やはり休暇が必要そうだ

「とりあえず、陛下がしばらくここに滞在できるように交渉してきます」


 何だか女性四人で結託するような内緒話が始まってしまったので、俺は逃げるように女将さんがいる事務所へ向かった。


 しかし聞こえよがしに「大賢者様は昔から×××だったのです」「まあご主人様らしいですね、戻ってきてからも×××でして」「ふむ、サイトーの朴念仁ぶりは筋金が入っておるな」とか。


 もう何だか居たたまれなかったからだが……


 陛下たちと春香は仲良くやっていけそうだ。

 それなら女将さんに滞在と陛下警備のための準備の了解と、ついでに相談事とやらも聞いておくべきだろう。


 春香から聞いた話ではフロントロビーの後ろに事務所があり、いつもはそこの『支配人室』にいるか、館内のどこかで仕事をしているからしい。


「女将さんいますか?」

 フロントにいたマネージャーの女性に声をかけると、


「あっ、サイトー様。支配人でしたら事務所にいますので少々お待ちください」

 ビジネススーツに身を包んだアップの髪が似合う、クールビューティーな女性が微笑み返してくれた。


 先ほど美女四人に冷たい視線で睨まれた後遺症のせいか、その美しい笑顔についつい頬が緩むとそのマネージャーさんがポッと頬を赤らめる。


「あらあらサイトーさん、これ以上悲しむ女性を増やすのはよして下さいな」

 するとフロントの奥から俺の声を聞きつけたのか、女将さんが現れた。


「そんなんじゃないですから、それより今からお時間いただけないですか?」

「かまいませんよ、じゃあ狭苦しいところですが奥へどうぞ」


 俺が女将さんについて事務所に向かうと、後ろから数人の女性のキャピキャピした会話が聞こえてくる。


 さっきの受付の女性に加え、この旅館を手伝っている元『戦闘巫女部隊』のメンバーの声も混じっていた。


「ぐわっ! 噂の『女殺しの笑顔』を真正面から受けちゃった。もう素敵すぎるー、今夜は眠れないかも」「嘘、うらやましー」「あんたサイトー様の部下なんでしょ」「ボスは雲の上の人なんで、あたしみたいな下々の民までその笑顔は回ってこないんですよー」


 やはり俺の耳の機能が低下しているのだろうか? 妙な空耳が聞こえてくる。

 俺が真面目に休暇をとるべきかどうか考えていると……



 女将さんが立ち止まって振り返り、悩み混んでいる俺を眺めながら深いため息をついた。



   × × × × ×



 支配人室は老舗旅館らしく畳張りの和室で、中央に来客用のローテーブルがあり、奥にはノートパソコンを置いた事務用の低い机と座椅子がきれいに整理され、書類棚が一緒に並んでいる。


 いつも高級和服を着こなしている女将がこの純和風な部屋で旅館の事務書類をパソコンでチェックしている姿を想像すると、何だか不思議な感じだ。


 まあ今時パソコンを使えなきゃ、旅館だって経営できないのだろう。


「その陛下さんたちの事なら心配しなくても、うちで良かったらいつまで居てもかまいませんよ」

 事情を説明すると、女将さんは二言返事で了解してくれた。


「助かります。しかし『松の間』を長く占領したら問題があるんじゃ」

 料金はアリョーナさんを通して俺が払うとしても、町一番の旅館の看板部屋を長く借りたら営業に差し支えるかもしれない。


 ローテーブルの対面に座った和服美女にそう話しかけると、


「そもそもあの部屋は国賓をもてなすものですから、変な客が泊まるよりあのような人たちが泊まった方が本望です。それにこの旅館の経営権はサイトーさんが握ってるんでしょう? あのマフィアの金髪小娘の後ろに誰かがいることぐらい、春香たちの噂を聞かなくても分かりますよ」


 妖艶な笑みを向けてきた。

 さて、どうごまかそうかと悩みながら腕を組むと、


「まあ人間、云いたくないことのひとつや二つはあるものですから、問い詰めはしませんよ…… それより相談事を、実はサイトー様を慕ってる少女たちの事で」

 女将は奥の机からノートパソコンを持ち出してローテーブルの上に置いた。


「何か問題でも」


 春香たちが何か迷惑をかけたのかと心配になって問いかけると、女将は起用にパソコンを操作してからクルリと回転させてモニターを俺に向けた。


「これを観て下さい」

 そこにはメイド服を着て接客する春香や食事処で働くレイナちゃんを始め、温泉街で働く元『戦闘巫女部隊』の少女たちの写真がズラリと並んだブログが表示されている。


 しかもそれはひとつではなく複数のブログやSNSが存在し、中には『推し』ランキングなんていう物まであって、春香とレイナちゃんが人気ランキングのデットヒートを繰り広げていた。


 何だろう? もうこれは地方アイドルとかネットアイドルとかのファン・サイトにしか見えない。


 そう言えば陛下と食事処のおばちゃんが喧嘩を始めたら、カメラを持った男たちが集まってきていたが……


「最近温泉街のお客さんに若い男性が増えましてね、どうしてだろうと悩んでいたんですが」

 女将さんの神妙な顔つきについつい背筋を伸ばす。


 伝統ある老舗旅館の女将としては、ああいったお客さんが街の雰囲気を乱すと思っているのかもしれない。


「先ほどそれっぽい人を見かけましたが、秩序を守って撮影を楽しんでいるようですし、撮影に応じている娘たちも楽しそうでした。どんな形であれ、温泉街のPRになるのなら」

