女の嘘

 麻也ちゃんと家に戻ると、

「ごめん、まだ調子が戻んなくて…… でも今日はお祝いだから、夕飯はお寿司でも取って」


 加奈子ちゃんの顔はまだ赤いままだった。


「お祝い?」

「うん」


 そしてぽわぽわとした足取りでまた二階へ戻って行く。


「ママまで不幸にしたら、承知しないからね」

 麻也ちゃんに足を踏まれたが……


 きっと誤解が上手く解けてないことが原因なんだろう。

 それぐらいのことは、俺にも分かる。


「ちゃんと責任はとる」

「へー、任せても大丈夫なの?」

「もちろんだ」


 麻也ちゃんは不信そうに俺を睨んだが、

「でもまあ、お寿司ゲットは素晴らしい」


 ダイニングから出前のチラシを取り出して、嬉しそうに眺め始めた。



 何かを間違えたと感じたら、遠回りに思えても最初から状況を見直すのが最短で最善の手段だ。俺はここ数日の記憶を整理しながら、部屋に戻って買ってきたスマートフォンをバラし始める。


 スマートフォンの造りは、やはり異世界の最新式魔道具と基本回路が同じだった。


 対比するために『ステイタス・ウィンドウ』を取り出して同じように分解すると、酷似したパーツが幾つか見つかる。


 魔力をエネルギーとする魔道具と電気をエネルギーにするスマホの違いはあるものの、


「これじゃあ、特許侵害も幾つかありそうだな」

 まあ、異世界間でその手の条約がないのが救いと言えば救いだが。


 ためしに歩兵ポーンを一枚消費しながら、ステイタス・ウィンドウのパーツを幾つか移植してスマホを組み立て直す。


 そして魔力を通すと、

「やはり……」

 スマートフォンの初期画面が現れた。


 俺は箱に同封されていたマニュアルや説明書を取り出し、登録設定のページを開いて更なるおどろきに身を固めてしまう。


「な、なんだコレは……」



 もう、書いてあることがさっぱり分からない。



   × × × × ×



 初期設定やら初期登録に悪戦苦闘して、何とかスマホが使え始めた頃、


「ねえ、握りで良かった?」

 麻也ちゃんが寿司桶とペットボトルのお茶を持って顔を出した。


「かまわないが、加奈子ちゃんは?」

「自分の部屋で食べるって、あの年で知恵熱って…… 娘としてなんか恥ずかしい」


 麻也ちゃんはぶつぶつ言いながらローテーブルの上に二人分の食事を並べ始めたから、


「ちょっと見てほしい」


 ステイタス・ウィンドウの出力画面を利用して空中にスマホを表示させた。


「うわっ、なにこれ」

「どうやら最新のIT機器は魔法と親和性があるようだ」


「動くの?」

「もちろんだよ、電波も魔力を利用して近くの無料Wi-Fiを受信できるようにした」


 そしておれが「OKぐるんぐるん! 近くのコンビニ」と唱えると、マップが現れてそこにピンが刺さる。


「もう本当に凄いんだか凄くないんだか分かんなくなってきた……」


 何故か麻也ちゃんが悲しい瞳で見つめてきたが、

「でもこれなら外でも通話もできるね、SNSの無料通話アプリとかさ」


 自分のスマホを取り出して、色々と説明してくれた。


 二人で寿司を食べながら一通りの設定が終わると、


「そうだ麻也ちゃん、もうひとつ手伝ってくれ」

「なにかな」


「昨夜襲撃してきた巫女服の女の子を収納魔法の中に入れたままだった」

 記憶の整理で思い出したことを話すと、


「はあ? 何でそんな重要な事が忘れられるのよ」

 思いっきり嫌な顔をされたが、


「彼女に話を聞きたいけど、女の子がいる部屋を突然覗くのはマナー違反だろう」

 そう言うと、何とか頷いてくれた。


 俺は麻也ちゃんの前に巫女服美少女を閉じ込めた収納魔法の入り口を開いて、


「向こうからは攻撃できないようにするから、呼び出してくれ」


 そう頼むと、空中にできた三十センチほどの時空の歪に顔を近付けてくれた。


「何か超セレブな別荘のリビングが見えるんですけど」


 俺の亜空間テントは、旅の疲れを癒せるようにと広々とした空間に、お気に入りの家具を並べてゆとりの空間に仕上げてあるが……


 セレブってなんだ?


