聖者は悲しみを胸に秘める

そんな装備で大丈夫なのか

 商店街の表通りを駆け抜けながら、リュウキが務めていた開発会社の正確な位置を検索する。


「転移…… いや、この距離なら時間的に飛行魔法でもさほど変わらないな」


 転移魔法は最短で移動できるものの、出現した瞬間がどうしても無防備になる。

 異世界では、わざと転移させてカウンターを仕掛ける戦法は良く使われた。


「この世界の魔法でそれが可能かどうかわからないが、慎重にいくか」


 そうなると問題は後ろからついてくる二匹の獣だが……


「麻也ちゃん、春香、危険だからついて来るな」

 前を見たまま叫ぶと、


「イヤだからね」

「ご主人様とは一蓮托生でーす」


 素敵なお答えが返ってきた。


 振り返るとメイド服を着た春香と……

 一応パーカーを羽織っているものの、ボインボインと大きな胸を揺らして走る麻也ちゃんがいる。


 そんな防御力のない装備では無謀だ!

 もう、色々とはみ出しちゃいそうで危険極まりない。


「麻也ちゃんは加奈子ちゃんを守ってくれ」


「あの龍神様の結界を破るような奴が現れたら、あたしなんか太刀打ちできないわよ。それにあんたは治療術が苦手なんでしょ、あたしは叔母さんの一番弟子だから…… お願い、連れていって!」


「何故だ」


 確かに回復魔法が使える人材がいれば助かるが、麻也ちゃんを危険にさらしたくはない。それに同行したがる理由が分からなかった。


「春香や叔母さんから話は聞いたし、あんたの動きを見てたらだいたい分かるから。パパを殺した相手…… ママやあたしを苦しめてきた敵がいるんでしょ」


 並走してきた麻也ちゃんの顔を覗き込む。

 その決意に満ちた瞳は、もう子供じゃなかった。


「分かった、だけど俺が危険だと判断したらすぐに収納魔法に押し込めるか転移魔法で加奈子ちゃんの所に戻すからな。それからそんな装備じゃ戦場は無理だ」


 麻也ちゃんが俺の目を見つめ返して頷く。


「春香、飛ぶから追走できるか」

「任せて、ご主人様」


「麻也ちゃん、俺に掴まれ」

 手を差し伸べると、確りと握り返してきた。


 俺は春香と麻也ちゃんをシールドで保護して、一気に百メートル上空までジャンプする。


「うそっ、なにこれ」

「龍王ほど上品に飛べないからな、確りと掴まってろ」


 麻也ちゃんが俺にしがみ付くと、大きな二つの膨らみがぐにゃりと形を変えて押し付けられる。その感覚は間違いなく…… ブラジャーをしていない。


「誓いに基づき、この者に我が衣をまとわせろ!」


 あまりにも危険だったので、急いで装備をまとわせる。

 そして眼下に広がる街並みを確認して目的の雑居ビルを見つけると、


「戦闘があったようには見えないが……」


 そのビジネス街は普段の装いを崩してなく、帰宅を急ぐ会社員や通勤渋滞に巻き込まれてノロノロと走る車の列が見えた。


 ビルを確認しても、焼け跡ひとつない。

 俺が首を捻ると、


「微かにですが下神が得意とする結界が見えます」

 春香が近付いてきて指をさす。


 サーチ魔法を展開してビルを調べると、確かに結界魔法が感知された。


「ありがとう春香」

「ご主人様、それで作戦は?」


 結界魔法はそのビルの最上階を中心に展開されていた。

 その周辺の守りが一番堅そうだが、リュウキが務めている会社もそのフロアにある。


「あの魔力が集中している場所に俺が飛び込む、春香は俺の後ろで待機」

「正面突破ですか?」

「緊急事態だし、手っ取り早いだろ」


 俺は魔力感知を避けるために飛行魔法を解除して、麻也ちゃんを抱きしめる。

 急速な落下感に麻也ちゃんは目を丸くしていたが、春香は俺の背にピッタリとついて、


「きゃほーい!」

 楽しそうな声を上げた。


 そしてビルにぶつかる瞬間シールドを展開して屋上を突き破り、最上階フロアの廊下に降り立つ。


 そこは静寂に包まれ、人ひとりいない。


 各会社のプレートが貼られた扉がずらりと並び、どの部屋からも明かりが漏れていない。窓際の真っ直ぐな廊下の天井の蛍光灯も消え、突き当りのエレベーターホールの明かりも消えている。


 ただ避難経路の誘導灯が、ぼんやりと輝いているだけだった。


「麻也ちゃん大丈夫?」

 そっと手を放して確認すると、


「ちょっと驚いたけど大丈夫、でも…… これは」


 とても辛そうな表情でうつむく。

 やはり戦闘は無理かと心配になると、


「これはちょっと、耐えられない」


 麻也ちゃんは小さく体を震わせながら……



 ルーズソックスの上にある、セーラー服のミニスカートを握りしめた。

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