多分勘違い
今回の状況を整理しながら頭の中でチェスのボードを組み立て直す。
1、唯空は狐に俺がついたから仕事は終わったと言った。
2、千代さんの話では
3、そしてその因縁は戦国時代末期にさかのぼる。
つまり
――だが
しかも昨夜の気配を消した襲撃者は加奈子ちゃんを狙っていた。
やはりまだ局面が読めないが、必要なのはここ最近発生した何かだ。
それが分かれば、このボードは完成する。
俺が悩みこんでいたら、
「それではいったい、あたしはどうすれば……」
千代さんのモフモフ耳がしゅんと萎れる。
「まだすべてが確定じゃないですし、分かってないことも多いです。そこも含めて、下神一派と俺が直接話をする機会を作ってもらえませんか」
事を穏便に済ますのはやはり話し合いが一番だし、勝利条件は相手を討伐することじゃなくて、加奈子ちゃんや麻也ちゃんやそれから千代さんたちの安全の確保だ。
「はい、我らはかまいませんが……」
千代さんが心配そうに麻也ちゃんに視線を向ける。
「あたしたち妖狐もそうだけど、契約には対価が必要なの」
すると麻也ちゃんが苦笑いしながら俺を見た。
前の世界でも魔族や妖魔は対等となる契約を重んじていたし、人族でも貴族のような責任ある者は、約束を確かなものとするために対価を求めた。
師匠から『大いなる力を持つ者の責任』の説明を受けた時。
「善や悪、金や権力と言った不確かなものにこだわる必要などない。己の信念を貫き通し、世の
その後、
「しかし時としてそれが禍の元となることがある。対価なき交換は世のバランスを乱す原因になりうるからじゃ」
「ではどうすれば」
「覚悟も対価じゃ。例えば命を救う代償として、金にこだわる者の全財産、地位ある者の名誉、清らかな乙女ならその操を求め、覚悟を問え」
「問うた報酬は受け取らなくても良いのですか」
「そこは好きにすればよいじゃろう」
そんな話をしてくれた。
きっと今は、千代さんの覚悟を問わなくてはいけない場面だ。
「ではこうしましょう。
この言い方なら覚悟も問えるし、対価を受け取らなくても自由のうちだと逃げることができる。
「そ、その…… あたしなどで宜しいのでしょうか」
千代さんは顔を赤らめながら少しうつむいて体を震わせた。
「ええ、もちろん」
「は、はい、ではその、ぜひその契約でお願いいたします」
千代さんが畳に指を付き、深く頭を下げる。すると子狐たちが俺と千代さんを見比べながらはしゃぐように飛び跳ね、麻也ちゃんが酸欠の金魚のように口をパクパクとさせた。
そう言えば、何処かで同じような契約をして……
何かを失敗したような気がする。
× × × × ×
「じゃあまず、この
千代さんはさっきから俺の顔をチラ見しながらぽわぽわしてるし、麻也ちゃんも何も言わなくなってしまった。
今更契約変更を言い出せる雰囲気でもないし、何とか場の空気を変えようとして話を進めると、
「あっ、はい、そうですね。守りの御神体も鬼門を抑える石柱も麻也に預けたままでした」
千代さんがやっと我に返ってくれた。
「それなんですが、実は……」
俺が収納魔法から壊してしまった刀と石を取り出すと、
「ごめん叔母さん、これあたしの責任だから」
麻也ちゃんも我に返ったように千代さんに話しかけた。
「まさか」
千代さんは刀を受け取ると大きく目を広げ、
「御新造されたのですか」
俺の顔を見つめた。
「申し訳ありません」
「いえ、ああ、やはり」
俺が謝ると、千代さんは刀を愛おしそうに胸に抱いた。
麻也ちゃんはそれを見て首をひねったが、
「
千代さんはとても嬉しそうに微笑んだ。
「お呼びでしょうか」
すると紫袴の装束に身を包んだダンディなおじさまコンビが部屋に現れる。
俺がちゃんと服を着ていることに安心すると、
「社の守り図面をもって来て、それから御屋形様との話にも参加してほしいの」
二人は一度部屋を出ると数本の巻物をもってきて、俺たちの前に広げた。
「建物は受付と住居を兼ねた『社務所』とこの『社殿』になります。守りは参道前の我ら狛狐、裏の山際に鬼門封じの柱石、それぞれが社殿の御神体と連携して守っております」