 ついつい彼らの肩を持つ。


 どうやら悪いことをしているわけじゃなさそうだし、何より美少女を愛でる心意気は男としてとても深く理解できる。


「いえいえサイトーさん、あたしは彼らを悪く思っちゃいませんよ。むしろよく来てくれたと喜んでいます」


 女将さんはもう一度妖艶に微笑むとローテーブルに身を乗り出して、モニターをのぞき込みながらマウスを操作した。


 ――何だかうなじがよく見えてエロいんですが。


「これなんかほら温泉稲荷や当館の紹介なんかも書き込んであって、PVカウンターもそれなりの数字を出してます」


 何とか色っぽいうなじから視線外してモニターを眺めると、恥ずかしそうに微笑む千代さんの写真と温泉稲荷の紹介記事や、カメラ目線の女将の写真と温泉街の紹介記事が並んでいる。


 キャプションに『美しすぎる宮司さん』とか、『美魔女な女将さん』と書かれているところがツボだが。


「以前あのマフィアの金髪小娘が町興しの方向性を決めかねていると云ってたけど、これがヒントになるんじゃないかと思って」


 どうやら女将さんはまんざらじゃないらしい。


「確かに町興しのネタとして使えるかもしれませんね」

 そういったプロモーションの知識はないが、漫画やアニメの聖地巡礼を利用した観光地の活性化の話は耳にしたことがある。


 ちゃんと街に合ったテーマが打ち出せれば、成功するかもしれない。

 例えば温泉稲荷の伝説と元『戦闘巫女部隊』の娘たちが相乗効果を出せるようなイベントを絡めながらとか……


「アリョーナさんに相談して、広告代理店とかイベント会社とかも巻き込んでみますか」


 まあそれなりの予算はあるし観光協会の実質のトップが了承してるのだから、プロに相談しながら進めてみるのも良いかもしれない。


「そうそう、それで相談ってのは、彼女たちの待遇でね。初めはあんなきれいで元気な若い娘たちが、こんなひなびた温泉街でくすぶるのはどうかと思ったんだけど」


 女将さんの話では……

 時代はもうインターネットで才能を発信し、歌手や漫画家や小説家が生まれる時代なのだから、彼女たちが活躍するステージとしてこの町があれば良いと。

 それで町興しができるのなら素敵なことじゃないかと。


「だからあの娘たちを旅館や土産売り場や食事処の正社員として雇えないかって。それにはサイトーさんに一言相談しなくちゃと思って」


 女将の人を思う気持ちが嬉しくって、ついつい俺も笑顔になる。


「しかし俺もそうですが、彼女たちは外国籍になりますよ」

「そんなの気にする時代じゃないでしょう。それに事情なんて人それぞれなんだし」


 俺の戸籍も存在しないが、裏世界に生きていた元『戦闘巫女部隊』の娘たちも似たようなもので、戸籍が存在しない娘が多い。


 しかしアリョーナさんが「リトマンマリの国籍を取って、日本の大使館でビザを発行することは可能よ、ついでに彼女たちも同じ手段で何とかしましょうか?」と、以前言っていた。


 方法はどうあれ、彼女たちが表の世界に戻るチャンスがあるのならと思ってはいたが、そんな経歴が怪しい人間を雇ってくれる場所があるのかと、悩んでいたところだ。


「それなら是非お願いします」

 俺が女将さんに頭を下げると、


「やだやだサイトーさん、礼を言わなくちゃいけないのはあたしたちの方だ。この町でまだ商いできるのも、あんな元気な若い娘たちと笑いながら仕事ができるのも、とても感謝している。だからどうか面を上げて下さい」

 女将さんはそう言って微笑んでくれた。


「それにね、あの陛下さんたちの服装を見て確信したんだけど、この方向性はきっといける。例えば稲荷の千代ちゃんなんかは温泉伝説にあやかって狐耳つけてみるとか、春香ちゃんなんかも猫ぽくって可愛いから、猫耳つけてみるとか」


 やはり女将さんの眼力は並外れてる。

 無意識とはいえ真相を引き当てているから、俺も正体を隠すために注意が必要だろう。


淳子じゅんこもねえ、店をメイド喫茶に改装したらお客さんも喜ぶんじゃないかって言ってたし」

淳子じゅんこ?」

「ああ、『お食事処じゅんじゅん』のオーナーだよ。あたしとは幼なじみでね」


 そう言えばあのおばちゃんと女将さんはその昔、伝説のレディースだった。

 あそこで働く元『戦闘巫女部隊』の娘たちはレイナちゃんを初めポン・キュー・ポンのナイスバディーな美少女が多いから、殺人的な人気店になるかもしれない。


淳子じゅんこもメイド服を着てみたいって言ってたし」


 ――うん、空耳かな?


 おばちゃんはボン・ボカーン・ボンの、へこむことを知らないなかなかのダイナマイトバディーだ。

 そんなことをして、本当に死者が出なきゃ良いが。


 俺が自分の疲労度を心配して眉間に指を当てていたら、

「それに美魔女って云うのも悪くないわねえ、最近じゃああたしをわざわざ撮影に来る人まで居るんだよ」


 女将は「まだまだひと花咲かせられるかしら」とか言いながら、ネットに掲載された自分の写真を楽しそうに眺める。


 加奈子ちゃんの話だと女将は若くして亡くなったこの旅館の経営者のひとり娘で、結婚もせず傾き始めていた温泉街のために今まで奔走していたとか。


「女将さんは強くてとても美しくて、優しい人です。まだまだこれからですよ」

 ふとそんなことを言うと、


「えっ、そ、そうかな、うん…… あ、ありがとう」

 女将はそっと俺から視線を外す。


 すると何処かから「年下も悪くないわねえ」と、そんな呟きが聞こえたような気がした。

 うん、やはり怪しげな空耳がやまない。



 どうやら俺には、本格的な休暇が必要そうだ。

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