女王の献身
「クイーン、サクリファイスを仕掛ける」
俺が指示を出すと、クイーンの魔力に圧倒されていた春香がやっと復活して、
「それって、どーゆー意味ですか」
小さく手を上げる。
「直訳しちゃうと『献身』だけど、チェス用語では『何かの駒を犠牲にしてより有利な状態に持っていく』ってことなの」
春香の隣で並んで座っていた麻也ちゃんが説明した。
麻也ちゃんはもうチェスをしないそうだが、子供の頃におじさんとよく遊んだと話してたっけ。
「敵はこの場所とリトマンマリ通商会の距離が離れているから、俺が転移魔法を使うと考えているはずだ」
転移魔法は出口が先に発生するため敵に感知されやすく、しかも術者は完全に転移が完了するまでの間、魔術が使えない。
無理に使用すれば亜空間に閉じ込められるか、最悪『時の迷子』と呼ばれる時間放浪者になってしまう。
「この場所にわざわざ呼んだのも、俺に転移魔法を使わせるための布石だろう」
リトマンマリ通商会は隣接する政令都市の港近くに自社ビルを構えていた。
飛行魔法でも音速を超えれば転移魔法とさほど変わらない時間で移動できるが、防御魔法をかけても春香と麻也ちゃんがもたないだろう。
師匠以外の人間が生身で音速を超えるのは見たことがないからな。
「それを逆手にとって、初めにクイーンがおとりとして転移して攻撃を集中させたのち、俺たちが転移する」
「でもそれじゃあクイーンさんが危険じゃない」
麻也ちゃんが首を捻ったが、
「あたいの肌にかすり傷でもつけられたら大したものだよー」
「それにこいつは肉のひと欠けらでも残っていれば、その場で即再生する」
俺たちの言葉に春香はまた震えあがったが、
「んー、イマイチ納得いかないけど…… まあいいわ、で、あたしたちはどうするの」
麻也ちゃんは口を尖らせた。
「クイーンに攻撃が集中したら別の場所に転移魔法の出口を開く、初めに俺が出て、その後に春香、麻也ちゃんの順で付いてきてくれ」
そして二人は今回と同じように怪我人の応急処置と搬送を行ってほしいと説明していると……
「なあダーリン、どうして回復魔法を使わないのだ?」
クイーンが俺に抱き着きながら微笑んだ。
「やはりあれは苦手だ」
「まだ気にしてるのかー」
「
「あたいはダーリンを愛してるし後悔なんかしてないよ」
俺が苦笑いすると、
「何かあったの」
心配そうに麻也ちゃんが俺の顔を見上げた。
「昔から上手く調整ができなくて、腰の悪いおばあさんを美少女に戻してしまったり、滅んだはずの伝説の魔女をうっかり復活させてしまったり……」
「うん、もう大体把握できたかも。怪我人の治療はあたしと春香と叔母さんたちで何とかするから安心して」
麻也ちゃんはニコニコと笑って、小さく首を振った。
× × × × ×
転移魔法を同時に二つ展開すると、
「相変わらず器用だなー、ダーリンは。こんなことできる奴はあのケイトのアホー以外知らないよ」
俺のローブを羽織ったクイーンがそのひとつに足を踏み入れ、
「じゃあ場を温めて待ってるからなー」
ウインクしながら、ぴょんと飛び込んだ。
自動追尾のポーンに仕込んだカメラをスマートフォンで受信し、空中ビジョンで確認しながらタイミングを計る。
百メートル上空から見たビルは此処と同じように通常の時の流れを営んでいたように見えたが、二つの物体がクイーンに向かって飛んできた。
「何あれ、ミサイル?」
「しかも
麻也ちゃんと春香が声を上げる。
どうやら現代兵器に魔法を仕込むテクノロジーは既に存在するようだ。
クイーンがそいつをかわすと空中で分解され、中から虫のような物が一斉に飛び出す。
「蜂式神です!」
春香が心配そうに画面に近付いたが、クイーンが軽く息を吐くと全ての虫がその場で燃え上がる。
しかし黒い煙がクイーンの視界を覆い、第二第三のミサイル狙撃の的になってしまった。
どうやら初めのミサイルは、魔力探知対策の
「現代兵器を利用した魔法戦に随分と慣れてるな」
燃え上がるクイーンを確認して、俺がゆっくりと残った転移魔法に向かうと、
「ねえ、クイーンさんが心配じゃないの!」
麻也ちゃんが叫んだ。
「もちろん心配だよ。あいつあれで気が短いからな、急がないと街が消し飛ぶ」
スマートフォンの空中ビジョンを消そうとするとちょうど爆炎が治まり、傷ひとつ無いクイーンが現れ……
その誇り高き女王の笑顔が、アップで映った。
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