正面は谷に囲まれた石段を登らないと侵入不可能で、裏は森に包まれていた。
まるで戦国の孤城のような造りは、設計者の想いが良く解る。これは何か大切なモノを守るためだけに設計されたものだ。
「その領主さんは千代さんを愛してたんだね」
「はい」
刀をもう一度抱きしめ、嬉しそうに笑う千代さんは美しい。
凶悪な胸が刀に押し付けられて…… 衿からはみ出しそうで、わっしょいわっしょいだし。
俺は取り戻した
「鬼門の要はこれで代用できますか」
ダンディおじさまコンビに聞くと、
「このような高き神格の物をお借りしても……」
二人そろって目を広げた。
「それから鳥居周辺にこれを配置したい」
「是非に」
ダンディなおじさまたちに了解を頂ける。
「では、この刀を拝殿に収めて守りを完成させていただきます」
千代さんが俺の顔を確認するように覗き込んだ。
「何でしょう」
ついついくすぐったくなって聞き返すと、
「これは領主様が亡くなる直前に、千代に守り刀として下賜された物でした」
俺はその話に申し訳なくなり頭を下げると、
「いえ、どうか頭を上げてください。その時、領主様はこんな事をおっしゃいました」
千代さんの話では、邪魔にならないようずっと隠れて領主を支えていたが、ある日簡単に捕まってしまう。
「どうやらいよいよ天命のようだ。幾百年の時を生きると聞く妖孤なら、きっとまた輪廻の時を超えて逢うことができるだろう。それまでこの刀で身を守り、必ず生き延びてくれ」
「なぜそのように」
おどろいた千代さんが聞き返すと、
「今は話せぬが…… この刀が生まれ変わる頃に時が動き、この長く続いた歪みが治まる。その時にまた顔を出そう」
そう言って、領主は微笑んだそうだ。
「その高き神格、深き知識、そしてその優しく広きお心。もはや他人とは思えません」
千代さんはまた涙を溜めて微笑んだが、
「あっ、それ多分勘違いですから」
俺がそう言うと、可愛らしく首をひねった。
「いえ、前々から村に巣くう魔物を倒したり伝説の秘宝とか見つけると、勇者の生まれ変わりだとか伝説の聖人の再来だとか言われたんですが、それ全部本当なら俺の前世どんだけだよって」
苦笑いしながら説明すると、千代さんはポカンと口を開ける。
「きっと勘違いされやすい体質なんですね」
時計を見ると、そろそろバスの時間だ。
これでやれることはやったし、後は次の手に集中しなくちゃいけない。
事は素早くこなし、常に前向きに対処する。それがいつだって勝利の為に必要な考えだ。
「じゃあ麻也ちゃん、もう時間だから帰ろうか」
「えっ、えー? なにそれ、まだほらっ……」
麻也ちゃんは慌てて俺と千代さんを見比べた。
「そうか、千代さん、下神一派と連絡が取れたり危険を感じたりしたら連絡ください。電話ってどうして通じなかったんですか」
「あの、申し訳ありません、湯治の際にスマホを社務所に忘れていまして」
「じゃあ次からは湯治の時も電話受けれるようにしてください、今は危険な時期ですから」
俺が念押しすると、何故か千代さんは心ここにあらずと言った感じだった。
帰りのバスの中でずっと考え込んでいた麻也ちゃんが、
「ねえ、あんな感じのことって良くあったの」
納得いかないとばかりに聞いてきた。
「あんな感じって?」
「その、運命の人みたいなこと言われたの」
「そんなに沢山じゃないけど…… そうだな、七~八回はあった」
「みんな女性?」
そう言われれば、何故か全員女性だった。
「そうだね、今気付いたけど」
「で、全員に同じような態度をとって、あの帰還の記憶の中にあった皇帝陛下のように放置したと」
「最初の頃はさすがに戸惑ったけど、まあ結論からすればそうだな」
麻也ちゃんは俺の顔を、まるで珍獣を発見した冒険者のようにしげしげと眺めると、
「あんたって人としては最高だけど、男としては最低だよね」
瞳を閉じて、ゆっくりと首を左右に振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます