愚者たちは月夜に踊る

 リトマンマリ通商会のアリョーナさんと取引してから半月が経った。



 アリョーナさんに五十億円の受け取りを断ったら、


「さすがにそれは出来ないわ。あの鉱物の売却益は三百億を超えたし、ここでかかった費用は百億もないのよ。本部からは上乗せの指示も出てるし、こちらにもメンツがあるからね」


 やはり受け入れてもらえなかった。


 心配していた不純物はプラチナに類似した金属で世間にはまだ発表されていないが、環境汚染を正常化するための触媒として注目されているらしく、多くの国や企業が高値で奪い合っているそうだ。


 なら、無理に鉱物の回収をする必要もないだろう。

 収納魔法の中には、まだ百キロ以上同じ鉱物が残っているし。


 麻薬や兵器に利用されるようなレアメタルじゃなくて良かったと胸をなでおろしたら、


「うちは薬にも武器産業にもノータッチなの。仕事柄多少の武力は必要だけど、そもそも内戦や他国との争いで疲弊した祖国を経済的に救うのが使命だから。いつか戦争なんて無くなってしまえば良いのにね」


 アリョーナさんは苦笑いした。


 こちらには見回りとして毎朝顔を出しているが、今のところ下神からのアクションはない。アリョーナさんとお茶を飲みながらいつも世間話をしている。


 問題があるとしたら、俺が帰るたびに黒スーツさんたちが全員そろって整列し、

「お疲れさまでした!」

 と、大声で深く頭を下げることぐらいだ。



 昼下がりには温泉稲荷に行く。


 千代さんの話では、

「何度連絡しても、ちゃんとした回答が返ってこなくて……」


 対話で丸く収まればと考えてたけど、どうやら上手くいきそうにない。

 アリョーナさんの件も含め、下神の沈黙が不気味だ。


 やれることはやっておこうと、やしろの警備強化に力を入れている。


 阿斬あざんさんと吽斬うんざんさんと歩兵ポーンの連携は日に日に向上し、異世界の上級冒険者パーティーでも簡単に侵入できないレベルまで達し始めた。


 魔術結界も作り直した。


 僧兵ビショップを利用して新造した刀と配置した二枚のルークは温泉から湧き出る魔力を利用して、より強固な働きができるようになった。


 これなら異世界にある帝都城の結界と引けを取らない。

 数万の魔族軍が攻めてきてもびくともしないだろう。


 千代さんが襲撃で受けた傷も随分と癒えたようで、今は妖狐の術と俺の知る魔法との情報交換をしている。


「御屋形様からは受け取るばかりで」


 たまーに千代さんが大きすぎる胸をボインと押し付けてきて、色っぽく迫ってくるのが悩みと言えば悩みだが。



 そして最大の収穫は猫こと春香だろう。


 春香という名前は自分でつけたそうだが、気に入っている名前らしいので、最近はそう呼んでいる。


 春香は俺のテントを改装した部屋に麻也ちゃんから借りたゲームや漫画を持ち込み、すっかりひきこもり生活を満喫していたから、訓練だと言って魔法を叩きこんでいる。


 しかし……


「ご主人様! 空を飛べるようになりましたー」

 とか、

「式神に爆炎系魔法を付加できました! これで封印だけじゃなくて攻撃も可能ですー」

 とか、

「自在にスカートの長さが変えられるようになりました! これでご主人様といるときだけのパンチラミニスカ・バージョンに変身できますー」

 とか……


 短期間でグイグイ実力を上げて行った。

 俺が使役したせいで魔力が上乗せされたのが原因だろうが、春香の元々のセンスによるところも大きい。

 今は僧兵ビショップだが、ランクアップも考えなきゃいけないかもしれない。


 春香の問題は、夜な夜な俺の布団に侵入してくることだ。


「習性なんですー、ご主人様」


 尻尾が二本ある黒猫がすやすや眠る姿は可愛いが、一度寝返りしてつぶしかけたら、


「ふぎゃふぎゃふぎゃー!」

 叫び声と同時に人化して、全裸の美少女が目の前に現れたことがある。


「あははっ、ごめんなさい」


 さすがに春香もまずいと思ったのか、すぐ黒猫に戻ったが……

 ツンと上向きの形の良い胸が、しっかりとまぶたに焼き付いてしまった。


 それ以来部屋回りに結界魔法を仕込んだが、入れないと分かってしょんぼりする黒猫をサーチすると可哀そうになり、ついつい何処かに進入路を作ってしまう。


 聞けば猫時代何度も捨てられ、人になってからも下神に道具のように使われていたようだから、きっとぬくもりに飢えているのだろう。


 まあおかげで侵入スキルも向上してるし、これはこれで仕方がないと諦めている。



 加奈子ちゃんには月々決まった額の生活費を手渡すことにした。

 はじめは断られたが、


「仕事のような物も始めたし、加奈子ちゃんの負担になりたくない」

 そう話したら何とか納得してくれた。


 元気になってから何度も誤解を解こうと話しかけたが、

「もう少し待って、気持ちの整理に時間がかかっちゃってて」


 こそこそと逃げて行ってしまう。


 時折ぼーっとしながら何かを考えているのが心配だが、今は加奈子ちゃんの解答を待つしかないのだろう。



 麻也ちゃんはいつも元気で、最近は毎晩俺の部屋で勉強している。

 それほど成績は良くなかったそうだが、コツをつかむとグイグイ伸びるタイプで、


「何だか今度の期末テストが楽しみかもしれない!」

 勉強を楽しんでいる。


 それから高校では『春香ロス』と呼ばれる問題が深刻らしい。


「あいつ八方美人であの顔だからさ、男女ともに人気があって。あたし好きじゃなかったけど、転校しちゃって寂しいって子が友達にも多くてさ」


 どうやら下神一派は春香を転校したことにしたようだ。


 春香の話では「麻也とあたしで高校の人気を二分してたんですよー」らしいが、その為周囲に派閥のようなものが出来てしまって、「なかなか近付けなかった」そうだ。


 しかしどこか似たもの同士のようで、麻也ちゃんが漫画やゲームが好きで、春香もそれに興味があったらしく、二人でよくゲームをしている。


 仲が良い美少女を眺めるのは、正に至福のひと時だ。



 今も麻也ちゃんに数学を教えているが、そろそろ寒くなりつつあるのに相変わらず下着同然の格好で跳ねまわるから、色々と困る。


「ねっ、ここどうすんの」

「それはさっき教えた公式を当てはめれば……」

「あっ、そっか」


 近付くたびにボインと大きなふくらみが当たるし、健康的で躍動感にあふれる手足はさらけ出されたままだ。


 今日は首回りが大きく空いたシャツから胸の谷間がしっかりと観測できるし、ぶつかる感触やブルンブルンと揺れる動きから、ブラジャーをしているかどうかも怪しい。おまけにショートパンツを穿いて行儀悪くあぐらをかいているから、ピンクのパンツが見えちゃっている。


 信用してリラックスしてくれるのは嬉しいが、はてさてどうしたものか。

 俺がヤレヤレ系主人公よろしく首を左右に振っていると……



 店番のチャイムと共に、事態が動き始めた。



   × × × × ×



「タ、タツヤ君!」


 加奈子ちゃんの叫び声に慌てて向かうと、店先に男がひとり倒れていた。

 よく見ると服はあちこち引き裂かれ、焼け跡や血の跡もあり、おまけにヅラは半分外れかけていた。


「大丈夫か」

 駆け寄って声をかけると、


「会社が突然化け物の大群に襲われた…… 応戦したが、あんなもの何とかなるものじゃねえ…… なんの義理もねえ赤の他人に、こんなこと頼めえのは重々承知だが、あんたなら何とか出来ねえか…… 頼む、俺の仲間たちを助けてくれ」


 温泉稲荷やリトマンマリ通商会には結界や監視魔法を展開していたが、リュウキが務めている地元の開発会社はノーマークだった。


 俺は自分のうかつさに奥歯をかみしめながら、リュウキの状態を確認する。


「しっかりしろ!」


 相当抵抗したのだろう、腕や腹部を中心に怪我が多く、アバラも数本折れている。

 そのうち一本が肺に損傷を与えていて、予断を許さない状況だ。


 何とか苦手な回復術を駆使して、応急処置を行う。

「加奈子ちゃんは危ないから、奥に隠れていて」


 派手な魔法を駆使すれば加奈子ちゃんの目に悪影響を及ぼしかねないし、後々の説明も厄介だ。


「う、うん。警察や消防は呼んだ方が良い?」


 一般人の巻き込みを恐れて、俺が言葉に詰まると、


「麻也やタツヤ君や千代さんが、何かあたしに隠してるのは気付いてた。それを聞く勇気と、あの人の死の真相を聞くのが怖かったの…… でも、あたしもう逃げない」


 加奈子ちゃんが力強い視線で俺を見つめる。

 なら、次に覚悟を決めなきゃいけないのは俺だろう。


「ごめん、今まで黙ってて」


 応急処置の終わったリュウキを抱きかかえて店内に運びながら、

「詳細は後でちゃんと話す、今は急がなきゃいけないようだ」


 俺は収納魔法を開き、師匠から譲り受けた漆黒のローブを羽織る。

 加奈子ちゃんは小さな息を吸って両手を口に当てたが、


「誇り高き龍の王よ、盟約に従い…… 俺に力を貸せ!」

 ローブをひるがえしながら声を上げると魔力が満ち、加奈子ちゃんの指が輝く。


「この家と彼女を頼む」


 龍王の気配が家全体を覆った事を確認し、スマホを改良した通信機で千代さんを呼び出す。


「何でしょう、御屋形様」

「悪党どもの宴が始まった、守りを固めてくれ。それから怪我人を複数搬送しても構わないか」


「御意」


 リュウキを転移させようと近付くと、

「兄貴、ごめん…… 悪かった……」


 無意識の状態で、そんなうめき声を上げた。


 どうやら俺のことを兄だと認識していないようだが、少しずつ自分の罪に気付きつつあるのだろうか。

 手のかかる、幼かったころのリュウキがふと頭をよぎる。


「安心しろ、あとは兄ちゃんに任せとけ」


 その呟きに、リュウキの苦悶に歪んだ顔が少し安らぐ。

 ヅラをちゃんと直し、転移魔法で千代さんのもとにリュウキを送ると、加奈子ちゃんが近付いて来た。


「タツヤ君、あなたはいったい……」


「賢を極めしケイト・モンブランシェットの弟子にして、その業と意志を継ぎし者。大賢者サイトーだ」



 そう答えて俺は加奈子ちゃんに背を向けると、月夜に向かって飛び出した。

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