やっぱり最低男
千代さんに通信をつなげると、
「御屋形様、搬送された怪我人は応急処置も確かでしたから朝には完全に回復できます」
おっとりとした声が聞こえてきた。
「襲撃は?」
「どうやら数百規模の魔物が襲って来ているようですが…… その、御屋形様の結界に傷ひとつ付けられてないようです。
俺は魔物の形態を千代さんに確認して、通信をリトマンマリ通商会に切り替えた。しかしこちらは何度コールしても出ない。
念のため龍王に仕掛けておいた通信に切り替えると、
「ンギャ、ンギャギャ、ギャーギャー」
そんな回答が帰ってきた。
「ママは大丈夫なの?」
「問題ないようだな、何か来たかもしれないが適当にあしらっておいたってギャーちゃんが言ってたから」
「ねえ、ホントに意思疎通できてるの?」
麻也ちゃんは首をひねったが、
「ご主人様、何だか素敵ですー!」
春香は目を輝かせていた。
「それより現状の整理だな」
俺は会社の惨状をひとつひとつ確認する。
机や椅子やパソコンが飛び散り、銃弾や剣の戦闘跡があちこちにある。
床には乾いた血の上に、大型の魔物の足跡や軍靴の跡が残っていた。
「下神に剣や魔獣を使う術者はいるのか」
春香に聞くと、
「んー、刀を使う術者や霊獣を使役する奴はいるけど、この切り傷や足跡は違うような?」
不思議そうに首を捻る。
「やはりそうか」
「ねえ、どゆこと」
麻也ちゃんが口を尖らせた。
「千代さんにも確認したし、この爪や剣の跡、それにこの軍靴の跡は俺が良く知っている魔族軍のものだ」
「まさか……」
「スマートフォンの件もそうだが、もうここまでくれば異世界とこの世界が何らかの形でつながってると考えるべきだろう。そして下神は奴らと組んでいる」
「そんな…… じゃあ、連絡が取れないマフィアさんの会社に急がなきゃ」
確かにその通りだが、ここまであからさまに証拠を残されると何かが引っ掛かる。
「同時攻撃を仕掛けるメリットは、敵の動揺を誘って判断を鈍らせたり、戦力の分散を狙うものだ」
俺は麻也ちゃんと春香を見ながら説明する。
「リトマンマリ通商会を襲っても下神に何のメリットもない。奴らが欲しいのは加奈子ちゃんの瞳と千代さんの能力だ」
敵はまずリュウキを使って俺をここにおびき寄せた。
この現状だと戦力差は圧倒的だから、わざとリュウキは逃がされたと考えるべきだろう。そして加奈子ちゃんと千代さんを同時に狙ってるが、そちらは俺の防御壁を突破できていない。
いや、そもそも突破を狙っていないのかもしれない。
「はいはいはーい、先生! もう謎だらけで言ってる意味が分かりません」
黒い猫耳をピクピクさせながら春香が元気よく手を上げる。
「つまりこの同時攻撃の狙いは加奈子ちゃんでも千代さんでもなくて、俺なんだ」
そう言うと、春香も麻也ちゃんも同時に首を捻る。
「今、
相手が俺の戦力を知っているなら、なかなかの戦略だが……
「しかしそれなら何故、クイーンも落ちる作戦を立てなかったのか」
キングと並ぶ最大戦力を無視する理由が分からない。
俺は一度腕を組んでから、クイーンの駒を取り出して指ではじいた。
「ダーリンやっと呼んでくれたね、で、あたいに何の用かな?」
チェーンや革ベルトで体中を拘束した、七~八歳にしか見えないピンクのロングヘアの幼女が現れる。
「あっ、児ポ法幼女」
「誰よこれ」
春香と麻也ちゃんが顔をしかめたが、クイーンは我関せずとばかりに俺の脚にしがみ付く。
「話は聞いてただろう、お前はどう見る」
「そうだね、ダーリンの読みは当たってるんじゃないかなー、きっとそのお相手さんはあたいを舐めてんだよ。ほらほら魔王討伐の三年間、アンジェとか言う聖女を守るために、あたいの拘束を外したことがなかったじゃないか」
白魔術の聖女に闇の女王の力は毒だ。だから強すぎるクイーンを制御していた。フルパワーのクイーンに近付いたら、あの聖女の力は一瞬で消えてしまっただろう。
「なるほど、それじゃあ下神の後ろにいる奴は、俺がここ三年で出会った奴ってことだな」
その頃の記憶を思い出しながら、次の一手を考える。
「ならまずお前の拘束を解いて、こちらから奇襲をかけてやろう」
春香と麻也ちゃんが顔を見合わせた。
「行先はリトマンマリ通商会だ。この考えが合っていれば、下神のボスも裏で操ってる奴もそこにいる」
「どーしてですか」
今度は麻也ちゃんが狐耳をピンと立て、元気よく手を上げた。
するとブラジャーをしていない胸がボインと揺れる。
怪我人の搬送で動いたせいかシャツが肌に張り付いて形もハッキリと分かり、もう色々とアレでコレだ。
あの形状は加奈子ちゃんの芸術的な上向きおっぱいと、千代さんの張りのあるおわん型おっぱいの良い所取り形状なのだろう。
ついつい遺伝子学的思考に没頭しかけたが……
「加奈子ちゃんと千代さんの襲撃が失敗していると考えた俺が、この会社の惨劇を見て、怒り心頭で現れるのを待ってるはずだ。しかも俺の戦力が落ちたスキを狙って、相手は最大戦力で打って出てくるだろう」
俺は何とかそこから目を離し、カッコ良くそう答える。
そしてクイーンに対し、
「闇を統べし夜の女王よ、誓いの第三条に基づき、限定された力の開放を認める」
「限定かあ…… で、何割出して良いのかな、ダーリン」
「二割だ」
俺は指を二本立てた。
過去三年、クイーンの力を二パーセント未満で制御している。
それを十倍に引き上げれば、奇襲として十分な効果が見込めるだろう。
「了解」
幼女が微笑むと、拘束していた鎖が一本シャランと音を立てて消えた。
そして十七~十八歳ぐらいの姿で俺の肩に手をかけ、微笑みながら身体を寄せてくる。瞳と髪は血のように赤く染まり、妖艶な唇からは二本の牙が光っていた。
「前回は失敗したからって報酬がもらえなかったけど、今回はちゃんと弾んでよ」
「ああ、安心しろ」
室内に満ちた圧倒的なクイーンの魔力に春香は二本の尻尾を震わせてしゃがみこんだが、麻也ちゃんはその瞳を輝かせる。
――やはり闇属性か。
クイーンがボインボインと胸をぶつけてくることに困りながら、麻也ちゃんの瞳を覗き込んでいたら、
「あんたってやっぱり最低男なんだね」
その美しく闇に染まる瞳を、ゆっくりと閉じた。
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