「あっ、暖炉の前でポテチ食べながら寝転がってる娘がいる」


 欲しい食べ物を念じると、備蓄の食料が自動で調理されるようにしてある。しかしポテチとはなかなかのセレクトだ。


「そこにはひとりしか居ないから、その娘で問題ないよ」

「おーい、聞こえるかー」


 麻也ちゃんは声をかけると、

「う、うそっ、どうして春香がここにいるの!」


 おどろいたように身を引く。


「知り合いなのか?」

「そ、そうなのかな…… うちのクラス委員長そっくりなんだけど」


「じゃあ話は早いだろ」


 俺がパチンと指を鳴らして巫女服美少女を外に出すと、


「いやー、あはは、ごめんね麻也」


 美少女は寝そべったままポテチを片手にポリポリと頭を掻いた。


「なあ麻也ちゃん」

「なに?」

「どうしてこの娘はこんな格好なんだ」


「さあ、本人に聞いてよ。それにあたし、出して良いって言ってない」

 麻也ちゃんがおっしゃる通りなので……



 俺は黒のブラジャーとパンツだけの美少女を観ながら、深いため息をついた。



   × × × × ×



 もう一度収納魔法に戻ってもらって、仕切り直しで話を聞く。


「えっとですね、巫女服って動きにくいし手入れも大変で、寝るとシワがよっちゃうし」


 今はちゃんと服を着ていたが、


「ご主人様がお求めでしたらどのような恰好でもいたしますが、あのでも、さすがに、児ポ法に引っ掛かりそうなあの幼女のような服は…… 自信ないと言うか恥ずかしくって、でもでも夜のお相手でしたら全然OKです。あああ、でもでも経験ないんで初めは優しくしてくれると嬉しいかなって。も、もちろん召喚獣としても前向きに働かせていただきます。ですからどうかお命だけは助けてください」


 土下座して一気に早口でしゃべる姿は、色々と可哀そうだった。


「そんな気は全然ないし、むしろ今まで存在を忘れていて、こっちが謝らなきゃいけないぐらいだよ」

 座布団を勧めながら普通に座ってと言っても、


「いえ、ご主人様の実力は嫌と言うほど理解させていただきました。神代の神格を持つ龍神様や、教会の裏部隊が追う神祖と同格としか思えない幼女を使役し、退魔士最強と呼ばれる唯空を素手で殴り飛ばすようなお方に、逆らう気などありません」


 涙目で懇願してくるだけだった。


「いやいや、良いから。あたしたちの質問に素直に答えてくれたら、とっとと帰ってほしい」

 麻也ちゃんの言葉に巫女服美少女は「ちっ」と小さく舌打ちすると、


「もうあたし帰ることができません。下神のたくらみはバレバレみたいですから、ここであたしが話しても話さなくても、情報をもらした罪で制裁されるのは目に見えてます」


 俺の顔を見上げて、大きな瞳に涙を溜めた。


 念のためその顔をつかんで麻也ちゃんに向けて、

「どこまで本当かな」

 確認してみると、


「あんたに必死にこびてるところ以外、ホントっぽい」

 麻也ちゃんが残念そうに首を振る。


「仕方ないか……」

 俺が顔から手を放してため息をつくと、


「どうか可愛がってください」


 勝手に展開したサーチ魔法がその涙の上に大きく『打算』と表示したが、いちいち魔力を使わなくても分かるぐらい裏表がハッキリしている。


 まあ、ある意味安心の仕様だ。


「じゃあキミの安全は俺が保証するから、質問に答えて」

「ありがとうございます」


「下神の狙いは何だったの?」

「ご主人様が稲荷で推測した通りです、それ以上の情報は持ってません」


「加奈子ちゃんの目に関しては?」

「下神では災いを呼ぶ魔眼だと考えていますが、佳死津かしず一門は違う見立てをしてるようです」


「じゃあ、それに関して何か最近問題が起きたとか」

「はい、その…… 近々その災害が実現する予兆が多発してまして、下神は狐をにえに何かを企んでるみたいですし…… その予兆が、あの魔眼に近付きつつあるそうで…… でもその辺りは下神内でささやかれてる噂なので確かなことは……」


 俺はそこで質問を取りやめた。

 どうやら彼女は嘘を言っていないし、自分の身の危険におびえている。


 これじゃあか弱い女の子をイジメてるみたいだし、末端の構成員に聞けるのもこの程度だろう。


「じゃあ、具体的にこれからどうするかだけど」

 この娘を本当に使役するわけにはいかない。


 家族や学校の問題もあるし、何より少女を勝手に保護し続けるのは、現代の日本では難しいはずだ。


「家には帰れそう?」

「あたし元々孤児で下神に育てられてましたから、家族もいませんし、借りてたアパートにはもう手が回ってるはずです」


「じゃあ学校は……」

「どうせ偽の名前と戸籍で通ってましたし、楽しかったけど…… 二回目ですし」


「二回目?」

 俺が首をひねると、ニコニコしながら麻也ちゃんが巫女服の少女ににじり寄る。


「ねえ、ホントは何歳なの?」

 巫女服さんは麻也ちゃんの視線を避けるようにぐるりと首を回したが、


「じゃあお兄さんに頼んで、ここから追い出してもらおうかなー」

 麻也ちゃんが楽しそうに笑うと、


「十九……」

 そう、ポツリと答えたが、


「ダウト!」

 麻也ちゃんが大声で叫ぶと……


「あたしもあやかしなのよ」



 巫女服の後ろからポロンと、猫の尻尾が二本現れた。

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